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A-EYE (エーアイ)  作者: ringofeye
1/1

開始

西暦2080年、東京。


20年前に起きた悲惨なロボット戦争の教訓により、この世界では人間のロボット化とAIの大量生産が禁じられている。


かつて人類は、超長寿命の実現に成功した。

だがその代償として、人口はほとんど減らなくなり、地球は深刻なエネルギー不足と食糧不足に直面した。


その打開策として宇宙開発が推し進められたが、現実には、宇宙や他の惑星で生きたいと望む人間などごくわずかだった。


その反省から、AI、ロボット、そして超長寿命技術は、世界各国で厳しく制限されるようになった。


だが、そうした機械技術の制限に真っ向から反対する勢力がいる。


特殊犯罪集団――A-EYE。


彼らは、不老不死を望む人間たちを巧みに利用しながら、「目」を集めている。


その真の目的は、いまだ謎に包まれていた。



――ある日のこと。


東京都内の総合病院、その地下で事件は発生した。


「これで本当に……僕たちを不老不死にしてくれるんですね?娘も一緒に……」


中年の男は、目の前に立つ異形の存在へ、震える声で問いかけた。


不気味な青い身体を持つその生命体は、静かにうなずく。


「もちろんだ。私たちに身体を預ければ、お前たちは救済される。」


「では……お願いします……」


男は深く頭を下げた。


「これからは自由な世界で生きられる。怪我や病に苦しむこともない。」


そう言いながら、その生命体は異様な形状の刃物を取り出す。


男の顔が、こわばった。


「……何をする気だ……?」


「おとうさん……?」


幼い少女が、声を震わせながら、不安げに父を見上げる。


次の瞬間、刃は少女の目に向かって伸びていった。


「痛い……!痛いよ、お父さん……!」


「やめろ!私の、たった一人の娘に何をする!?」


男の絶叫が地下に響く。


だが、刃の動きは止まらなかった。


「やめろ……よせ……!」


生命体は、あまりにも平然とした声で言った。


「これがお前の娘の残りだ。これからは、この目だけで生きることができる。

思想信条については、こちらで書き換えさせてもらうがな。」


「は……話が違うぞ……!

