上の層へ
作業が一段落したところで、
俺はブロルに声をかけた。
「なあブロル」
「なんだ」
「神に会うには、どうすりゃいい」
ブロルは工具を拭く手を止めた。
少しだけ間が空く。
「……急だな」
「急も何も、
俺それしに来たんだけど」
ブロルは俺を一度だけ見てから、
世界樹の幹の方へ視線を向けた。
「神域は上だ」
「登れば会える?」
「会えない」
「即否定かよ」
「段階を踏まないと、意味がない」
「意味?」
「仕組みを知らずに来る奴は、
何を見ても理解できん」
「……それ、俺のこと言ってる?」
「弟子だろ」
「便利ワードみたいに言うな」
ブロルは続ける。
「今日は上の層まで案内する。
神域の手前までだ」
「なんで?」
「聞いただけで分かった気になるのが、
一番危ない」
「職人の理屈だな」
「そうだ」
横でチムが頷く。
「ブロルなりに、
傑をちゃんと使う気なんだよ」
「使うって言い方が気になる!」
「壊さずに、って意味」
「フォローになってねえ!」
⸻
移動の準備をしながら、
俺はチムに小声で聞いた。
「なあ、北欧神話ってさ……
正直ほぼ知らない」
「名前くらいは知ってると思ってた」
「単語はな。
中身は知らん」
「なるほどね……」
チムは少し考えてから言った。
「じゃあ、
本当に傑向けに説明する」
「その言い方やめろ」
「北欧神話は、
世界樹ユグドラシルを中心にできてる」
「それは今まさに見てる」
「で、この木は
一枚岩じゃない」
チムは地面を指してから、
幹の方を指した。
「大きく分けて、3つの層がある」
チムは指を折る。
「下。
ドワーフとか、
巨人とか、
死とか寒さとか、
重たいものが集まる層」
「今いるとこだな」
「真ん中。
人間と巨人が住んでる層、今は巨人のみだけどね」
「巨人いるの!?」
「そう、いるよ、でもラグナロク後で封印された」
「ラグ、楽なログ?」
「ごめん難しい単語を使った僕が悪かった、簡単に言えば神と巨人の戦争」
「ほうほう」
「さらに上にいるのが 神とエルフ達」
「え エルフ高くねえ!?」
「うん、神に近い存在だからね」
「なんか色んなやついるな」
「大事なのは、
同じ木に住んでるってこと」
「距離近すぎない?」
「だから揉める」
「な、なるほど」
俺はとある違和感に気づいた
「待てよ、てことは俺ら一回巨人のとこ通らないといけないってこと?」
「そーだね」
「喰われないのか?」
「大丈夫だよ 化石を見る感覚で見ればいい、はず。」
「なるほどね...さーてと、今のうちに遺書書いとこう、ブロル、ペンと紙ない?」
「なんだそれ 働けてくれるのか?」
「多分お前の天職 ブラック企業の社長だわ」
チムは急に何かを思いついたように口走った
「そう言えばドワーフに関する豆知識もあるよ」
「ん?なんだ?」
「君の世界では ダークエルフって概念があるでしょ?」
「まぁあるな」
「あれ本当はドワーフのことなんだよ」
「えええ そうだったの?」
「まぁ神話だからどこかで誤解を産んだらしいんだけどね」
「やっぱ言い伝えって誤解が多いんだな」
⸻
ブロルが先に立って歩き出す。
世界樹の根元には、
石と木で組まれた通路があった。
明らかに“人が使う前提”。
「……なあ」
「なんだ」
「魔法とか転移じゃないんだな」
「必要ない」
「神話なのに?」
「神話でも、
物は運ぶ」
「物流が現実的すぎる!」
「上にも鍛冶素材は必要だ」
「神も道具使うのかよ」
「当たり前だ」
チムが言う。
「神は万能じゃない。
万能なら、
世界はもう終わってる」
「それ、妙に納得できるのやめろ」
⸻
チムの説明が終わると、
ブロルが無言で顎を上にしゃくった。
「行くぞ」
「説明それだけ!?
今から巨人の国通るって聞いた直後なんだけど!」
「今さら怖がるな」
「怖がるに決まってんだろ!
