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希望のアーネリア  作者: 横山優
第2章 酒池肉林という泥池
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第8話 千の祈り紙

 そびえ立つ<刃の山脈>。その南を西へ進むアーネリア。ふもとの国境は手薄だ。山脈を守る<影>たちを怖れているのだろう。サルタニアへ入り、これを東から西へと横断する「商隊 キャラバン」に護衛として加わった。1ヶ月かけてゆっくりとキャスゲートへ向かう。


 サルタニアからキャスゲートへは、はっきりと国境を越えなければならない。兵士たちが警備しているだろう。どうする? キャスゲートへ近づくと、運良く遠くの方で戦闘しているのが見えた。夜の闇に同化して国境を踏み行く。


 水は大切に扱った。通り掛かる村落では、剣を使った(まい)を披露して水筒の中を新しくする。キャスゲートは<八十八将軍時代>に数少ない、平和を求める国で、よそ者に対しても寛大(かんだい)だった。水筒が(から)に成った頃、ようやく<砂の都市ワーレル>へたどり着く。


 ここは人口6万人を抱える地方都市で、もう何年も前から雨が降らず、生活用水のほとんどを地下水に求めていた。枯れた土地でも住めば都、多くの人たちはワーレルでの生活を楽しんでいる。干上がった川は痛々しいが、今はそこに仮の住居が作られ、人も住んでいる。


 わずかな水を購入する。高い!! 一回分の食費に相当する値段で1リットルを得た。背に腹は代えられぬ。それで満足をし、ここからは南へ向かおう。もうエルダインからは遠く離れているけれども、さらに遠くへ行きたいとアーネリアは計画していた。


 <千里眼者(せんりがんしゃ)>の一族は重宝(ちょうほう)がられる。しかし戦乱の時代にはその能力ゆえに迫害を受けた。彼ら彼女らは全てを見通す――それが夜の暗闇であれ、遠く隔たれた地であれ、目で見ることのできない心の中までも――透視能力を持った魔法的な種族である。その力を使って世に貢献する<千里眼者>たちは「力の時代」に煙たがられた。


 「戦乱を(しず)め得る可能性」を秘めた人物が、このワーレル市を素通りしようとしている! 通りに張った、出先のテントの中で<千里眼者の女性 シアリス>のアリ・ル・ルアーナは水晶球を凝視(ぎょうし)する。キャスゲートの人々も国も彼女らを迫害しない。だからシアリス・ルアーナはワーレル市で「チャンス」を待っていた。そうした人物と出会うチャンスを。


 水晶球は常に必要という訳ではないけれども千里眼の力を助けてくれる。「ルルアーナ」とか「ルアーナ」と呼ばれることの多い彼女は、グレーで大きめのテントの中でテーブルの上の水晶球に両手をかざす。

「見えて来たよ! ……彼の名は……アーネリア……だね!」

 彼に必要なたくさんの経験がこの街で待っている。シアリスは急ぎテントを出た。


 目的の男はたちまち見つかる。ワーレルを出て行く!?

「待って!!」

 振り向くアーネリア。突然立ち止まったので、シアリスは彼とぶつかりそうに成った。彼女の足元を見る若者。背が高い上にハイヒールをはいているので、その美しくメイクされた顔を見上げねばならない。大きくパッチリした目と、シアリス特有の赤いアイシャドウ。<千里眼者>だとアーネリアは気づく。こうしてお互いの運命を大きく左右する二人は出会ったのである。


            *     *     *


「お前さんは暗闇を渡って行ける。何の手掛かりもなしに!」


 ワーレル市を案内しながら、アリ・ル・ルアーナは自分たちの出会いが大きな意味を持つことを語って聞かせた。果たしてアーネリアの心に届くだろうか。

「可能性が広がるよ、お前さんのね! そして私たち<千里眼者>の未来にも関わって来る」

 彼女たちの一族は美しく、ファッショナブルで文化程度も高い。シアリス・ルアーナはお洒落(しゃれ)小豆色(あずきいろ)のワンピースを着て、イヤリング、ネックレス、ブレスレット、指輪を身に着けている。頭には「輝く黄色 ブリリアントイエロー」で染められたレースの飾り布を巻いて髪を束ねている。派手に思えるが都市ではそんなに目立たない。


 ボルドーの大きめのバッグを肩に掛け、アーネリアの歩幅に合わせて歩く長身のシアリスへ、しかし彼はこんなことを言った。

「<千里眼者>ならば何でも見通す? だったらわかるでしょう。オレは呪われてるんです。1年近く前にピクシーから<苦労する呪い>を掛けられてしまって、それで……!」


「呪われていないよ」

 シアリスはきっぱりと言い切った。

「えっ!? でも、その呪いのせいでたくさん苦労しました」

「苦労したんだろうねえ。でもそれは呪いのせいじゃない」

「どういうこと!?」

「お前さんは最初から呪われてなんかいなかったのさ! そう思い込まされていただけでね」

「エーーーッ!!!」

「思い込みっていうのは恐ろしいもので、心を支配してしまう」


 自分が呪われていなかったというのは、アーネリアにとって大きなショックだった。ずっとそう思い込まされていたとは! <千里眼者>が言うのだから、およそ間違いないだろう。彼はルアーナに感謝を伝えた。そして二人でワーレル市の名所を見て回る。

「見てごらん。あれが<(せん)(いの)(がみ)>と呼ばれている願掛けの印だよ。雨乞(あまご)いのね」


 街の幾つもの通りで、二階三階の部屋から対面する高さへロープが多数、渡されている。そこへ帯状の紙や布が結び付けられているのだ。赤・青・黄色・ピンク・緑・紫……色とりどりに。見渡す限り、通りのどこまでも続いている!

