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皇國の白き魔女  作者: 花園野リリィ
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第一章 異世界のゲーム ④ 

 一週間が、過ぎた。

 窓の外。桜が、散り始めている。白い花びらが、風に舞う。

(⋯⋯夢じゃない)

 ベッドの上で、俺は考え続けていた。

 俺は、誰だ? 本当の曉人は。どこへ行った?

 死んだのか。消えたのか。

 それとも——俺と、混ざったのか?

 わからない。

 何もかも、わからない。

 ただ、俺はこの身体を、借りている闖入者でしかない。

 それだけは、確かだ。

 だったら——俺にできることはなんだ?

 鏡を見る。

 雪路の——顔に、似ている。翡翠色の瞳。艷やかな黒髪。

 妹と同じ髪型も相まって、中性的な美少年というより、美少女のようだ。

 右目には、眼帯。

 黒檀の木から削り出された、半月型。白銀の糸で刺繍された。八重桜——白桜蔭家の家紋。

(この家紋を、背負う)

 声に、出してみる。

「俺は——」

 喉が、震える。

「白桜蔭曉人として——」

 拳を握る。

「生きる」

 誓った。

 元の曉人がもし、戻ってきたとき。

 少しでも、マシな人生を、返せるように。

 だが、俺を待っていたのは、この世界の異常な倫理観だった。


「曉人、今日は特別なお客様が来るわよ。ちゃんとするのよ」


 雪路はそう言いながら、俺の着物の襟を引っ張り、袖を整え、帯の位置を直す。

 その指先が、いつもより速く丁寧に動いている。まるでこれから大切な式典でもあるようだ。

「お客様、ですか?」

「ええ、白桃泉(はくとうせん)家のお嬢様よ。あなたと近い年で、とっても可愛らしい子なの」

 雪路の目が、まるで祭りの提灯のように輝いている。

「⋯⋯⋯」

「もう、曉人ったら鈍いんだから……ようやくお父さまがお許しくださったから、私、この一週間、走り回って、あなたの将来の花嫁候補に話をつけてきたんですから。今日は特別に三人に会ってもらいますよ」

 雪路の背後にはキラキラと星が舞っているのが見えるほど、熱のこもりようだった。


「は、花嫁……ですか?」


 足が勝手に二歩後退する。

 肩を掴まれた。

 雪路がズイッと顔を近づけてくる。小鼻が少し膨らんでいる。

「あらあら、この子ったら照れちゃって。もう、可愛いんだから!」

 違う! 照れてんじゃない! 唖然としているんだ!

 文學が去り際に言った嫁探し——空耳ではなかった。この世界は、まだ家同士のお見合いを強いるみたいだ。やはり前時代にタイムスリップしてしまったのか?


「いやいや? お母さま、花嫁って言われましたか?」

「ええ、そうよ。花嫁候補」

 雪路は当然のように胸を張った。

「⋯⋯失礼ですが、私は十歳ですよね?」

「ええ、そうね」

「十歳の子供が花嫁を⋯⋯」

 俺が小首を傾げると、鏡に映ったように雪路も小首を傾げた。

 互いの顔にクエスチョンマークが浮かぶ。

「不思議なことじゃないでしょ?」


 はあああ!? 俺に花嫁!? 十歳だぞ俺!? 結婚とか早すぎんだろ!


 頬の筋肉が勝手に痙攣していく。

 そんな俺を雪路は心配そうに覗き込む。

「落馬の影響で、常識まで忘れてしまったの?」

 いや、あんたたちの常識がおかしいんだよ! 十歳で見合いとか、どんな異世界だよ!

 雪路の笑顔が、一瞬遠くに見えた。

「すみません、その⋯⋯常識を思い出せなくて」

「まあ! まぁまぁまぁ!」

 雪路の手が口を覆う。

「⋯⋯」

「こんなことまで忘れるなんて! お医者様をもう一度呼んだほうが⋯⋯」

「いえ、大丈夫です。ただ、確認したいだけで⋯⋯」

「そう⋯⋯」

 雪路の眉間に小さな皺が寄る。

「この国ではね、名門武家の男子は遅くとも十五歳までに婚約を済ませるの。特に白桜蔭家の血筋は由緒正しき⋯⋯」

 雪路は俺の顔を覗き込み、言葉を切った。

「まさか、自分の家のことも忘れてしまったの?」

 小さく頷く。

「家訓は門戸を閉じるなと言うこと以外⋯⋯」

「では、簡単に説明するわね」

 雪路は背筋を伸ばし、語り始めた。

「白桜蔭家は、五つの名門の中でも白家筆頭の名門家。初代当主の白桜蔭恒久(つねひさ)公が、加州(かしゅう)の北方の蛮族との戦いで皇を救い、皇により賜った苗字なの」

 雪路の手が、俺の髪を梳く。櫛が髪を滑る音がする。

「恒久公は戦いの最中、死んだ兵士たちの魂が桜の花びらとなって公を守るのを皇が見たと語られているわ。その光景を『白き桜の蔭』と表現し、皇がその名を下賜されたのよ」

「加州!?」

 その言葉の響きに、胸の奥で何かが引っかかった。

(聞いたことがあるぞ)

