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第一章 異世界のゲーム ⑤

 日本庭園が一望できる白桜蔭家の応接間でお見合いは始まった。

 隣の部屋からは美しい笛の演奏が響いてくる。

(さっき、ちらっと見たけど生演奏だぞ。どんだけ金がかかってるんだ)

 白桜蔭家からは雪路、俺、そして、ちょこんと脇に控える清香がいる。相手側は両親と本人だ。

 清香は静かに座っているが、聡明な瞳で分析している。

(妹のはずなのに、なぜか俺の方が監視されている気分だ……いや、あの目は、相手もその親も同時に値踏みしている)

 相手の少女も俺や清香と同じで、おかっぱ髪だった。どうやら、成人前の男女の髪型なのだろう。

 同じ髪型だからこそ、如実に美醜の差がはっきりとする。残酷なほどだ。

 最初に訪れたのは白椿彪家の令嬢、文菊(あやきく)だった。

 十歳とはいえ、その姿勢の良さと冷徹な眼差しには、幼い頃から叩き込まれた名門の誇りが滲み出ている。

 髪は艶やかで、一分の隙もなく着こなした高価な着物だ。

 そんな文菊は、どこか俺を見下したような高貴な雰囲気を纏っていた。

「白桜蔭様、ご機嫌いかがですか?」

 彼女の挨拶は礼儀正しく完璧だったが、その声音には温かみがなかった。

「ありがとう、元気にしています」

 俺の返答に、彼女は薄く微笑んだ。

「落馬されたとか。馬術はお上手ではないのですね」

(初手で、嫌味かよ)

 俺は微笑んで答えた。

「馬も乗り主の資質を見極めたのでしょうかね?」

「まぁ、面白いことを仰られる」

(面白いだと? 本気で言ってるのか……それとも馬鹿にしてるのか? 読めない)

 俺たちの会話は続いた。形式的で冷たい応酬だった。文菊の眼差しには、俺を値踏みするような打算が見え隠れしていた。

(完全に白桜蔭家のスペックしか見てない目だ……)

 途中からは会話が途切れ、相手の親が懸命に話を盛り上げようとした。

 

 二番目に訪れたのは白桃泉家の娘、桃子(ももこ)

 部屋に入ってくるなり元気よく挨拶し、座る前に部屋の中をキョロキョロ見回すなど、落ち着きのなさが窺えた。十四歳とあって身体つきも大人びていたが、その性格は飾り気のない活発さだった。

「曉人くん、はじめまして!」

 形式ばらない挨拶に、雪路は眉をひそめたが、俺は逆に安心感を覚えた。

「私の夢はね、うちの織物店を皇國中に広げることなの! うちの織物はね、丈夫で色が綺麗だって評判なの。これを皇國中に広めて、白桃泉家の名を轟かせたいの」

 桃子は目を輝かせながら語った。

「父と母は『女の子は控えめに』って言うけど、私は商才があるの。ねえ、曉人くんは私のような妻をどう思う?」

 彼女の率直さに、俺は少し戸惑いながらも、商家の活気を感じた。

「その活発さは素晴らしい資質と思います」

「でしょ! わかってるなぁ。それにね、跡継ぎも大事よ! 商売繁盛のためにも、子宝は多い方がいいわ。だから、結婚したらすぐにでも励みましょうね!」

 桃子は悪びれもなく、満面の笑みで言い放った。

「ん? どういう意味ですか?」

(はああああ、すぐに励むって何を言ってるんだ。てか子宝って……おいおいおい、俺はまだ十歳だぞ!?)

 俺の返答に、桃子は余裕の微笑みを浮かべた。

「まだ、曉人くんはわからないか」

「いえ、わかります。逆にあなたは意味がわかって言ってますか?」

 思わず聞き返してしまった。

「もちろんよ。白桜蔭家と白桃泉家の未来のために、子どもをたくさんつくることは大事な『投資』じゃない」

(投資だと、確かに昔は子どもを労働力と見ていたらしいが、子供をなんだと思ってんだ。しかも言い方が生々しすぎるわッ!)

