堅物モフモフ騎士様は、救国の『トリマー』に洗われたくない!
「あ、あまり、ジロジロ見ないでくれないか、マーヤ殿。そのぅ……は……恥ずかしいのだが……」
「はっ! あっ、ご、ごめんなさい、ランスさん」
彼のあるがままの姿……そのあまりの美しさに見惚れた私は、無意識の内にランスさんのことをじっと凝視してしまっていたようだ。
不作法を謝りながら、勢いよく頭を下げる。
「あらためて、よろしくお願いします」
「あ、あぁ……こちらこそ……」
私は顔を上げ、そっと彼の身体に両手を伸ばした。
◇◇◇◇
カラン、コロン……
ログハウス調の店内に、来店を知らせるドアベルが柔らかく響き渡る。
「いらっしゃい。アンナ、ランスさん」
「こんにちは、マーヤ!」
「久しぶりだな、マーヤ殿」
入り口に立つ声の主達と挨拶を交わす。
この国の聖女アンナと、騎士団長のランスさんだ。
はぁ……見目麗しい二人が並ぶと、周囲にキラキラエフェクトがかかって見えるわ、眩しい!
「あの、今日は……」
「すまん。その前にマーヤ殿、ちょっと失礼」
私の言葉をそっと遮り、ランスさんが木製ドアに手を添える。
カキィィーーンッ……
次の瞬間、グラスをぶつけたような高音が鳴った。
「えっ? 今、何を?」
「防音魔法だ」
「私達は耳がいい種族だからね。外に会話が漏れないよう、念の為に遮音しておくのよ」
そう言って、アンナが自分の耳を指差した。
あぁ……触りたい!
三角にピンと張った耳、モフモフの尻尾……そう、アンナ達は人族ではない。ポメラニアンの獣戌族。毛色は少し異なるが二人は血の繋がった実の兄妹だ。
ここは私が元いた世界とは違う、異世界……獣戌国家パルキャニス。私のよく知る小型犬種の彼らが、この国の住人達だ。
ある日、職場で滑って転んだ私は、この世界へと転移した。アンナは救国の『獣調教師』様を召喚しようとしたらしいのだが、なぜか犬の美容師『トリマー』の私が来てしまった。帰る方法もあるにはあったが、元の世界に帰りたい理由のない私は、そのままこの異世界に居座り働いている。
あぁ……手に職があって本当に良かったわ。
トリミングサロン『ブルーべール』……私の勤め先のお店だ。ここ最近は、ありがたいことに店主代理を任されている。
獣戌族は2歳で成犬となり人型に変身する為、主に2歳未満の幼犬達がこのお店のお客様だ。親御さんに抱っこされ来店する子達を素敵に仕上げるのが私のお仕事。
「予定は大丈夫だったか?」
「平気ですよ。副団長のヨルムさんから前もってご連絡頂いていたので、今日の予約はお断りしておきました。それより、何か調べたいことがあるとか……」
二人が、ちらりと互いの視線を合わせる。
「ん? どうしたんです?」
「ちょっと報告が上がってな。実は……マーヤ殿のサロンで施術を受けた子供達が……」
「えっ? な、何か問題でも?」
「なぜか、揃いも揃って、魔力量がアップしてるのよ」
………………
「は?」
「成犬の儀式では、水晶球を使って魔力値を測るんだけど……平均値を遥かに超える者が続出したのよ。それで調べていったら、共通点が……」
「うちを利用したお客様だった……ってこと?」
「えぇ」
「マーヤ殿なら、有り得ないことではないだろう」
ランスさんの言葉に心当たりが……なくはない。
私は召喚された日に、トリミングという通常業務+α で呪われたモフモフワンコ騎士様達の解呪に、なぜか成功したのだ。
ヨークシャーテリアの副団長ヨルムさん曰く、異世界人は転移の女神様から祝福を受けた者……だそう。だとしたら、説明できないことが起きてもなんら不思議ではない……っていうか、この世界に転移してるって時点で、私の常識の範疇なんてゆうに飛び超えている。
「だ・か・ら……試したいのよね」
「え? 何を?」
「私も……マーヤにトリミングして欲しいの!」
「ア、アンナ⁉︎ お、お前……それは……」
「?」
アンナの言葉に、なにやら慌てるランスさん。
一体どうしたんだろう? 何かマズイことでも?