思想も信仰も自由で、脳や身体は冷凍保存して、いつでも戻れると……!」


生命体は男の言葉を遮るように、静かに告げた。


「私たちは、A-EYEだ。」


「……A-EYE……だと……?」


「お前の最後の晩餐は、この肉片と血だ。

さあ、お前も肉体との別れを告げよ」


「ああぁッ……!!」


男もまた、その目を奪われた。


地下には、湿った音と、かすかな嗚咽だけが残る。


生命体は、転がる肉片を見下ろしながら、淡々と語った。


「私たちの行いは残酷に見えるかもしれない。だが、肉体と別れる瞬間の記憶は消える。

残るのは、たった二つの目だけだ」


青い光が、その輪郭を不気味に照らす。


「人類は、肉体の終わりを迎えるのだ」


人間の目ほど、精密で、美しく、魅力的なモノは存在しない。


「相変わらず、キミは残酷だよねぇ。ブラッド?」


背後から、甲高い声がした。


振り返ると、そこには小型のロボットが立っている。


ブラッドと呼ばれた青い生命体は、低く応じた。


「ロボットは、1人につき2台まで。生産数も厳しく制限されている」


「正確には……目、だよね?」


「その通り。人間の目は、コンピューターでは再現できないほど精密だ。

映像機器が一秒間に1000ヘルツを描画できる。しかし、人間の目はその遥か上をゆく。

多くの人間は、一秒間に1億を超える処理が可能だ。」


「生物が10億年かけて積み上げてきた性能は、伊達じゃないってことだね!」


「そして、その目を兵力として使うのだ。」


ブラッドの声に、冷たい確信が宿る。


「東京に駐留する軍人は20万人。そのうち、軍事利用されている目は半数の10万。

ならば5万人分の肉体さえ確保できれば、軍にも十分対抗できる」


小型ロボットは嬉しそうに跳ねた。


「計画完了まで、あと少しってことだね!」


ブラッドは、血の跡を見つめたまま告げる。


「計画の遂行まで――あと100人。」




それは、二週間前の出来事だった。


国内でも指折りの資産家と、その娘がロボットに肉体を奪われた。

世界中で報じられた、あまりにも有名な事件だ。


現場に残されていたのは、わずかな肉片と骨だけだった。


だが、あれは氷山の一角にすぎない。

今この瞬間も、どこかで肉体を奪われている人がいるかもしれない。


関連する行方不明者は、全国で4万人を超えるとされている。

わずか10ヶ月で4万人以上が犠牲となり、その数は交通事故による死傷者さえ上回っていた。


しかしながら、A-EYEを封じ込める方法は、まだ見つかっていない。


過去の資料から判明しているのは、A-EYEのリーダーがブラッドという存在であること。

そして、その補佐役として、マークリーと呼ばれる小型ロボットが確認されていることだけだ。


さらに東京のどこかには、大量の“目”を保管するための施設が存在すると噂されている。


しかし公安ですら、その正確な位置も実態も、何一つ掴めてはいない。




――ここは、エーアイ対策本部。


「エース、また遅刻かー!君のせいでみんな待ちくたびれてるよ!」


聞き慣れたロボットの声がした。


「違う。遅刻したのは俺のせいじゃない。ナナイレの豚焼肉弁当が、あまりにも美味すぎるのが悪い」


「そんな言い訳、2020年の東京で言ったら即クビだよ?

