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蒼天一刀流の門下生には様々な仕事がある。特に寮で寝泊まりしている門下生は、部屋を提供してもらう代わりに道場の清掃や食事の用意といった雑事を手伝わなくちゃいけない。
しかし上位の有段者になると、雑事ではなく他の仕事が割り当てられる。蒼天一刀流では徒弟制を採用しており、六段以上になると弟子を取る必要があるのだ。この段位から、門下生の仕事は雑事から弟子の育成に変わる。多くの門下生が六段以上を目指している理由は、弟子を取りたいからではなく雑事から解放されたいからだ。
では皆伝の僕がどんな仕事をしているのかと言うと、何もしていない。強いて言うなら、僕以外だと太刀打ちできない魔物が現れた時に対処するのが僕の仕事だ。とはいえそんな魔物は滅多に現れず、年の大半を僕は自由に過ごしている。
これといって苦労することなく六段になった僕は、雑事をしたことがほとんどなかった。最初は申し訳なかったので何度も手伝ったけれど、次第に足を引っ張るだけだと気づいたので手を出さないようになった。弟子は一人だけ取ったことがあるけれど、ちょっと問題が起きて僕の弟子は道場を辞めてしまった。それ以降、僕は一人も弟子を取っていない。
第二席のアッシュは僕と違って毎日大忙しのようだ。今や師範に並び、蒼天一刀流の顔役と言っても過言ではないアッシュは、連日のように取材や来客に応対しているらしい。その上でアッシュは弟子も取っている。
僕とアッシュが肩を並べたのは、交流会での一瞬だけだった。あの地獄から二日が過ぎた頃。いつものように道場で剣を振っていた僕に、師範が声をかけてくる。
「レイ、ついて来てくれ」
返事も聞かずに歩き出した師範は、普段より窶れていた。交流会が終わってからというもの、師範とアッシュは方々へ謝罪をしに回っている。ろくに寝ていないのだろう。目元には酷い隈ができていた。
「今日からはここを使ってくれ」
師範が僕を案内したのは四つ目の訓練場だった。中に入って僕はびっくりする。四つ目の訓練場は手狭なため、今まで物置代わりに使用されていたはずだが、いつの間にか綺麗に掃除されていた。
窓がないせいで雰囲気が暗いのも、この訓練場を物置に変えた理由の一つだが、僕はそんなの気にしない。他の訓練場と離れていることもあり、この静寂の中でなら集中して剣を振れそうだと思った。
「テーブルは必要か?」
師範が訊いた。意味が分からなくて僕は首を傾げる。
「今日からここがレイの部屋だ。食事も睡眠もここでしてほしい」
要領の悪い僕は、そこまで言われてようやく師範の意図を察した。
鍛錬をするための訓練場ではなく、ここを丸ごと僕の部屋として与えてくれるらしい。寮の部屋とは比べ物にならない広さなので、ここなら生活と鍛錬どちらもできる。
「布団は持ってくるが、テーブルはどうする?」
僕は少し考えから「大丈夫です」と答えた。自室のテーブルは埃を被っている。師範は「そうか」と短く相槌を打った後、一言も発さずに訓練場を出て行った。そういえば今日は一度も師範と目を合わせていない。師範はずっと僕から目を逸らしていた。
壁際に置かれた剣を手に取る。これさえあれば僕は大丈夫だった。薄暗くて、余計なものが何もなくて、人の声が全く聞こえないこの部屋も、剣さえあれば居心地のいい空間だった。
剣を振る前に、僕は部屋の出入り口を見た。師範がこの部屋を出る時、鍵のかけられる音が聞こえたような気がする。僕はあの扉を開けることができるだろうか。確認しようと思って近づいてみたけれど、ドアノブに手を伸ばした辺りで気分が悪くなってきたので踵を返した。
物置というのは、邪魔な荷物を放り込むための部屋だ。
剣を振る。何も考えなくてもいいように。
剣になりたい、剣になりたい、剣になりたい――。