状況がイマイチ飲み込めない私は、頭にハテナマークを浮かべながら、くいっと首を捻ったのだった。
◇◇◇◇
「はい、アンナはとりあえずこっちへどうぞ。ランスさんはこのイスに掛けてお待ち下さいね」
「あ……あぁ……」
「じゃあね、お兄様。また後で」
パタン……
奥のトリミングルームへと移動し、護衛であるランスさんにはそのドアの外で待機してもらうことにした。信用されてはいるけど、万が一にでも国の大切な聖女に何かあってはマズイからね。
でも、移動したはいいが……さて、どうしよう。私の専門はあくまで犬であって、人型になった獣戌族は対象外なのだが……。
「ねぇ、アンナ。トリミングって言ったって……私、美容師じゃないから髪の毛は切れないわよ? しかもこんな綺麗な……」
アンナの蜂蜜色の長い髪を触りながら、そう溢すと、彼女が不思議そうな声を返してきた。
「え? 何言ってるの……よっ!」
ポンッ! パサッ! カランカランッ!
軽い破裂音と共に、アンナの姿は目の前から突如消え、彼女の着ていた白銀の神職服と下着類が地面へと落下する。同時に、彼女が身につけていたはずの宝飾品達が、金属音を立てて床に転がった。
その服の下では、もそもそと動く何か……すると、ひょこっと布の下からそれは顔を出した。キラキラ輝くオレンジセーブル色の愛らしい……ポメラニアン⁉︎
「えっ? もしかして、アンナ??」
「そうよ。何をそんなに驚いているの?」
「だ、だって……この国で生活してて……成犬に会ったことが無かったから……」
そうなのだ。街で買い物をしていても、来店するお客様達も、出会う獣戌族は皆、人型だった。
てっきり、成犬になると犬型から卒業するのかとばかり……。
「そっか、マーヤは知らなくても仕方ないか。獣戌族は、成犬の儀を終えて人型に変身してからは、ある時を除いて、他者の前でこの姿にはならないのよ」
「あぁ……だからランスさんは戸惑っていたのか」
先程の彼の反応に合点がいった。それと同時に、嬉しさが込み上げてくる。成犬の姿を彼女が私に晒す……それはアンナが心を許してくれている証しなのだ。
最初こそ互いの名前を『さん』付けで呼び合っていたが、それは程なく名前呼びへと変わった。今では、唯一無二の『親友』と呼べる大好きな存在だ。
元の世界で窒息しそうな毎日を送っていた私をあの日、この世界が受け入れてくれた。理由はどうあれ、そのキッカケをくれたアンナやランスさん達には、いくら返しても返しきれない恩がある。
私に出来ることがあるなら、何でも言って欲しいし、些細なことでもどんどん頼って欲しい。
「ではマーヤ。お願いね」
「はい。喜んで!」
私はそう言って、アンナを床から抱き上げ、トリミング台の上にそっと載せた。
◇◇◇◇
一通りの健康状態をチェックし、ブラッシングを終えて、ベイシングと呼ぶシャンプー作業へと取り掛かる。
ふわふわの泡に全身包まれたアンナの口からは、なにやら色っぽい声が漏れ出てきた。
「ふあぁ〜〜っ! 気持ちいぃ〜〜っ! はぁん、癒されるわぁぁ〜〜っ!」
「ふふっ、そりゃ良かった」
「いつもいつも誰かを癒すばっかり……聖女だって、たまには癒されたいのよぉ〜〜!」
「本当、お疲れ様だね」
普段なかなか溢せない、心の叫びを上げたアンナの頭をヨシヨシする。
私が出会った頃の彼女は、まだ見習い上がりの聖女様だった。それからしばらくして、『アンナ様の発展が目覚ましい』と、彼女を賞賛する声が街にも届いてきた。
だが……期待の声と比例して、大量の責務が彼女の華奢な肩に重くのしかかったことは、容易に想像がつく。
……私は、そんなアンナに何もしてあげられていない。
濡れて痩せっぽっちな肢体を優しく洗いながら、労わるようにマッサージ。
「私に出来ることなら、何でも言ってね。このくらいのことしか出来ないけれど……じゃあ泡を流すわ。その後、10分くらい湯船に浸かりましょっか」
そう言って、私は静かに蛇口を捻ったのだった。
◇◇◇◇
ブワァァァァァーーッ‼︎
ドライヤー代わりの風魔法で、自身を一気に乾かしてもらうと、アンナの身体はフワッフワの毛並みに仕上がった。風量多め、聖女の魔力はハイパワーだなぁ。
それにしても……アンナ……。
「か、可愛いぃぃぃぃっ! 何でこんなに可愛いの⁉︎ やぁん、ふわふわぁ〜〜っ‼︎」
思わずアンナを抱き上げようとした、私の両手が……スカッと盛大に空振った。あ、あれ?
