条約を超えて
雪の降らぬ冬が、ワシントンの街に静かな緊張を落としていた。
西暦一九二一年十一月、米国首都に各国の全権代表が集い、世界の軍事バランスを定めるための会議が始まっていた。テーブルには五つの旗。米英仏伊、そして日。
その中で、一人の東洋人がその存在を静かに際立たせていた。
海軍大将、加藤友三郎。帝国海軍の技術者にして戦略家、そして日本国の全権代表である。
彼の背中には、未完成の二隻――巡洋戦艦「赤城」と「天城」があった。造船所でその巨体が鉄の匂いを放ち、三十五パーセントを超えて形を成しつつあるその船体は、もはや引き返せぬ場所に立っていた。
「加藤大将、天城型の現状進捗は本当に三十五パーセントを超えているのか?」
米国務長官、チャールズ・ヒューズの問いは、穏やかな口調とは裏腹に鋭く迫ってくる。国力五割、条約比率五、対して日本三……それが彼らの“平和”の定義だった。
「事実であります。すでに主機の据付も始まっており、撤去には莫大な損害を伴う」
加藤は短く答える。口調に一切の抑揚はなく、それでいて一つ一つの言葉が重量を持って響いた。
「仮にその完成を許せば、日本は実質的に三・五の比率を得ることになる。それは、条約理念の根幹を揺るがすのでは?」
今度は英国代表、アーサー・バルフォアが言った。元首相という肩書を持ち、言葉の重さは米国に並ぶ。
だが、加藤は動じなかった。
「理念は承知しております。しかしながら、我が国は四百海里の艦隊決戦を強いられる地政の中にあります。米国や大英帝国が本国近海に防衛線を引けるのに対し、日本はすでに数千海里を守る必要がある」
「それは、地理的な条件に過ぎない。比率には関係あるまい」
「関係あります。貴国の五に対し、我が国が三で妥協せねばならぬならば――せめて、この二隻だけは、我が国の安全と誇りの証として残させていただきたい」
議場は静まり返った。
赤城と天城は、加藤の口から“誇り”と呼ばれた。列強の中で最も若く、最も脆い存在だった日本。その日本が、列強と対等の場に立ち、条約の中に自身の立場を刻もうとしていた。
「ならば、妥協案を示してくれ」
ヒューズが言った。
「それらを戦艦ではなく――空母として用いることは可能か?」
加藤の目がわずかに細められる。
「加賀および土佐を廃艦とすることは受け入れる。だが、赤城と天城は戦艦としての完成を想定していたものであり、空母化には設計上の問題も多い。改装には時間と資源を要する。完成の段階で戦艦であることをお認めいただきたい」
「だが、完成した主力艦が条約を越えてしまっては――」
「それは条約以前の現実であります」
加藤の声は、今度はやや硬さを帯びた。
会議室の空気がわずかに変わる。ヒューズは椅子に深くもたれかかり、天井を見上げた。
「……日本が、この二隻だけで満足するというのなら」
「それ以上は求めません」
「わかった」
その言葉は、まるで刃を鞘に納めるような響きを持っていた。
以後、赤城と天城は破棄を免れ、日本は公式に比率三を受け入れながら、実質的に三・五の戦力を保有することになる。
加藤は、無言で礼をした。
その夜、雪のないワシントンの空の下で、加藤は一人書斎に籠もり、筆を執った。
――帝国海軍全権覚書(抜粋)
条約とは、相手を信じることであり、己を貶めぬことである。
我、列強の圧に屈せず、戦を呼ばずして国の誇りを守れり。
武力に代わる智慧の艦を、我らが赤城と天城に見いだすことを願う。
この手紙が後に軍令部に持ち帰られ、静かに読み継がれていくことになる。
十年後。赤城は空母として姿を変え、太平洋を翔ける。
天城もまた、改装を経て空母となる。
加藤の勝ち取った「3.5:5」は、数字以上の重みをもって、日本の独立と軍事自立の礎として語り継がれていくことになる。
この条約は、もはや“敗北”ではなかった。
それは、戦争のない世界で、国を守るための一つの“勝利”だった。