暮らしとドワーフ
「起きろ、人間」
「……いや起きてるし。
てか名前あるからな。傑。いい加減それで呼べ」
俺を見下ろしていたのは、
昨日からこの作業場を仕切っているドワーフだった。
背は低い。
横に広い。
髭はやたら長い。
いかにも“現場”って感じの存在感。
「ブロルだ。ここをまとめてる」
「……雑じゃない?
俺の世界だと、その言い方する人ほど現場丸投げしてる」
ブロルは眉一つ動かさない。
「丸投げはしない。投げる相手がいない」
「理由が最悪すぎるだろ!」
横から、腕が異様に長いドワーフがぬっと顔を出した。
腕というか、もはや“凶器”。
「グリム。力仕事と戦闘」
「説明短っ。
でもその腕で“戦闘”って言われたら納得しかねえな」
「力があればだいたい解決する」
「その理屈で今まで何個問題増やしてきたんだよ」
「覚えていない」
「絶対増えてるだろ!」
⸻
作業場は朝から騒がしかった。
石を削る音。
金属を打つ音。
怒鳴り声と、笑い声と、ため息。
全部が同時進行。
「なあ、ここ毎日こんな感じなのか?」
「これでも落ち着いている方だ」
「異世界基準の“落ち着いてる”、
信用できなくなってきたんだけど」
ブロルは無言で工具を指差す。
「人間、今日はここだ」
「説明は?」
「後で」
「後でっていつだよ」
「必要になったら」
「必要になってからじゃ遅いんだよ!」
聞く耳は持たれなかった。
「今日から弟子だ」
「待て待て待て。
弟子ってそんなノリで決めるもんじゃないだろ」
「人手が足りない」
「理由それだけ!?」
「それで十分だ」
「世界観がシビアすぎる!」
グリムが頷く。
「弟子は便利だ」
「言い方考えろ!」
⸻
休憩時間。
俺は地面に座り込む。
ドワーフたちは酒を飲んだり、工具を整えたり、普通に雑談している。
……生活感が強すぎる。
「なあブロル」
「なんだ」
「弟子って給料あるのか?」
「ある」
「お、意外とちゃんとしてるじゃん」
「経験だ」
「通貨単位それかよ!」
「役に立つ」
「ブラック職場の常套句だろそれ!」
俺はチムを見る。
「なぁチム。
俺って神を説得に来たんだよな?」
チムはうなづく。
「今さ、
ただドワーフのブラックな職場で
働いてるだけな気がするんだけど」
チムは少しも迷わず言った。
「順調だね」
「お前今すぐ辞書で“順調”の意味引いてこい」
⸻
俺は頭を抱えたまま、チムに詰め寄る。
「そもそもさ、
なんで北欧だけ説得すりゃダメなんだよ」
「北欧が中立なら、それでよくね?」
チムは少し考えてから、いつもの調子で言った。
「じゃあ、バカな傑にも分かるように言うね」
「誰がバカだ、毛全部剃るぞ」
ブロルとグリムが同時にこちらを見る。
「毛とは何だ」
「人間の文化だ」
「文化で済ませるな!」
⸻
「アストラル界ではね、
神域ごとに“人間界をどうするか”を決める仕組みがある」
「いきなり規模でかい話すんな」
「一つの神域が勝手に決めると、
他の神域が納得しない」
「神でも結局そこなんだな……」
「むしろ神だから必要」
「めんどくせえ……」
チムは続ける。
「世界はね、
君たちの世界でいう“サイクリック宇宙論”に近い」
「……サイクリック……何?」
「簡単に言うと、
世界は“始まって、続いて、終わって”、
また始めるかどうかを決める」
「その“決める”が怖すぎるだろ!」
「今がその時期」
「終わらせるか、続けるか?」
「そう」
「今まで決めてなかったの?」
「前回は先延ばしにした」
「世界の運命、
保留ボタンで止めてたのかよ……」
「でも今回は先延ばししにくい。期限が近いから」
「その言い方、追試の締切みたいに言うな!」
⸻
「だから投票がある」
チムは淡々と説明する。
「まず各神域で話し合う。
滅ぼすか、続けるか」
「中立は?」
「決めない」
「一番楽な立場だな」
「でも期限が来る」
「現実的すぎる……」
「今の状況は?」
「滅ぼし四、中立三、救済一」
「数字の並びが嫌すぎる」
「北欧は中立が多い」
「一番先延ばしに慣れてそうな連中じゃん」
「だから人類へのヘイトはあまりない感じだね」
「それは、まぁ悪くないってことか」
「だから頑張れば救済側に持っていける可能性もあると思うんだ」
「なるほどなー」
⸻
作業が再開される。
ドワーフたちは相変わらず黙々と働いている。
世界樹の根元で、ただ“暮らし”を続けている。
「なあチム」
「なに?」
「これさ……
異世界初心者向け難易度じゃないよな」
「うん。中盤」
「最初から詰ませに来てるだろ!」
神はいない。
英雄もいない。
いるのは――
人手不足で弟子を量産するドワーフと、
流れで働かされている人間と、
全部分かってる顔で説明する謎生物。
そして、
「終わらせるかどうか」を決める時期が、
確実に近づいていた。




