表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
獣医禁書  作者: 深口侯人
10/50

怒鳴られる

さらにこの頃から、初診患畜を中心に本当に診療を担当させられる事になった。

この1か月間、院長や先輩の診療をこっそりと見学しつつ勉強はしていたが、そんなに成長はしていない。

答え合わせでも相変わらず散々な言われようだったのに、何故いきなりの実戦投入なのかが分からない。

そんなこっちの事情はお構いなしにカルテを渡されるのだが、前回の事はトラウマになっており、もはや診療してみろと言われても怒鳴られる恐怖と失敗する不安の感情しか湧いてこず、ビクビクしながら診療を進める。

オーナーの話や身体検査から推察すると、よくある軽い体調不良のようだ。

院長や先輩がやっているのを見ていた限りでは、こういう時はいきなりあれこれ検査をするのではなく、作用の軽い薬で様子を見るのがこの病院流らしい。


(前回はほとんど言いがかりみたいなもんだったが、勝手に進めようとして酷い目にあった。今回はちゃんと事前に確認を取っておこう。)


院長や先輩が出していた薬を同じように処方することにし、院長に確認を取りにいく。


『院長、この患畜なんですけど…』

院長「おい!!見て分からんか!?オレはオレの患者を診察中なんだ!!お前の診察の面倒まで見れるかよ!!バカが!!自分が診始めた患者なら自分で責任持てよ!!」

(…意味が分からない。前回、確認しろって言ったのは誰だよ!!)


仕方がないのでそのままカルテを完成させ、薬の調剤や会計は看護師に頼んで次の診療に入る。

次はワクチン接種の診療だったので、ほっとして身体検査やワクチンの説明をしている中、突然、院長に奥の“拷問部屋”へ呼ばれる。

元から歪んでいた顔をさらに歪ませているので、怒っているのがよく分かる。

さっきの患畜のカルテを持っている。


院長「おい、何だこのカルテ?この薬の量で、何でこんな安い値段になるんだ?」

『あ…、院長のカルテを参考にしたんですが…。』

院長「アホが!!そりゃよく来る患者だから割安にしてんだろうが!!カルテの分厚さで気付けよ!!グズ!!だいたい、先輩には確認取らなかったんか!?」

『……取ってないです。』

院長「ほう?なら、お前の勝手な判断で初診患者にこんなサービスしたんだな!?じゃあ病院の受けた損害分はお前に払ってもらうからな!!全く手間ばっかかけさせやがって!!」

(…。)


もう、《思考回路はショート寸前》。

余計な事を考えると精神崩壊しそうだったので、この件に関してはもう考えるのをやめた。

ちなみに後日談だが、本当に給料から天引きされた事は書くまでもないだろう。

しかも原価換算ではなく、オーナー用価格で…。


ワクチン説明の途中だったので診察室に戻る。

オーナーが不安そうな顔をしているので、『この診察とは関係のない話だったので安心してください。』と声をかけて説明を続ける。

できるだけ笑顔を作ったつもりだが、オーナーに笑顔に見えたかどうかは自信が無いが、もう考えない。

そもそも診療を中断させてまで言うような緊急の要件ではない気がするが、もう考えない。

この日は幸い平日で患畜数も少なく、その後は特に問題も無く診療が終わったが、もう考えない。


翌朝、最悪の寝覚め。

夢の中でまで院長に怒鳴られて目が覚める。

職場に猛烈に行きたくない気分なのだが、これはいわゆる五月病だろうか?

ともかく昨日みたいな事が起こらないように祈りながら病院に向かう。

しかし、我が暗黒の運命はそんな安息の日々など与えてはくれない。

今日も初診で軽い体調不良の患畜がやって来る。

さすがはよくある症状なだけある。

もうこの件で怒鳴られたくないのでカルテの確認をちゃんと取りたいが、院長も先輩も手が空いていない。

仕方がないので他の雑用をやりつつ様子を窺っていると、院長の診察が一段落つきそうな気配。

すかさず確認を取りに行く。


『院長、この患畜なんですが…』

院長「おい!!このボケェ!!こりゃ、ずいぶん前に来た患者だろうが!!どんだけ待たせるつもりなんだ!!こんなんもう独りで判断できるだろが!!いつまで経っても役に立たん奴だな!!」

(……。もうやだ…。こんなのやだよ…。)


突然だが、「マジシャンズセレクト」という技術をご存知だろうか?

最初はほとんど説明せず、まず相手に何かを選択をさせて、相手が選んだ後から都合の良い説明を付け加えて自分の思い通りの展開に持っていく技術だ。

院長はこの技術を持っているらしい。

マジシャンは人を楽しませるためにこれを使うが、院長は怒鳴ってストレス発散するためにこれを使う。

恐らく今回のことも、確認を取らなかったら取らなかったで、「昨日言ったばかりなのになんで確認しないんだ。」と怒鳴られていただろう。

院長の機嫌が悪ければ、何をどうしようと怒鳴られることは回避できないのだ。


やっと気付いた。

確認したら怒鳴られる。

確認しなくても怒鳴られる。

勝手にやったら怒鳴られる。

でも言うことを聞いても怒鳴られる。

怠けていたら怒鳴られる。

でも頑張ってても怒鳴られる。

何をやっても怒鳴られる。

生きてる限り怒鳴られる。

多分死んでも怒鳴られる。


何をやっても結果は同じなら、行動するだけエネルギーの無駄だ。

怒鳴られないように努力するのも技術の研鑚とかに励むのももう止めよう。

そんなことをしてもどうせ怒鳴られるんだし、無駄に疲れるだけだ。

虚無感がじわじわ湧いてくる。

体がだんだん重くなる。

心がどんどん沈んでく。

僕はどっちかというと明るい方の人間だったが、この頃からあまり笑わなくなった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