 俺の動揺を別の意味で解釈したようだ。

「あら? もしかして曉人くん、もうそういう《《情事》》に興味津々?」

 桃子は目を輝かせ、妙な感心の仕方をする。

「いや、待てください。そういうわけでは……」

「ふふん、まあ、私の方がお姉さんだし、最初は私が導いてあげるから、安心してちょうだい」

 桃子は得意げに胸を張り、ウインクまでしてきた。

(リードだと? 何をリードする気だ……てか、この子、絶対意味わかってないだろ! わかってないと言ってくれ、じゃないと、怖い! ある意味一番怖い!)

 桃子の両親たちも、もみ手をし始めんばかりに前のめりだった。

 雪路から今日は答えを出さないように、明確には答えず微笑むように言われていた。

「春の花びらが舞うように、時が教えてくれるでしょう」

 そう言って微笑むと、桃子は少し頬を赤らめた。

 二組が部屋を去ると、ドッと疲労感が増した。


(魂が吸い取られた気分だ……)

 女中たちが机の上を片付け、家具を整え直す。

 どうやら、家の格によって家具などに差があるようだ。

 次の相手はかなり格下なのだろう。調度品からもわかるし、雪路は最初に白蝋梅(はくろうばい)家は学識が深いが財政が厳しいと評していたとおりなのだろう。

 それなら、さらに両親も前のめりにくるのではないだろうか。

(相手に納得させるよりも断るほうが、数倍疲れるなんて知らなかった。すでに大手の商談よりも疲れるのに⋯⋯こりゃ、きっと最後も⋯⋯骨が折れるぞ⋯⋯)

 俺の中では白椿彪家の文菊、白桃泉家の桃子をそれぞれの評価は固まっていた。

 だが、敢えて、俺の隣で正座を崩さずに座っている妹の評価を聞いてみたくなった。

「どうだった?」

「どちらも駄目ですね」

 清香はバッサリと切り捨てた。

 それには雪路も同意見らしく頷いている。

「文菊さんは表向きは礼儀正しいですけど、お兄さまを見下していました。あの方はきっと結婚後もお兄さまを立てることはできないでしょう。女の四徳である『従順』『貞節』『内助』『柔和』のすべてに素養がありません」

「五歳だよな?」

「はい」

 何を当然のことをと言わんばかりに、清香に頷かれた。

「⋯⋯」

「それに、白椿彪家は最近、朱家の令息と密会を重ねていると聞きます。きっと二股をかけています」

 雪路も頷いて評価を述べた。

「文菊さんは美しいけれど、心の獣を飼い慣らせていなかったわ。いずれ、自分の獣に振り回されて大きな問題を起こすでしょう」

「桃子さんは?」

「商家の活気はありますが、抑えが利かないでしょう。金勘定が露骨過ぎます。それになにより⋯⋯品がありません」

 母親の評価に清香はうんうんと頷いてさらに付け加える。

「何より、お兄さまのことを『くん』づけで呼ぶなんて、礼儀知らずにもほどがあります。それにお兄さまに子作りの話をあんなふうにするなんてはしたないわ」

 その正確な評価に、俺は思わず頷いていた。

(俺の妹は幼子の皮を被った策士か⋯⋯そりゃ、お祖父さまが俺と清香が生まれる性別を間違えたと言いたくなるのもわかるぞ。分析が的確すぎる。でも、子作りのくだりは怖いから、清香にも突っ込めない……)

 女中たちが準備を整え、最後の訪問者を迎える準備が整った。

(この世界で生きるなら、もっと相手を見抜く目を磨かないといけないってことか)

 どうやら、結婚一つも政治の一つのようだ。

 そう思いながら、俺は次の候補者の到着を待った。

(残るは白蝋梅家か……財政難らしいし、一番ガツガツ来るんじゃないか? もう勘弁してほしい)