ポンッ!
入れ違いのように、人型に戻ったアンナがぐーーんっと大きく伸びをする。あぁ、関節の可動域を最大限に伸ばそうとして、犬型から戻ったのか。
……うぅっ、ちょっと残念。もっといっぱい抱っこしておけばよかった。
「はぁぁぁ〜〜っ! 気持ち良かったぁぁ〜〜! ありがとう、マーヤ!」
「喜んでもらえて、なによりよ。でも……とりあえず、服を着なさいね」
アンナはすっぽんぽん状態で、両手を大きく広げたバンザイポーズ……彫刻のようなナイスバディを惜しげもなく堂々と眼前で披露されると、流石に同性の私でも目のやり場に困る。
「やっぱりマーヤは凄いわ! 髪はツヤツヤだし、お肌はピッカピカ……身も心もスッキリよ!」
「うん。わかったから、服を着なさいね」
私の両手を握り、キラキラとした目を向けてくれる彼女にもう一度、同じ言葉をくり返した。
「さぁ! 私の魔力量を測ってみましょう! お兄様、水晶をこちらへ……」
「あぁ……だ・か・ら、服を着なさーーいっ!」
バサッ!
テンション上がりまくりでドアを開けに行こうとしたアンナに、私は強引に服を頭から被せたのだった。
◇◇◇◇
ピカーーーーッ!
寸前まで周囲の景色を映していた透明な球体が、アンナが手を翳した瞬間、目も眩むような強い閃光を放つ。
「な、なんと……予想はしていたが、これほどとは……」
「やっぱりマーヤは凄いのよ!」
「いやいや、凄いのはアンナでしょ? きっと、リフレッシュして、魔力が回復したんだよ」
「ふぅむ……どちらの可能性もあるな。これだけでは、なんとも……」
ランスさんも判断に困るのか、腕を組んで首を傾げた。その様子が不満だったのか、アンナがぷくっと頬を膨らませる。
「むぅっ……じゃあ、お兄様も検証してみたら? まだ次の公務まで時間がありますし……」
「ランスさんもトリミングしていきます? すぐに準備しますよ?」
「なっ⁉︎ こ、断るーーっ‼︎」
「え……」
彼の大声が狭い室内に反響する。その声の大きさに、アンナは目をぎゅっと瞑り、自分の耳をパタッと閉じた。
しかし……そんな全力で拒否しなくても……でもまぁ、あの呪いの幼獣の一件でも羞恥心を隠しきれていなかったから、仕方ないか。
でも……幼犬とはまた違う、モフモフポメラニアンの成犬ランスさん……見たかったな。ちぇっ。
「ちょっと、お兄様! 言い方!」
「あ、いや……そ、その……そうじゃないんだ、マーヤ殿! だ、だが……しかし……ぐぬぬっ……」
「?」
なにやら、ランスさんがゴニョゴニョと口籠る。もしかして、恥ずかしい以外で、何か他にも理由があるのだろうか?
そんな兄の様子を横目に見ながら、アンナが何やら棒読みな台詞を吐き出す。
「あぁ、私一人だけじゃ検証として弱いんだよなぁ〜〜。でも、お兄様はやりたがらないし……あ! だったら、副団長のヨルムでも呼んでこようかしら〜〜?」
「なっ⁉︎ ま、まてまてまてっ‼︎」
ガシッ!
外に護衛として、数名の騎士と馬車を待たせているのだろう。入り口の方向に回れ右するアンナの両肩を、ランスさんが鷲掴む。
「……わ、私が……た、試そうではないかっ!」
「?」
「ふふっ! そうと決まれば、マーヤ! お兄様をよろしくね。私は勝手にお茶でも飲んで待っていますから……」
「おい、アンナ。昼食前に、茶菓子は食べ過ぎるなよ」
「……」
『子供のようにぐずっていたお兄様に言われたくないわよ』と言わんばかりに、アンナがジロリとランスさんに睨みを利かせた。
◇◇◇◇
トリミングルームに、重苦しい空気が漂う。
「……えっと……あの……」
「……」
この部屋に入った瞬間、ランスさんがいきなりバサッと上着を脱いだ……かと思ったら、上半身裸のままトリミング台に突っ伏し、頭を抱えた悩ましげなポーズで……フリーズ。
そこから既に、十数分が経過していた。アンナは秒で変身を解いてポメラニアンの姿になったのに……。
「あ、あの……やっぱり、他の方に協力要請を……ヨルムさんとか……私、呼んできますよ!」
「なっ!」
バンッ!