 ——『七女神大戦』。 

 前世で、何千時間も夢中になったゲーム。あのゲームの世界設定——皇國。色で分つ名門家——。

 いや、待て。偶然だ。ただの偶然だろう。

「そうよ、加州がどうしたの?」

 雪路の手が、俺の頬に触れる。思わず、距離を置いてしまう。

「いえ、何でもありません」

 居住まいを正した。余計なことを口にするとボロが出る——文學の忠告が蘇る。

「ええ。それから三百年、我が家は加州の筆頭家として皇國を支えてきたの。だからこそ、血筋の純潔は何よりも大切なことです」

 皇國——。

 やはり、同じ名前だ。

 だが、白家なんて、七女神大戦には出てこなかった。設定が違う。別物だ——そうに決まっている。

「青い顔をしてどうしたの?」

 雪路が俺を覗き込んでくる。

「いえ、何でもありません」

 首を小さく振る。疑念を振り払おうとする。

「もうやめておく?」

「いえ、続けてください。加州の話を教えて下さい」

 心臓の音が大きく、雪路の言葉をかき消してしまう。

「今は加州(かしゅう)藩主は叔父、鷹尾(たかお)様が直々に治めておられるけれど、いずれ我が家の血を引く者が継ぐことも約束されているのよ」

「それは⋯⋯もしかして」

「ええ、あなたのことよ、曉人」

 息が、止まった。

(この加州は、ゲームと同じなのか? だったら、なぜ白家はゲームに登場しない。わからない——わからないことだらけだ)

「曉人?」

 雪路の声で、我に返る。

「は、はい。大丈夫です」

 だが、手が震えていた。

「だから、家を継ぐためにも、家同士の結婚は大切なの。わかるわよね?」

 俺は雪路の顔を見ることができなかった。


 違う。今は結婚のことよりも、皇國と加州のことを知りたい。


 疑念を振り払いたいのに、墨汁が布に染み込むように、消えてくれなかった。

「でも、お母さま。私はまだ十歳です。結婚なんて⋯⋯」

「もちろん、結婚式は数年後ですよ。今は良い縁を見つけるための見合いだけです」

 雪路は当然のように言った。

 武家の名門となるとそうなのかもしれない。

 前世の歴史でも、昔の武家や貴族は政略結婚が当たり前で、若いうちに婚約を決めていたと聞く。

「それでも⋯⋯」

 言葉を選びながら反論しようとした。

「あら、曉人。あなた、ずいぶん変わったわね」

 雪路の眉が寄る。

「前はすぐに結婚したいって言っていたじゃない。清香と結婚すると言って聞かなかったくらいなのに」

 はぁ、子どもの戯れとは言えマジで、そんな事を言っていたのか?

 動揺していると、襖が開く音がした。

「私としては、お兄さまとの婚約は魅力的な提案でしたわ」

「⋯⋯?」

 振り返ると、そこには正装した清香が立っていた。

 漆黒の髪は艶やかに結い上げられている。赤い絹糸で編まれた桜の花の簪が、光を受けて揺れている。

 薄紅色の着物——白い糸で刺繍された桜の花びら。

 小さな身体と相まって、まるで人形のような完璧さだ。

「私の顔になにかついてますか?」

 その翡翠色の瞳が、俺の心の奥底まで見透かすように、静かに見つめている。

 五歳とは思えない落ち着きと優雅さで、まるで人形のように完璧だった。

「い、いやぁ⋯⋯なんでもない」

「でも、お母様、その案も検討くださいませ」

 脳が一瞬、停止した。

「な!?」

「私が他家の養女に出たら、お兄様との結婚も可能ですわ。でも、その間、お兄さまに会えないのは悲しいです」

「ほ、本気か?」

「本気ですわ。でも——待ちますわ。お兄さまのためなら」

 清香の翡翠色の瞳に、揺るぎない光が宿る。

 いやいやいや、やっぱりこの世界の倫理観、どうなってんだ!?

「お兄さまが記憶を混乱させているのに、変なことを吹き込んではダメよ」

 雪路の声が、普段より一段低くなる。

「すみません、お母さま」

 清香は小さく頭を下げた。

 しかし、その目は俺から離れない。

 言葉が喉の奥で詰まる。

 前の曉人が妹と結婚したがっていたこと、そして清香自身もそれを望んでいるという現実——そこにはこの世界特有の価値観が垣間見える。

「清香、なぜ正装しているの?」

 雪路が首を傾げる。

「お嬢様方に、ぜひご挨拶したいと思いまして、将来のお義姉さまになるかもしれませんので」

 清香は淑やかに答えた。

 本当に五歳なのか——施設の頃にいた子どもたちとは別格の知能の高さを感じる。

 雪路の肩が、ふっと下がった。

「誰に似たのか、仕方ない子ね。でも、お兄さまの邪魔をしてはダメよ」

「はい、お母さま」

 清香が一歩近づいてくる。小さな声が耳元で囁く。

「お兄さま、どうか良いお相手を見つけてくださいね」

 その言葉には、単なる子供の甘えとは思えない——何か重いものが沈んでいた。

 曉人よ。俺は、心のなかで、本物の曉人に呼びかける。


 ——初手見合いとか、難易度高すぎだろ!


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