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「君のことはずっと意識していた。それこそ交流会の前からね」


 僕が話し下手であることを察した老人は、一方的に語り出した。


「だからこそ分かる。君はこちら側に来るべきだ」


 分かった風な口を利くこの老人を、僕は怪訝に思った。


「誰ですか?」


「我々は魔物愛護団体を名乗っている。退屈なネーミングで申し訳ない。しかしこの退屈さは誠実の証だと思ってほしい」


 言っていることがよく分からない。敢えて奇をてらっていないとか、目立つ意思がないとか、そういうところから誠実さを感じてほしいってことかな?


 頼んでもいない話の続きを老人は語った。老人には夢があって、それは魔物が虐げられない世の中を作ることだとか。でも現行の秩序では、魔物は駆除するべき対象なので、今はその秩序と戦っている最中らしい。


 秩序と戦うって具体的に何をしてるんだろう? そう思って首を傾げると、老人は僕の心を見透かして「秩序による既得権益者を狩っている」と説明した。難しい言葉を使わないでほしい。もっと分からなくなった。


「要するに、魔物を殺している人間を殺しているんだ」


 老人が更に丁寧な補足を付け足してくれたので、ようやく僕の頭でも理解が及んだ。今の世の中には、魔物を殺した人間に報酬を与える秩序が広く浸透している。僕もその秩序に生かされている一人だ。蒼天一刀流の門下生たちは、魔物を殺すことで居場所を得ている。


「この世界には色んな種類の戦士がいるだろう? 魔法使いとか、弓使いとか、たくさんいるけど、中でも剣士の強さはひとしおだ。その原因を作っているのが蒼天一刀流でね。彼らにはいつも手を焼いているんだよ」


 老人は困ったように言った。


「実質、君たちのいる街が総本山なのさ。秩序ってやつのね」


 だから老人は、僕らの街に何度も魔物をけしかけていたらしい。僕らの街って、何故か魔物によく襲われるんだけど、その原因が今になって明らかになった。この老人のせいだったのだ。


 僕はどう反応すればいいのか分からなくなった。怒った方がいいんだろうか? でも僕らって、魔物を殺すことで生きているわけだし、それならむしろ感謝した方がいいんじゃないだろうか?


 難しい話ばかりされて頭が痛くなってきた。どうしてマトモな人ってこんなに無遠慮なんだろう。理解できて当たり前。話が通じて当たり前。そんな顔されると何も言えなくなってしまう。質問を一つする度に、自分の無知を露呈してしまう気がして緊張するのは僕だけなのかな。訊き返す度に「怒られるかもしれない」と思っちゃうのは僕だけなのかな。


 苦しい。頭痛が酷くなってきたので額に手をやった。すると老人は申し訳なさそうに頭を下げる。


「すまない、難しいことばかり話してしまったね。君はそういうの苦手だろうに」


 老人はまた分かった風な口を利いたけど、今度は言葉の裏から含蓄を感じた。

 痛みが和らぐ。なんだろう、この話しやすさ。緊張が解れ、質問しやすい空気に包まれる。


「僕たちって、敵同士じゃないんですか?」


「私もそう思っていたよ。君のことは最大の敵だとずっと思っていた。だから警戒していたけど、勘違いに気づいてね」


 老人はまた丁寧にこれまでの経緯を語り出した。蒼天一刀流を敵と定めた老人は、その第一席である僕が滅多に表舞台に出てこないことを疑問に感じたらしい。蒼天一刀流の門下生は世界各地にいて、第二席のアッシュも遠くの地域に招集されることが少なくない。でも、第一席の僕だけはずっとこの街から離れなかった。


 老人は僕を最大の敵と認識する一方で、僕の人間観察を試みたらしい。実は街にも潜伏していたらしいけど、道場から滅多に出ない僕の情報を収集するのは難しかったみたいだ。とにかく出鱈目に強い剣士であることは分かったとか。そんなに強いつもりはないけど蒼天一刀流の中で一番なのは確かだ。


「交流会で、ようやく君の人となりを見ることができた」


 老人は僕の目を見据える。


「君にとって、この世界は生きづらいだろう?」


 心臓を鷲掴みにされたような気分だった。

 何故? どうして? 誰も分かってくれないのに、この人は初対面で僕のことを理解したというのか?


 口先だけとは思えない何かがあった。老人の僕を見つめる目には、優しさだけでなく幾らかの諦めもあって、それを敢えて隠そうとしない所作が僕にとって最適な距離感を生んでいた。この老人は僕を人間として見ていない。僕を僕として見ている。


「私の娘も、君と似たようなものなんだ」


 だから僕のことも理解できるのか。そんな人がこの世にいるのか。

 老人の言葉は嘘じゃないだろう。何故なら老人の目尻には見覚えのある皺が刻まれていた。僕と向き合っている時の師範とそっくりのものだ。長年、理不尽に振り回されて、誰のせいにもできず一人で抱え込んできた者の苦労が滲み出ていた。


 この人は師範と同じだ。

 つまり、僕みたいな人間に振り回されて生きてきたんだ。

 この世界には、僕みたいな人が他にもいるのか?


「ようやく興味を持ってくれたかな」


 老人は嬉しそうに口角を吊り上げる。


「そろそろ帰らないと怪訝に思われるだろう。続きはまた今度だ。ちゃんと君が対処するしかない魔物を用意しておくよ」


 老人は去って行った。

 僕はその背中を、ずっと見つめた。



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