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 蒼天一刀流の道場には治療室がある。母はそこへ運ばれた。

 治療室には門下生の怪我を処置できる医者が常駐していた。僕も何回か世話になったことがある、穏やかな人だ。でも今回は穏やかでいられなかったらしく、治療室から何度も医者の怒号みたいな声が聞こえた。


 しばらくして、外から応援に来た医者が次々と治療室に入っていった。廊下の椅子に座って母の治療を待っていた僕は、医者たちの深刻な様子を見ているうちに、胸の辺りがきゅっとなって息が詰まった。


「レイ、何があったんだ?」


 僕の右隣に座る師範が、落ち着いた声で訊いた。左隣に座るアッシュも、僕に話を聞きたそうな顔をしていた。


 二人に挟まれて逃げ場をなくした僕は、全部、正直に伝えることにした。二ヶ月前、魔物愛護団体を作った老人と出会ったこと。彼と何回か会ううちに、道場の外にも居場所があるかもしれないと思ったこと。僕が母に会いたいと願ったこと。老人を信じて外の世界に出てみたいと思ったこと。


 でもやっぱり僕は馬鹿だから、結局、全てが裏目に出た。僕が外に出ようと思わなければ、母は斬られなかったし、老人も死ななかった。


 自分のことを話すのは苦手だった。息をしているだけで色んな人に迷惑をかけてしまう人生だ。自分のことを話すと、どう足掻いても罪の告白みたいになる。誰も責めていないのに、責められた気分になる。


 かといって、察してもらえるわけもない。僕は剣のなり損ないで、人間ではないのだから、誰も僕の中にある爆弾を見抜くことはできない。僕は僕のことを、剣の周りに人間の肉がついている生き物だと思っていたけれど、多分違った。僕の中では剣と肉が混じり合っていた。二つは複雑に絡み合い、切っても切れない関係なのだ。だから僕は肉に振り回される。僕という剣の柄を握るのは、僕の中にある人間の肉だった。


 治療室の扉は、医者が駆け込んでからずっと閉まったままだった。そろそろ半日が経つ。いっそ、このまま扉が永遠に開かない方がいいんじゃないかと思った。心の準備はいつまで経ってもできそうにない。


 今回の爆発も大勢の人を巻き込んでしまった。老人、老人の娘、母、母と一緒にいた人たち。そして今、僕の隣にいる師範とアッシュ。僕の失敗は皆を巻き添えにする。


「どうしたら」


 乾いた声が僕の唇から零れた。


「どうしたら、ちゃんと生きられますか」


 答えがほしいわけではなかった。何度も何度も腹の奥底に押し込んでいた気持ちが、口から漏れてしまった。ますます惨めな気分になる。どうしてこんな化け物が息をしているんだろう。


 その時、二つの温もりが僕を包み込んだ。

 師範とアッシュが、僕を抱き締めていた。師範の身体は柔らかくて、温かくて、アッシュの身体はゴツゴツしていて、少し熱い。二人の温もりが僕の中でゆっくり溶け合い、浸透した。


 優しさで誤魔化されていると思った。やっぱり僕はちゃんと生きられないんだろうな。分かってはいたことだけど、二人の態度を見ていると寂しい気持ちになった。


 剣になりたい、剣になりたい、剣になりたい。


 いつものようにそう思ったけど、今は駄目だと我に返った。今、剣になったら、僕を抱き締めている二人を傷つけてしまう。だから剣になるのは後でいいやって思った。


 そしたら涙が出てきた。


 涙は少しずつ大きくなった。つられるように僕は嗚咽を漏らした。いつの間にか僕はわんわんと情けなく泣き出していた。


 剣になれない僕は、こんなにも泣き虫なんだなと初めて知った。二人がぎゅっと僕を抱き締める。力強くて、振りほどけそうにない。これじゃあどこにも行けない。


 よく見れば師範とアッシュも泣いていた。それに気づいた途端、僕は更に声を上げて泣いてしまった。


 生まれたばかりの赤ん坊は、こんなふうに泣くんだろうなって思った。



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