部屋の外へ向かおうとドアノブに手を掛けた私のすぐ背後から、ランスさんに壁ドンならぬドアドンをされた。
驚いて、見上げるように彼を振り返る。
「あっ……」
それほど身長が高くない私は、丁度、彼の腕の中に囚われたような形となっていた。すぐ目の前に美しいランスさんのお顔、しかも半裸……あまりの超至近距離に私の心拍数が急上昇‼︎
ドキドキドキドキドキドキ……!
私の鼓動の音……絶対、耳のいいランスさんに聞こえている……やだ、恥ずかしい!
思わず、咄嗟に手を伸ばし、彼の耳をパタッと押さえて、内側に折り曲げた。
そのせいで、さらに彼の顔との距離が近づく。だが、恥ずかしいのは私だけじゃないようだ。ランスさんの顔も真っ赤に染まっていた。
「す、すまない。覚悟を決めるから……他の男の裸は、貴女の目に映したくない……」
「は、裸って……」
『半裸の貴方がそれを言いますか?』……と、喉元まで上がっていた言葉を、ぐっと飲み込んだ。
◇◇◇◇
「ランスさん……振り向いても、いいですか?」
「あ、あぁ……もう、いいぞ……」
彼の許可でくるりと後ろを振り向くと、トリミング台の上には純白のポメラニアンが美しい背中をこちらに向け、ちょこんと座っていた。
「はぁっ……」
その美しい毛並みに思わず、溜息が漏れ出てしまった。
「あ、あまり、ジロジロ見ないでくれないか、マーヤ殿。そのぅ……は……恥ずかしいのだが……」
「はっ! あっ、ご、ごめんなさい、ランスさん」
慌てて謝罪を口にしながら、私は勢いよく頭を下げた。
私の目に映るのは、綺麗な一匹の成犬ポメラニアン。だが、彼からしたら……真っ昼間の明るい空間で、全裸のまま台上に載せられているわけだから……そりゃ、めちゃめちゃ恥ずかしいよね。どんな破廉恥な罰ゲームだ、って話だ。
「あらためて、よろしくお願いします」
「あ、あぁ……こちらこそ……」
私は顔を上げ、そっと彼の身体に両手を伸ばした。柔らかな毛に触れた瞬間、彼はピクッと反応し、その身をぎゅっと固くする。恥ずかしさでプルプルと身悶えしているのが、手から伝わってきた。
ゔっ……何だか、すごく申し訳ない気分になってきたわね。
気を取り直して、ブラッシング。
サッ……サッ……サッ……サッ……
「本当に綺麗な毛並みですね」
「ほ、褒めないでくれ……」
「ランスさんは若くて健康的ですよね? 肛門腺絞りは……」
「や、やらなくていいっ! 本当、頼むから、やめてくれーーっ‼︎」
悲鳴に近い声が上がる。健康チェックの問診なのに、彼にとっては拷問官による尋問に等しいのだろう。
それにしても、兄妹で反応が真逆だ。アンナは侍女達に身体を洗われるのに慣れているから、彼よりも裸への抵抗が少ないのかもしれない。
「色々と恥ずかしいみたいですので、基本的なことだけにしておきましょう、ね!」
ひょい!
言いながら、私はランスさんを腕に抱きかかえて、手足を確認。少し伸びた爪を一つずつ切っていく。
パチン! パチン! パチン!
「マーヤ殿、く、くっつきすぎだ!」
「こらこら、ランスさん。暴れないで下さいよ。危ないです」
「爪なら、自分で切れる‼︎」
そう言ってジタバタと動き、キャンキャン吠える彼。
「あぁ、たしかに……でも、もう始めちゃったからやっちゃいましょう」
「くっ……」
以前の時は幼犬姿だったから、今回よりはまだ抵抗感が少なかったのかもしれないが、ランスさん視点で考えたら、私って……嫌がる成犬男性に無体を働く痴女って感じかしら?
