きよ
夢を見た
寺小屋の戸を引くと、湿った木の匂いがした。木が吸い込んだ季節の層が、ひと息に鼻の奥へ入ってくる。床板は黒く磨り減り、畳の縁はほどけ、障子の紙は薄い。窓は高く、外の空だけが四角く切り取られている。
私はそこに「いる」ことになっていた。
村の誰も、私がどこから来たのかを確かめない。確かめる必要がない、という顔をする。私は少し変わり者の大人として扱われ、茶を出され、頼まれごとをされ、子供の相手をする役をあてがわれている。
来歴の代わりに役割がある。役割がある限り、ここでは人は存在できる。
外から、縄が地面を叩く乾いた音がした。砂を払う音。失敗したときの短い笑い声。私は縁側からそれを眺めた。
子供たちは縄跳びをしていた。だが、どの子も数回で引っかかる。足首に絡まる縄を、慣れた手つきでほどいてまた跳ぶ。下手というより、縄が短い。体の横をすれすれに通るだけで、地面を舐める余裕がない。跳ぶという行為が、最初からぎりぎりに設定されている。
私は思った。
ここで二重跳びを見せたら、さぞ驚くだろう。
考えが浮かんだ瞬間、その軽さに自分で驚いた。私の世界の縄、私の世界の身体、私の世界の驚かせ方。それらが勝手にここへ持ち込まれ、当然の顔をして座っている。私は咳払いをするように、その考えを追い払おうとしたが、追い払う手がない。
「それより、もっと上手い跳び方がある」
声をかけると、子供たちはすぐに集まってきた。目が澄んでいる。澄んでいるのに、重い。削れているのに、落ち着いている。子供の目というより、古い水の底のようだ。
「やってみて」
「先生みたいに跳べる?」
先生、と呼ばれて、私は肩がこわばった。私は先生ではない。だが、この場所では、先生ではないという事実は重要ではない。呼ばれた名に、私の役割が貼り付けられる。それだけだ。
縄を借りた。短い。
別の縄も短い。どれも短い。私が記憶している縄より一回り、いや二回り短い。私は笑ってしまい、子供たちも笑った。しかし子供たちの笑いは、音の形をしているだけで、体温がなかった。笑うという動作が、生活の中に組み込まれているように見えた。
結局、私は一重跳びを数回して終わった。縄が足に当たり、砂が跳ねる。二重跳びも三重跳びも、どこにも出てこない。私はただ、ここにある条件の中で跳んだだけだ。
子供たちは「すごい」とも「下手」とも言わず、すぐに散った。縄跳びの優劣など、彼らにとっては本質ではないらしい。その無関心が、私には救いのように感じられた。失敗が評価に変わらない世界。だが同時に、それは評価する力を失った世界でもある。
午後、寺小屋は静かだった。子供たちは机に向かい、筆を動かす。墨の匂いが濃くなる。墨の匂いには、言葉になる前のものが溶けている。
私は後ろからそれを眺めた。
彼らの字は達筆で、私には読めない。流れる線が意味を拒み、こちらの理解を追い返す。教えるべき立場にいるのに、私は何も教えられない。文字の前で、私の役割は剥がれかける。
それでも子供たちは私を頼らない。質問をしない。困った顔もしない。ただ黙って書き続ける。黙って書くという行為だけが、ここでは前へ進む。
教師が見回りに来た。寺小屋の、本来の先生だ。淡々とした顔で教室を見渡し、私を見て言った。
「勉強を見てくれているのか。助かるよ」
私は頷いた。頷きは中身のない容器で、しかしこの場所ではそれで足りた。先生は満足そうに頷き返し、廊下へ消えた。
一時間ほど経った頃、先生が戻ってきた。戻ってきたというより、飛び込んできた。淡々としきれない何かが喉元に詰まっている顔をしていた。
「……大変なことが起きた」
教室が静まり返る。静けさはもともとあったが、別の種類の静けさが上塗りされる。墨の匂いが急に生々しくなる。
先生は教室を見渡し、言葉を選ぶ素振りを一瞬だけ見せた。その一瞬が、言葉よりも不穏だった。
「ここにいる子供たちの親が――全員、殺された」
私は理解が遅れた。「親」と「殺された」が結びつくまでに、私の中で空白が生まれた。空白の間に、子供たちの筆の音だけが続く。筆先が紙を擦る、かすかな音。
「何が起きたんですか」
私が言うと、先生は首を振った。
「分からない。ただ、亡くなったのはこの子たちの親だけだ」
先生は続けた。
「今ここにいる子たちは、普段から親の帰りが遅くて、帰宅も遅い」
私は子供たちを見た。驚きや恐怖があってもいいはずだ。だが彼らは顔を上げない。無表情の子。筆を止めない子。笑っているように見える子。笑顔はある。しかし、その笑顔は表情としての笑顔で、感情の笑顔ではない。私はその違いをなぜか一瞬で理解してしまった。
先生は集まりがあると言って教室を出て行った。村の大人たちが集まるのだろう。私は何か手伝えることはないかと申し出た。先生は頷いた。許可というより、人数が必要だから頷いたように見えた。