異世界ルート選択ミスった感がすごいんだよ!」
ブロルは歩き出す。
世界樹の根に沿って進むにつれ、
空気が変わった。
さっきまでの
金属と油の匂いが消えて、
代わりに――
「……寒くね?」
「下層よりさらに冷える場所だからね」
チムが平然と言う。
「それ先に言えよ!
心の準備ってもんがあるだろ!」
地面は白く、
空気は重く、
音が吸われるように静かだった。
やがて――
“それ”が見えた。
「…………でっか」
思わず声が漏れる。
氷の中に、
巨人がいた。
一体じゃない。
何体も。
巨大な腕。
裂けたような口。
怒りの形のまま凍りついた表情。
「……展示物?」
「ヨトゥンだね」
チムが淡々と言う。
「生きてる?」
「正確には“止められてる”」
「言い換えたところで怖さは減らねえよ」
ブロルが足を止める。
「ここは通路だ。
触るな」
「触るか!
命が何個あっても足りねえ!」
傑は一体の巨人を見上げた。
氷越しでも分かるほど、
力の塊みたいな存在。
「……これ、
起きたらどうなる?」
「世界が面倒になる」
「説明が雑!」
「だから封じた」
「神の解決方法、基本それだな!」
三人はそのまま歩き出す。
その背後で――
氷の表面に、ごく細い線が走った。
音はない。
動きもない。
ただ、
凍りついた巨人の口元に走る
一本の、見逃してしまいそうなヒビ。
それは、
誰にも気づかれないまま――
ゆっくりと、そこに残った。
⸻
さらに上へ。
根を伝って進むにつれ、
寒さがゆっくりと引いていく。
代わりに――
「……匂い、変わったな」
油と鉄の匂いが薄れ、
草と水の匂いが混じる。
空気が軽い。
「さっきのとこと、
同じ世界とは思えねえ」
「層が変わった証拠だね」
視界が開けた。
光が多く、
色が多く、
音が――ある。
風の音。
水のせせらぎ。
葉が擦れる音。
「……さっきまで、
“死んでる世界”歩いてた気分だったのに」
「今は?」
「生きてる」
チムは少しだけ笑った。
「ここがエルフの層だよ」
俺は振り返った。
さっき通ってきた下層は、
もう見えない。
そして、
背が高くて細身の連中。
「……こいつらが、エルフ?」
「そう」
チムが言う。
「思ってたより普通だな」
「生活してるからね」
エルフたちは俺たちを見ても、
特に騒がない。
挨拶する者。
無視する者。
忙しそうに通り過ぎる者。
「完全に近所だな……」
ブロルが言う。
「ここは幹の層だ。
世界樹を整える場所」
「整える?」
「木は放っておくと歪む」
「世界樹もメンテ必要なのかよ」
「必要だ」
チムが補足する。
「ドワーフが支える。
エルフが整える。
神が決める」
「役割分担、
会社組織すぎるだろ」
「規模がでかいだけだ」
⸻
夜になる
「今日はここで休む」
ブロルが言った。
「え、神のとこ行かないの?」
「行かない」
「理由は?」
「今日は見せる日だ。
会わせる日じゃない」
「……なるほど」
少し時間が経ち、俺らはブロルの伝手で、宿を見つけた。
エルフの層で用意された寝床に横になり、
俺は枝の隙間から上を見た。
神のいる場所は見えない。
でも、確実に“上”にはある。
「なあチム」
「なに?」
「神ってさ……
思ってたより、遠いんだな」
「そうだね」
「もし近くにいたら、
もっと早く決めちゃうことになるかも」
「……何を?」
「終わらせるか、続けるか」
俺は黙った。
下では、
今日もドワーフが働いている。
ここでは、
エルフが普通に暮らしている。
それでも、
神が何かを決めたら、
全部ひっくり返る。
これは人間でもドワーフでもエルフでも同じ
「……これさ」
「うん」
「説得とか以前に、
決める側と、
決められる側の距離が
遠すぎないか」
チムは少しだけ考えてから言った。
「だから問題なんだよ」
それ以上、お互い掛ける言葉はなかった
神はまだ姿を見せない、でも決める側の場所は 確実に遠くにある
ただ、
俺はそれを、
初めて“距離”として感じていた。