……嫌だなぁ。トリミングが全部終わったら、きちんと謝ろう。
◇◇◇◇
ドッグバス内にランスさんを移し、全身にしっかりぬるま湯をかけてから、フワフワの泡で優しく身体を洗っていく。
ここで、また問題が発生。
「うっ……くっ! あっ、あうっ……ふ、ふっ……」
「あ、あのぉ〜〜、ランスさん?」
アンナも『気持ちいい!』って言ってたから、ランスさんもたぶんそうなんだろうけど……声を出さぬよう必死に堪えて、悶えて……それが、かえって色気が凄い。見た目はポメラニアンなのに! あまりのセクシーボイスに、私の方がくらくらしそうだ。
「えっと……やっぱり、もう止めておきますか?」
「あっ……や……やめないでくれ……」
恥ずかしそうにそう言うのが、また私の心臓にズキュンと突き刺さる。
「い、一応、お聞きしますけど……気持ちいいんですよね?」
「あ、あぁ……だが、快楽に溺れるなんて……くっ……精神が脆弱な証拠……あっ! まだまだ、私は修行が足りないな……あふっ……」
もはや、私のシャンプーは一体、何の苦行だろうか?
「とりあえず……私のトリミングが、獣戌族さんの魔力量アップに、何かしら貢献できそうなんですよね?」
「あ、あぁ……恐らくだがな……あっ……」
「ふふっ、嬉しいです」
「マーヤ殿……あぁっ!」
少し油断したのか、今まで聞いたことのない声がランスさんの口から漏れ出た。
……やだっ……なんだか、イケない心の扉が開いてしまいそうだわ。
◇◇◇◇
ちーーん……
純白なはずのポメラニアンが、私の目には灰色に見える。完全に燃え尽きた感じで、彼はトリミング台に寝そべっていた。魂は半解脱状態……元気になるどころか、ぐったりしている。
「魔力アップ? どこが?」
やっぱり、仮説は間違ってるんじゃない? ドライヤー代わりの風魔法の風量は、前回よりもアップしたような気はするけど……詳しいことはわからないや。
「ランスさ〜〜ん? お〜〜い!」
「……」
動く気配のない彼の上に大判のタオルをそっと掛けてからトリミングルームを出て、隣の部屋で優雅にお茶を飲み待っていたアンナに声を掛けた。
「お待たせ」
「あら、終わったみたいね」
「とりあえずは、ね。ランスさん、大丈夫かしら?」
「そうね……あ! 前みたいに『女神の祝福』を贈れば、目覚めるんじゃない?」
「あぁ……なるほど」
アンナの言葉で、もう一度部屋に戻り、私はタオルでランスさんを包んでそっと抱き上げた。そして、彼の頬にそっと口付けをする。
ちゅっ! ポンッ!
瞬間、犬型から人型に戻った……はず。たぶん。今、私は目を瞑っているので分からない。だが、ランスさんが覚醒した気配はなんとなく感じる。
ガタン! ガタガタッ!
「マ、マーヤ殿、暫し、待たれよ!」
「は〜〜い」
さて……なんて謝ろう? わざとではないが、結果的にランスさんを辱めてしまったわけだし……。
彼が洋服を着込む音を聞きながら、そんなことを腕組みして考えていたら、ぐいっと急に両腕を解かれた。
思わず目を開けると、眼前の至近距離にランスさんの顔! 困ったような、少し怒ったような……そして、またしても真っ赤。純白の耳も、うっすらピンク色に染まっている。
きゅん!
……あれ? なんか今、変な音が聞こえたような……ま、いっか。
「マーヤ殿! むやみに異性の頬へ口付けするのは如何なものか! 勘違いする者が出たらどうするのだ⁉︎」
「勘違い? え? 何の?」
「あっ、うっ、それは、その……」
バタンッ!
