1
普通に生きることができないから、英雄になったんだと思います。
いつだったか。街を襲っている魔物を斬った後、記者に呼び止められて色々質問されているうちに、そんなふうに答えたことがある。取材なんて受けたことなかったし、師範からはなるべく人と話さない方がいいと言われているから、ちょっと愛想の悪い態度を取ってしまった。でもあの時、口からスルリと零れ出た回答は今でも自分の心にしっくりきている。
隣国が軍を投入しても倒せなかった魔物が、僕らの住む街に近づいていた。
魔物はドラゴンという種類らしい。翼が生えている蜥蜴みたいな見た目とのことだ。それ以外の情報はあまり知らない。皆から色んな注意事項を説明された気がするけど、興味のないことを覚えるのは苦手だった。本当は見た目の情報もあんまり覚える気はなかったけど、斬る相手を間違えたら大惨事だからこれだけは必死に記憶した。
なんだっけ。口から何かを吐くとか、そんなことを言われた気がする。
やっぱりよく覚えていない。覚えてないことを思い出そうとするのは嫌いだ。頭が痛くなる。
僕らの住む街には、蒼天一刀流という剣術を教える道場があって、僕はその門下生だ。蒼天一刀流の道場は全国各地にあるみたいだけど、僕らの住む街の道場が本部らしい。支部と比べて大きな道場らしいけど、支部を見たことがないから実感はない。
街の危機には蒼天一刀流の使い手が対処するという決まりがあった。小さな危機には段位の低い門下生が駆り出されるけど、今回は僕に仕事が回ってきた。ということはドラゴンという魔物は強敵なんだろう。
僕は蒼天一刀流の皆伝だから。
師範よりも強い。
蒼天一刀流で一番強い。
「あれかなぁ?」
街道から少し外れたところにある水場に巨大な魔物がいた。
情報通りの見た目をしている。蜥蜴に翼を生やしたような姿。鱗に覆われた身体がギシギシと音を立てながら動いている。よく見たら何度か斬ったことのある魔物だ。あれがドラゴンか。
近づくと、ドラゴンが首をもたげた。頭の位置が街の見張り塔よりも高い。
見張り塔に登ったことのない僕は、あの高さからどんな景色が見えるんだろうと思った。次の瞬間、視界が真っ赤に染まる。思い出した。ドラゴンは口から火を吐いてくるんだった。
火が熱いので、取り敢えず真横に走り抜ける。服に移った火は向かい風が払い落としてくれた。火は熱いから好きじゃないけど、ちょっと力を入れながら走っていれば大体勝手に消えてくれるので面倒臭くはない。
このまま接近して倒しちゃおうと思って、腰に手を伸ばした。
しかし、そこにあるはずの剣がないことに気づく。
剣を忘れた。
どこに忘れたんだろう。街を出る時はいつも師範に見送られている。その時に剣を持っていなかったら指摘されるだろうから、ここに来るまで乗っていた馬車だろうか。
とにかく物覚えが悪い僕は、いつも師範に買ってもらったメモを持ち歩いている。でも今日はそもそもメモを持ってくること自体を忘れていた。メモには剣を持って行くとちゃんと書いていたと思う。
頭が真っ白になりかけたけど、この場には自分しかいないことを思い出して冷静になった。僕を送り届けた御者は、ドラゴンの姿が見えるよりもずっと前に僕を馬車から降ろし、街の方へ去っている。
剣を忘れたせいで、御者が危険な目に遭うことを懸念したわけではない。僕は今、誰かに叱られることを恐れた。
ドラゴンから距離を取ると、地面に落ちている木の棒を見つける。
もういいやこれで。
木の棒を拾い、軽く振ってみた。充分だ。
ドラゴンがまた大きな顎を開いた。右足にぐぐっと力を入れて、一歩でドラゴンの懐に潜り込む。
棒を振って、ドラゴンを真っ二つにした。
ドラゴンは火を吐きたがっていたけれど、直前に僕が斬っちゃったから、口から火を出したのは一瞬だけですぐに真っ赤な血を吐いた。血液は火によって沸騰し、地面に落ちるとジュウッと音がする。
吐き出されたドラゴンの血が水辺に流れる。
透明な水に滲んでいく赤を眺めた僕は、無惨に折れてしまった木の棒を見た。
いつか僕もこうなるんだろうなって思った。