感染症が流行してたあの時代、数分の遅刻を何回かしただけで終わりだったらしいし。

エースに刑事なんて、とても務まらないよ」


「ゴースト。もう平成や令和みたいな窮屈な時代じゃない。今は自由な2080年だ」


こいつは俺のロボット、ゴースト。見た目はそれなりにかわいいが、とにかく出来が悪い。


この国では、2歳の時点で発育状態を診断し、その子供に適したロボットが与えられる。


しかし不思議なことに、その時の記憶だけは今も妙にはっきり残っていた。


『あれ? この子、死んだ目をしているね。

きっと社会に適応できないだろうし……僕が面倒を見てあげるのも悪くないかも!』


正直、子どもの頃は、こいつは初期不良なんじゃないかと本気で疑っていた。口が悪すぎるのだ。


「エースはボクのことを出来が悪いって言うけど、ボクはロボット計算コンテスト全国10位の実力なんだから!」


「そのコンテスト、参加人数は何人だ?」


「えーっと……2万人くらい?」


「たった12人だろうが!」


多少出来が悪いのも、それはそれで面白い。人間だって同じだ。

だが、一つだけ疑問がある。


「もう、エースはすぐそうやってキツく言う!ボクは女の子なんだから、もっと丁寧に扱ってよね!」


なぜロボットに性別など持たせたのか。そんなものを採用している国は、世界中を探してもここくらいのものだ。

というか、普段からキツいのはお前の方だろう。


「エース! 本日、新たな事件が発生した模様です!」


「ああ。詳細を教えてくれ」


声を張り上げながら駆け込んできたのは、刑事補佐のジュリー。二十二歳の若手だ。


以前ここにいた刑事からは、かなり優秀な期待株だと聞いていたが――


「すみません! 事件の書類を持ってくるの、どちゃんこ忘れてました!!めちゃくちゃ申し訳ないです!!」


全然話が違う。


「いったん支部に戻りますので、42分ほどお待ちくださーい!!」


「あ、ついでにロボット用香水も買ってきてよ。レディースのやつね」


「メッセージにメモしといてくださーい!!」


果たして、この3人が本部の中核で、A-EYEの問題は解決するのであろうか。


――2時間後。


「42分と言っておきながら、1時間58分も待たされたわけだが……」


「すみません……電車の乗り換えが苦手で……」


「まあいい。いや、よくはない。ひとまず今日の事件をまとめてくれ」


「はい!国際展示広場で、アイドルグループの公演中に不審物が見つかったとの報告がありました!」


「いつものパターンなら、狙われるのは18時から19時だろう。ゴースト、十七時には現場へ向かうぞ」


「イエッサー!」


仕事が始まれば、この三人は一応ちゃんと噛み合う。


……始まるまでが、いつも大変なのだが。




――A-EYE TOKYO。


「はーい、ブラッド。今日の標的に関するデータだよ!」


「ほう。今回のターゲットは米国人か。実に興味深い……」


ブラッドは表示された情報を見つめる。


「国民平均の目の描画力が1億2000万Hzに対して、彼らは1億6000万Hzに達する個体もいる。

東京制圧後の戦略にも役立つであろう。」


「ボクの1600倍以上の動作ができるんだから、すっごいよね!」


「兵力が5万を超え、東京を支配できた暁には、お前にも目を分け与えてやろう」


「わーい!楽しみ!ゲームでプロになれたりしてぇ……ぅぉほぉ~!」




――東京国際展示広場。


アメリカで人気を誇るアイドルグループの公演が始まり、会場は熱狂に包まれた。


同時にこの一帯は、A-EYEが頻繁に出没する危険区域でもある。


対策本部は、イベントルーム控え室に何者かが侵入したという情報を受け、捜査を開始していた。




――イベントの控え室に、警報が鳴った。


「何だお前らは……?」


「あまり手荒な真似はしたくないが……今日この場で10人は連れていこう」


「キャー! 何するの!?」


「おい、お前! うちらに何する気だ!」


ブラッドは怯えるアイドルたちを値踏みするように見回す。


「なんだ、このガキは。平均値の高い米国人のくせに、こいつの目は1億Hzを下回っている。性能不良には興味がない」


冷たく吐き捨て、別の少女へ刃を向ける。


「それとも、ただの肉片になりたいのか?」


「何をする……やめろッ……!」



「そこまでだ!」


低い声が割って入る。


「我が名はエース。A-EYE対策本部のトップだ」


「……邪魔者か」


「悪いが、これでお前は終わりだ」


その緊迫を壊すように、ゴーストが目を輝かせた。


「ねえ、あれがマークリー?うちのリボンとおそろいなんだけど!」


「あれ?あの子がゴースト?ほんとだ、おそろいじゃーん!」


「ねえねえ、そのリボンどこで買ったの?」


「サトーヨーカドーだよー!」


「えー! ボクもなんだけど!ねえ、このあとよかったらショッピングに――」


(げんこつ)