「はい、はい! ではでは確認致しましょう!」
しどろもどろなランスさんを尻目に、部屋にズカズカと入ってきたアンナが水晶球を差し出してきた。
ピカーーーーーーッ‼︎‼︎
ランスさんが手を翳すと、先程のアンナの時よりも、水晶球がさらに強い閃光を放った。
「ほら、やっぱり! いい? マーヤ、これは凄い発見よ! これは、騎士団全員の魔力底上げも……」
「だ、駄目だ!」
「ランスさん?」
強い口調で、彼がアンナの言葉を遮った。
「何よ、お兄様……」
「お前は言ってる意味が分かってるのか⁉︎ 彼女の目に、男共の裸体を晒すんだぞ⁉︎」
………………
あぁ、なるほど。私の頭の中では、小型犬の成犬達が思い浮かぶが、ランスさんには全裸の野郎共が私の前に並んでるように見えるんだ。
……なかなか破壊力のある絵面だな、おい。
「そ……それに……獣戌族が、あの姿を他者に見せるのは……し、初夜の儀式の時だけだーーっ‼︎」
………………
「は?」
えっと……つまり、それは……あぁ、だからランスさんはあれだけ思い悩んでいたのか!
そういうことは、前もってちゃんと教えておいて頂かないと困るんですけどーー⁉︎
心の中で絶叫する私の方を振り向き、アンナがニッコリと微笑んだ。
「驚かせてごめんね。でも、いいじゃない。私、マーヤだったら、全然構わないもの!」
「同性のお前は、それで良くても……」
「そ、そうよ、アンナ。私は人族だから、その辺りは全く関係ないけど、ランスさんにとっては一大事じゃない!」
「ま、全く関係ない? そんな……」
あら? 私、何か変なこと言ったかしら?
ランスさんの耳と尻尾が悲しげにしょげている。
「ありのままの姿ってことは、自らの魔法防御を解くってこと……自分の心を相手に曝け出す行為なのよ」
「魔法防御?」
「えぇ。私達のように耳がいい種族では、相手の心音が丸聞こえ……相手が焦ってるか、落ち着いてるか……心が手に取るように分かってしまうの。成犬の通過儀礼で人型に変化することで、自分を保護し、周りにそれが伝わらないようにするのよ。で、生涯を共にする大切な相手には、それをオープンにする」
「へぇ、なるほど……って、あれ? つまり……魔法が使えない私の心の声は……だだ漏れ、丸裸だったってこと⁉︎ やだっ、恥ずかしい!」
ボッ!
自分の顔が熱い! 一気に赤くなったのが、見なくても分かる。……あれ? 今まで、変なこととか、考えたりしてなかったかな?
急に不安になってくる。
「大丈夫よ。マーヤは表裏なくて、素直だからね」
「あぁ、悲しいくらいにな……」
なぜか、残念そうにランスさんが呟く。
「ごめんなさい。知らなかったとはいえ、そんなことをさせていたなんて……あの、そういえば……ランスさんに恋人さんとか、婚約者さんとかは……」
がしっ!
言葉の途中で、いきなりランスさんが私の両手を握り締め、見つめてきた。ち、近いっ!
「そ、そのような者はおりません! マーヤ殿! わ、私は貴女のことが……」
カランコロン! パリィーーンッ!
その時、入り口のドアベルと同時に、小さくガラスが割れるような音が店内に鳴り響く!
「え? 何の音?」
「建物に掛けておいた防音魔法が解かれた音よ」
「あっ! ヨルム⁉︎」
コツッ……
名前を呼ばれた入り口の彼が、ペコリと礼儀正しく頭を下げた。
「アンナ様、団長。次の公務へと向かうお時間です。そろそろ移動しないと……」
そう言いながら、ヨークシャーテリアの副団長ヨルムさんが、手に持った懐中時計をパカッと開けて、こちらに向けてきた。
時計の長針と短針がてっぺんで重なっている。もう、そんな時間か……。
「ちょ、ちょっと待てヨルム! 私はまだ、マーヤ殿に話が……」
「いえ、随分と時間が押しておりますので、お話ならまた後日にお願いします。では、失礼しますね、マーヤさん」
「じゃあまたね、マーヤ! お茶、ご馳走様でしたーー!」
「え、あ、えぇ、またね」
バタバタバタバタバタ……
嵐のように去っていく皆に手を振り、馬車の後ろ姿をぼんやり見送った。
「ランスさん、何を言おうとしていたのかしら? ……ま、いっか。さて、お昼でも食べよっと」
そう言って私は、ティーセットを片付けて、部屋の電気をパチッと消したのだった。
おしまい
最後までお読み頂き、ありがとうございました!
評価、感想、いいね等、頂けたら幸いです。
「テイマーと間違われて異世界召喚されたトリマー、通常業務でモフモフ騎士様たちを救います。」の後日談として書きましたので、もし宜しければそちらもどうぞ。