 俺は投げやりな気分だったが、約束の時刻になっても白蝋梅家の一行は現れなかった。

「遅いわね」

 雪路が眉をひそめる。

「格下の家が主家を待たせるなんて⋯⋯いえ、お兄さまの貴重な時間を奪うなんて、無礼ではありませんか?」

 清香も不満げに言った。

 さらに十分ほど過ぎたところで、白蝋梅家の使用人らしき年配の女性が慌てた様子で現れた。

「大変申し訳ございません! 千鶴(ちづる)さまが……お庭で迷子の小鳥を見つけられたとかで⋯⋯」

 雪路の表情が曇る。

「まあ、そんな⋯⋯」

 使用人は平伏して謝り続けた。

「屋敷のどこかにいるはずなのですが」

 俺は思わず立ち上がっていた。

「庭を見てみましょう」

 なぜそう言ったのか自分でもわからなかったが、じっとしているのが嫌だったのかもしれない。

 広大な白桜蔭家の庭園が広がっていた。

 石灯籠や池、手入れの行き届いた植木が美しく配置されている。俺はゆっくりと歩きながら、周囲を見回した。

 そして、大きな木の下に来たとき、俺は何かに気づいた。桜の木の上から小さな物が落ちてきたのだ。

(なんだ、鳥の巣箱か? いや、これは……下駄。なんでこんなところに?)

 それは女性用の小さな下駄だった。

 見上げると——。

「あっ!」

 木の上に一人の少女がいた。十二歳ほどの少女が、高さ五メートルほどの太い枝に腰掛け、体を伸ばして何かをしている。

「危ない!」

 思わず声が出た。

 少女は驚いたように下を見た。

「あ、白桜蔭さま⋯⋯」

 彼女は困ったように微笑んだ。

 着物の裾をたくし上げ、髪も少し乱れている。その姿は、これまで会った礼儀正しい令嬢たちとは全く違っていた。

(なんだ、この子……さっきまでの二人とは全然違う)