集まりは、寺小屋の隣の小部屋で行われた。大人たちは声を潜めて話した。潜めた声には恐れよりも体裁があった。悲しみや怒りがあるというより、起きてしまったことに対する処理を急いでいる。
「外の者か」
「村の中だ」
「誰がやった」
言葉が交わされるほどに、真相は遠ざかる。誰も確定の言葉を言わない。言えば現実になるからだ。現実になれば、次にすべきことが生まれてしまう。人は次にすべきことが生まれるのを、どこかで恐れている。
その中で、私の違和感だけが増えていった。子供たちの表情のこと。笑顔の熱の無さ。そして、もう一つ。
きよ。
寺小屋には、きよという女の子がいる。低学年くらいの小さな子だ。運動も勉強もずば抜けている。だが、誰とも話さない。記憶が曖昧なところがある、と先生たちは言った。障害児、という言葉が口の端に浮かび、飲み込まれる。
髪は少し今風のおかっぱだった。戦前の村にあるには妙に整っている。きよの髪だけが、時代の境目を薄くしている。
私はきよに何度か話しかけたことがある。「寒くないか」「腹は空いていないか」。きよは答えない。目だけがこちらを見る。その目には、子供の目にあるはずの焦りや欲がない。静かで落ち着いているというより、最初から揺れない。揺れないものは、触れた側だけが揺れる。
私は、その静けさに救われていた。寺小屋では静けさだけが嘘をつかない。嘘をつかないものは、時に残酷だが。
夕方、私は寺小屋に戻った。子供たちはまだ机に向かっていた。先生がいないのに、勝手に帰らない。帰る場所がある子供たちなのに、帰りの速度が遅い。私が知る子供たちの「帰りたい」という衝動が、ここには薄い。
私は本棚を見た。古い本が何冊も並んでいる。タイトルは読めない。だが、著者名だけはなぜか目に入った。
きよ。
同じ名がいくつもある。背表紙の同じ位置に、同じ名が繰り返されている。私は指で文字をなぞり、ぞっとした。紙の匂いが墨の匂いに勝ってくる。
低学年の女の子が、こんな本を書けるはずがない。そう断じようとしたが、断じる言葉が見つからない。見つからないということは、すでに私の中で何かが折れている。
私は振り返った。
子供の一人が筆を止め、机の上に手を揃えていた。その姿勢が妙に整っている。首の角度、肩の落とし方、まばたきの間隔。それが、きよに似ている。
教師が以前言っていたことを思い出した。
時々、子供たちが妙に無口になる。動きが、きよに似ることがある。
「似る」という言葉が、急に薄っぺらくなる。似るのではない。重なるのだ。私はそう考えてしまった。
亡くなった親たちには共通点があった。集まりの会話の端々から、その匂いがした。折檻。躾。やりすぎ。叩きすぎ。言葉は揺らされ、境界線は曖昧にされる。曖昧にされるほどに、子供の肉体だけが確かなものになる。
子供たちの顔を見た。無表情。笑顔。熱のない表情。
私は思った。思ってしまった。
きよは、子供たちの中に入っていたのではないか。
子供の体を借りて、家の様子を見ていたのではないか。
親の帰りが遅い家庭。子供の帰宅が遅い日々。家の中を見られる時間。誰も気に留めない時間。誰も問い詰めない時間。
そして――選ぶ、という行為。
私はその語に指先が冷たくなるのを感じた。選ぶ。何を。誰を。何を基準に。誰が。
しかし、怖さは来なかった。不思議だけが残った。不思議という言葉は、理解が追いつかないものを包む布だ。私はその布を自分にかぶせ、息を整えようとした。
布の隙間から、別の感覚が漏れてきた。
助けたのかもしれない。
その瞬間、私の中で最後の線が引かれた。これは推理というほど立派なものではない。だが、つながってしまった。つながった瞬間、寺小屋の音が遠ざかった。墨の匂いも木の匂いも、急に薄くなった。
世界が終わった。
⸻
私は目を覚ました。
部屋は暗く、呼吸の音だけが聞こえる。夢の続きを、まだ皮膚が覚えている。木の匂い。墨の匂い。静かな視線。
目の前に、顔があった。
きよだ。
低学年の女の子の顔が、すぐ近くで私を見つめている。表情は暗く、判別できない。ただ、視線だけが落ち着いている。
私は声が出なかった。
次の瞬間、それが服だと気づいた。棚に掛けてある衣類。折り目の影が頬に見え、縫い目が目のように見えていただけだ。私は深く息を吐いた。現実が戻ってくる。
戻ってきたはずなのに、私はしばらくその服を見つめていた。
布は動かない。動かないはずだ。
それでも、ほんのわずかに揺れた気がした。
布が揺れたのか。私の視界が揺れたのか。その区別は、まだつかない。私は目を閉じた。まぶたの裏に、本棚の背表紙が並ぶ。著者名のところだけが、なぜか読める。
きよ。
きよ。
きよ。
その文字は、静かに乾いて残っ
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