「ゴースト、いい加減にしろ」


「うぅ……令和じゃ放送できない……」


ブラッドは呆れたように息をつく。


「まあ、邪魔が入ったなら仕方がない。さっさと目だけ奪って帰るぞ」


ブラッドが不気味な刃を振り上げた瞬間、エースは床を蹴った。


乾いた銃声が三発、展示ホールの天井に響く。


一発はブラッドの手元を狙い、もう一発は足元、最後の一発は背後の照明を撃ち抜いた。激しい閃光とともに、ステージの一角が暗闇に沈む。


「観客を避難させろ!ジュリー!」


「はいっ! みなさん、出口は左側です!押さないで、走らないで、でも急いでくださーい!」


「どっちなんだよ!」と誰かが叫んだが、その混乱すら人の流れを作る。

ジュリーは案外こういう時に強い。


ブラッドは闇の中でも平然としていた。


「なるほど。少しは頭が回るようだな、刑事。」


「お前らと世間話をする気はない。観念するんだな」


エースは低く構える。ブラッドの狙いは人間そのものではない。

正確には「目」だ。だからこそ、視線の動き、首の角度、呼吸の乱れ、その全てが武器になる。


一方で、ゴーストはマークリーを見ていた。


「ねえ、本当にサトーヨーカドーの何階で買ったの?」


「……キミ、今その話する?」


「だって大事じゃない?」


マークリーが首をかしげる。その一瞬、ゴーストの瞳に青白い線が走った。


「でもね、もっと気になることがあるんだ。」


「何かなぁ?」


「キミ、ロボットのくせに、“目”の動きが人間みたい。」


マークリーの笑みが、ぴたりと止まった。


その瞬間だった。


ブラッドの腕が、あり得ない角度で伸びる。刃が一直線に、アイドルの一人の顔へ向かった。エースは飛び込んだが、間に合わない。


――と思った次の瞬間、ゴーストがその前へ滑り込んだ。


金属のこすれる高い音。


刃はゴーストの頬をかすめ、リボンを切り落とした。


「ゴースト!」


「えへへ、ボクだってたまには役に立つでしょ。」


そう言った声は、少し震えていた。


エースはその隙を逃さず、ブラッドの懐へ踏み込む。

肘で胸部を打ち、ひねりを加えて床へ叩きつける――はずだった。


だがブラッドの身体は軽すぎた。いや、違う。軽いのではない。

中身が空洞なのだ。


「何だ……?」


エースの手がブラッドのコートを裂く。そこにあったのは筋肉でも骨でもない。

青く脈打つ、無数の管と、中央に浮かぶ二つの眼球。


「やっと見えたか。」


ブラッドは笑う。


「私たちは肉体を捨てた先にいる。」


その言葉とともに、周囲の非常灯が一斉に赤へ変わった。控え室の壁が開き、奥から青い液体の入ったカプセルが何本も現れる。

中には――目だけが浮かんでいた。


会場の誰かが悲鳴を上げる。


「保管庫……!?」


ジュリーが息をのんだ。


「臨時回収所だ。」


ブラッドは立ち上がる。


「あと100人で計画は完遂する。だが今日で、その数字はもっと縮まる。」


「させるか!」


エースが銃を向けた瞬間、マークリーが小さな手を振った。


ぷつん、と会場の音が切れる。


遅れて、激しい耳鳴りが襲った。ゴーストが膝をつく。


「う、そ……音波じゃま……」


「ボク、計算は苦手だけど、妨害は得意なんだぁ!」


マークリーがぴょん、と跳ねる。その背中のパネルが開き、青い針が無数に飛び散った。

エースは身を伏せ、ジュリーを庇う。


数本が壁に突き刺さり、鉄を溶かす。


「うわっ、これめっちゃ危ないやつですねー!」


「他人事みたいに言ってる場合か!」


ブラッドはその間にアイドルの一人の首を掴んだ。


「離せ!」


「選ばせてやろう、刑事。」


ブラッドの声は静かだった。


「この女1人か、この場にいる100人か。」


「何……?」


「私を撃てば、この会場の冷却装置を止める。ここは地下だ。酸素供給も落ちる。3分で地獄になるぞ。」


ジュリーの顔色が変わる。


「本当かどうか、確認を……!」


「待て。」


エースはブラッドから目を離さない。


「あいつは嘘をついてない。」


「どうしてわかるんですか……?」


「目が笑ってない時のほうが、ああいう奴は本気だ。」


数秒の沈黙。


その時、ゴーストがふらつきながら立ち上がった。


切れたリボンが床に落ちている。なのに彼女は、それを拾おうともしなかった。


「エース。」


「下がってろ、ゴースト。」


「ねえ、ボク、ずっと気になってたんだ。」


いつもの軽い声ではない。


「どうしてボクだけ、二歳の時のことを少し覚えてるのかなって。」


ブラッドの視線が、初めて揺れた。


ゴーストは一歩、また一歩と前に出る。


「診療室。白い光。小さな椅子。誰かが言った。

『この子は死んだ目をしている』って。」


エースの胸の奥に、冷たいものが落ちた。


「その後で、もう一つ声がしたの。」


ゴーストはブラッドを見た。


「『なら、その目は使えるかもしれない』って。」


空気が止まる。


ジュリーが小さく、「まさか……」とつぶやいた。


マークリーがあわててブラッドの足元へ隠れた。