 俺は自然と声をかけていた。

「あなたが白蝋梅家の?」

「はい、白蝋梅千鶴です」

「何をなさっているのですか、危ないですよ」

「あの、小鳥の雛が巣から落ちてしまっていて⋯⋯」

 彼女は手を広げて見せた。そこには小さな雛鳥が震えていた。

「巣に戻してあげないと死んでしまうので」

 その純粋な優しさに、俺は思わず見とれた。

 高い木に登り、着物も乱れることも気にせず、一羽の小鳥を救おうとする少女に興味がそそられた。

「大人を呼んできます」

「いえ、こんな姿を見られては⋯⋯どうか、白桜蔭さまだけにお留めください⋯⋯」

「でも、とっても危険だよ」

「大丈夫です。私、木登りは得意ですから⋯⋯ただ、はしたない恰好なので、あまり見ないで頂きたいのです」

 千鶴は恥ずかしそうに、あらわになった太腿を着物で隠そうとする。

「申し訳ない」

 足元には片方の下駄しかなく、もう片方が落ちてきたのだとわかった。

 巣が見えた。

 落ちた兄弟を呼ぶように、巣の雛たちが囀っていた。

「待っててね、すぐに返してあげるからね」

 千鶴が体を伸ばした。

 しかし、その瞬間、彼女の足が滑った。

「きゃっ!」

 千鶴は片手で枝をつかんだが、手にしていた小鳥を落とすまいと必死だった。バランスを崩し、今にも落ちそうになる。

 俺の目に、その光景がスローモーションのように映る。

 その瞬間、千鶴の背中から布を引き裂く音がした。

 着物の背部分が破れ、そこから光り輝く透明な羽が姿を現した。桜の花びらのように美しく、しかし一枚一枚が刀刃のように鋭い羽根だ。

「……美しい」

 思わず呟いていた。

 陽の光を受けてステンドグラスのように七色に輝き、まるで生きているかのように微かに脈打っている。

「大丈夫ですか!」

 俺は驚愕の声を上げた。

 羽根が広がると同時に、千鶴の周囲の桜の細い枝が次々と切断されていく。風切り音とともに、まるで見えない刀で斬られたかのように枝が落下していった。

「離れてください! 危ないです」

 千鶴が透明感溢れる翼をはためかせようとしているのだとわかった。

 俺は咄嗟に距離を取った。

 すると、千鶴は優美に羽を羽ばたかせた。

 その動きに合わせ、周囲の枝が次々と切断され、風が竜巻のように渦を巻いていく。

 桜の葉が舞い散る中、着物も切り刻まれていく。

 裂けた着物から覗く彼女の裸身は、神々しくも危うい輝きを放っていた。

 慎重に千鶴は雛を巣に戻すと、羽根を広げてゆっくりと地上に降りた。

 ——天使だ。

 風の力で舞い上がった緑色の葉が彼女の周りをひらひらと舞い、まるで神話の生き物のような光景だった。

 地面に足をつけるやいなや、千鶴はそそくさと桜の幹の後ろに隠れた。

 その背中の翼は見る見るうちに薄れていき、やがて完全に消えた。

「千鶴さん、大丈夫?」

 俺は少し距離を置いて声をかけた。

「は、はい⋯⋯」

 弱々しい返事が聞こえる。

 翼の美しさに見とれていた俺だったが、ふと気づいた。

 翼が出現した際、彼女の着物は背中から完全に裂け、一瞬だが背中全体と尻の谷間までもが露わになっていたのだ。その記憶が鮮明に蘇り、頬が熱くなるのを感じた。

「あの⋯⋯着物を⋯⋯」

 言葉につまる。

 まだ子供の体とはいえ、前世の記憶を持つ俺にとって、それは見てはいけないものだった。

 幹の陰から恥ずかしそうな声が返ってきた。

「見、見ましたか?」

「いや、その⋯⋯ほとんど見ていない」

 嘘をついた俺だったが、声が裏返っていた。

 脳裏に焼き付いた千鶴の姿が蘇る。

 細く白い背筋が真っ直ぐに伸び、花びらのように薄紅色を帯びた肌が陽光に照らされて白く輝いていた。

 翼が生えた箇所から裂けた着物の間からは、まだ幼いながらも優美な曲線を描く背中と、小さな窪みのある腰の丸み、そして淡い影を落とす尻の谷間までもが一瞬だけ露わになっていた。

 少女の初々しさと可憐さと、未来に花開く美しさの予感が混じり合う神秘的な光景だった。

「嘘です⋯⋯絶対見ています」

 千鶴の声は震えていた。

「本当です。翼に気を取られていたんです」

「この力が出るといつもこうなってしまうんです。だから私は⋯⋯」

「とりあえず、上着を着てください」

 俺は自分の羽織袴(はおりはかま)を脱ぎ、目を閉じて幹の陰に差し出した。深緑色の絹地に白桜蔭家の紋が織り込まれた正装用の上着だ。

 小さな手が、俺の手に触れる。

 その指先から伝わる温もりに、心臓が早鐘を打つ。

「ありがとうございます⋯⋯曉人さま」

 その声には、恥じらいと感謝が混じっていた。

「しかし、不思議な力だね」

「曉人さまは『神くずの力』をご存知ありませんか?」

 どうやら、この世界ではこのような現象は珍しくないようだ。

(魔法まであるのか。なんでもありの世界に俺は転生したってことか?)

 乾いた笑いが溢れてしまいそうになる。

 過去の日本でもなかったようだ。

「聞いているかもしれないけど、落馬してからこっちの常識が抜け落ちているんだ」

「まぁ⋯⋯では、あの翼を見てどう思われましたか? 怖かったり奇妙だと思いませんでしたか?」

「いや⋯⋯怖くなんかない。むしろ美しかった。まるで天使のようだと思ったよ」

「⋯⋯」

「本当ですか?」

「ええ、本当です」

 桜の幹の反対側で少女が息を飲むのが聞こえた。

「両親からは、女神さまからの授かった能力とは言え、気味が悪いものだから隠すようにと言われています」

 その声には寂しさが滲んでいた。

「女神?」

「はい。世界を司る七女神の一人、花葬朽姫(かそうくちひめ)さまの加護だと言われています」

「花葬朽姫だって!?」

 思わず声が大きくなった。


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