「これは……! 全て雨を求めての!?」

「そう。最後の雨が降ってから、かれこれ7、8年に成るかねえ。祈り紙は千どころじゃあないし毎日増えているけれど、いつしか<千の祈り紙>と呼ぶように成ったんだ」


 都市の中央にある鉄塔、通称「雨の塔」へも二人は行ってみた。優美な曲線をつないで建てられた高さ25mの三重の塔。高所に踊り場が付いていて天候を(つかさど)る竜神へ、これも雨の祈りを捧げるために造られている。

「雨は降らないけどね。だから川も干上がって、人が住み着いているほどさ」


「それでもワーレル市で生活するのは、なぜなんです?」

「<人>がいいんだよ。だから居心地が悪くない」

 二人はカフェテラスでお茶を飲むことにした。マキシアス大陸ではこうしたお店が、人と人を結ぶ社交場に成っている。二人分の温かい紅茶が出された。

「とてもいいものを持って生まれて来たね」

「誰がです? オレが?」

「そう、お前さんがさ!」


 ルアーナという女性はアーネリアより幾分、年長に思える。その落ち着いた雰囲気と身のこなし。アーマフィールドにおいて<千里眼者>は「少数者 マイノリティ」だが、その存在感は大きい。

「お前さんはいいものを持っている。その内に運命が導くよ」

「オレの運命なんて、とっくに狂ってますよ」

「いいや……運命は()()()。でも()()()()ものなのさ」


 一見すると大げさな手振りで、ルアーナは運命について語った。アーネリアは笑ってそれを指摘する。面白いと。

「その昔、踊り子をやっていたんだ。その時のクセでね」

 こうした対話によって、アーネリアは心の安らぎを感じ始めていた。そしてしばらくはワーレルに滞在しようと思うように成ったのである。


            *     *     *


「さっきオレの可能性が広がるって言っていましたよね。どういう意味か、もっと詳しく教えてください」

「選択の余地が増えるってことだよ。より多くの選択肢が与えられる。その中から選べるのさ」

「その……選択の余地があるっていうのは、どういうことですか?」

 紅茶をひと口飲んで、ルアーナはアーネリアの目を見る。

「自らの運命を変えられるという意味に成るね」


「どういうこと!? どうすれば運命を変えられるの!?」

「自分で、自分の本音の判断で選び行動することだね。環境や周りの人たちの影響ではなく」

 黙るアーネリア。考え込んでいるらしい。これまでの自分の行動を振り返っているのであろう。シアリス・ルアーナはバッグを広げて小さな包みを出した。


「これどうぞ」

 彼女が包みから出したのはビスケット。一枚をアーネリアへ手渡し、もう一枚を自分でかじった。

「ありがとう」

 頂いたビスケットを食べてみる若者。ほんのり甘くて、とても香ばしい。大人なセンスのお菓子だと感じた。ルアーナを頼ってもう一つ質問をしてみる。


「運命が狂っているのは、どういうことですか?」

「いや、運命は狂わないよ」

「だってオレの運命は狂いっぱなしで!!」

「それは運命が狂っているのではなく、人間関係が複雑過ぎるのではないかしら?もっとシンプルに考えてごらんよ」


「だけど……そもそもオレは私生児でして……!」

「それは言い方が良くない。考えを整理してごらん」

「どんな風に?」

 アーネリアは落ち着きを装って問い掛ける。内心は期待と不安でいっぱいだろう。

「お前さんは<婚外子(こんがいし)>なんだよ。そしてご両親と離れ離れに成った。そういうことさ。私生児っていうのは良くないレッテルでしかない」


 カフェテラスを出て街を歩く二人。旨そうな料理を作っている出店が並ぶ。

「剣士なのでしょう、アーネリア。感謝や反省をするといいよ」

 <反省>と聞いて苦しく成る若者。ゾイル王のことを思い出してしまう。

「そうして苦しむのは、お前さんが大事な成長段階にあるからだよ。気負わずに進めばいいさ」


 足元に落ちている水色の<祈り紙>を見るアーネリア。雨を降らせて欲しいと、切実な願いが書かれている。

「お前さん<信念>は、もう固まったのかい?」

 信念……か……! まだまだそんな言葉は出て来そうにないと、若者はサビた剣をイメージする。夕方も近い。市場が(にぎ)わって来たので静かな路地へ入る。立ち止まるシアリス。若者もそれに従った。


「ねえアーネリア、良く聞いておくれ。お前さんには、他にはない特別なチカラが備わっている……何の手掛かりもなしに暗闇を渡って行ける! 光が存在する方へ真っ直ぐに進んで行けるんだ。たとえどれほど遠回りしようとも!」

「……真っ直ぐ、遠回りしても……?」

「そう! それはね、凄いこと、とっても凄いことなんだよ……!」


「どうしてオレに教えてくれるんです、そんなに?」

 ルアーナは少し考えてから答えた。

「<千里眼者>とはそういうもの。それに私は、お前さんに興味を持っているから。……可愛いからかな」

 そう言って口を閉じたまま笑顔を見せるシアリス。悪い気はしないアーネリア。


 小石を踏み付ける音がして、そちらを見た若者。今も後をつけられている?

「オレのことを追って来る敵が居ます!」

「敵!? どうして?」

「魔法で邪魔されるし、追いかけて来るんですよ!」

「その人は本当に敵かしら?」

 クソッ! ルアーナともわかり合えないのか!?


 アーネリアは走って追っ手を振り切ろうとする。それをルアーナは止めなかった。<千の祈り紙>の向こうへ! ちょうどいい大きめの食堂へ逃げ込む。


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