ブラッドは、ゆっくりと刃を下ろした。


「記録の消去が不完全だったか。」


その一言で十分だった。


エースはゴーストを見る。ゴーストは笑おうとして、失敗した顔をしていた。


「ボクさ……A-EYEに、いたことあるの?」


ブラッドは答えない。


だがその沈黙そのものが、答えだった。


次の瞬間、展示ホール全体が揺れた。どこかで爆発音。非常灯が消え、真っ暗になる。


警報だけがけたたましく鳴り響く。


「エース!」ジュリーの声。


「全員、床に伏せろ!」


暗闇の中で、誰かが走る気配。エースは勘だけで前へ飛ぶ。指先が何かに触れた。細い腕。ゴーストだ。


「離すな!」


「う、うん……!」


その瞬間、別の手がゴーストを強く引いた。


「きゃっ!」


「ゴースト!」


エースは反射的にその腕をさらに強くつかみ、自分の方へ引き寄せる。ほとんど同時に、ブラッドの青い影が闇の中から迫った。


一瞬だけ非常電源が戻る。


赤い非常灯に照らされていたのは、ブラッドに奪われかけたゴーストを、エースが胸元へ引き戻す姿だった。


ブラッドの手が空を切る。


「なんてヤツだ……」


「コイツは返してもらうぞ、ブラッド!」


エースは低く言い放ち、ゴーストを背後へかばった。


ブラッドはわずかに目を細める。


「返す、だと? それは元より、こちら側のものだ」


「ふざけるな!」


エースが銃を向ける。今度はゴーストが射線から外れている。


だが、ブラッドは薄く笑った。


「刑事。お前には二つの謎が残る」


壁際の非常扉が、重い音を立てて開いた。その先には地下搬送路へ続く暗い通路がのぞいている。


「A-EYEはなぜ目だけを残すのか」


ブラッドの声が、冷たく響く。


「そして――お前はなぜ、2歳の時の記憶を“持っていない”のか」


エースの表情が凍りついた。


「……何を言った?」


その問いには答えず、ブラッドは一歩後ろへ下がる。だがその時だった。


背後で、かすかにうめく声がした。


「うぅ……今、何が起きてたの……?」


エースが振り返る。


ゴーストはその場にへたり込み、ぼんやりとした目で周囲を見回していた。ついさっきまで自分が口にしていた言葉を、まるで初めから存在しなかったかのように忘れている。


「ゴースト、お前……」


「え? ボク、何か変なこと言ってた?」


その顔には、恐怖と混乱だけが浮かんでいた。

さっきまでブラッドに向けていた視線の鋭さも、2歳の記憶に触れた時の張りつめた空気も、きれいに消えている。


ブラッドはそれを見て、初めてわずかに口元を歪めた。


「やはり、まだ不完全か」


「……一体何をした!?」


エースが怒声を飛ばす。だが次の瞬間、通路の奥から激しい爆発音が響いた。

熱風が吹き込み、非常扉が半ばまで閉じかける。


ジュリーが駆け寄ってくる。


「エースさん!この先、隔壁が下ります!

今ならまだ逃げられますけど――」


「逃がすか!」


エースは引き金を引いた。銃声が闇の中で大きく響く。


だがブラッドは身をひるがえし、弾丸は扉の縁に当たった。


「次に会う時までに、少しは思い出しておけ」


それだけを残し、ブラッドは暗い搬送路の奥へ消えた。


直後、非常扉が轟音とともに閉まる。


会場に残ったのは、耳鳴りのような警報音と、焦げた金属の匂いだけだった。


静寂の中、ゴーストが床に落ちていた自分のリボンを見つける。


「あれ……ボクのリボン……切れてる」


エースはしゃがみ込み、それを拾ってゴーストに手渡した。


「怪我はないか」


「う、うん……たぶん。でも、なんだか頭がぼーっとして……」


ジュリーも息を切らせながら二人のそばへ来る。


「いったい今のは……?さっき、ゴーストさん、何か大事なことを話していた気が……」


「覚えてないよぉ……」とゴーストは眉をひそめた。


「ほんとに、今、何が起きてたの……?」


エースは答えなかった。


ブラッドの言葉が、頭の中で何度も反響していた。


2歳の時の記憶。


ゴーストの過去。


そして、自分が“持っていない”記憶。


全部が一本の線でつながりかけている。

だが、核心に触れた瞬間だけ、誰かが意図的に切り落としているようだった。


その時、エースの端末が震えた。


非通知の着信。


画面には、1行のメッセージが浮かび上がる。


――「目の保管施設を知りたければ、20年前の戦争記録を見ろ。最初に肉体を失ったのは、お前の母親だ。」


エースは息をのんだ。


「……母親……?」


ジュリーが、表情を変える。


「何か来たんですか!?」


だが、次の瞬間にはメッセージは自動的に消去されていた。


ゴーストが不安そうにエースを見上げる。


「ねえ、エース……ボク、なんだか嫌な予感がする」


遠く地下のどこかで、重い金属扉の閉まる音が響く。


それはまるで、東京のさらに深い場所で、まだ見ぬ何かが静かに動き始めた合図のようだった。

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