第7話 雄山羊たちの闘争音
こんにちは。第2章、各話のタイトルです!楽しんで頂けると嬉しいです<(_ _)>
第7話 雄山羊たちの闘争音 第10話 男は女によって完成される
第8話 千の祈り紙 第11話 人間から放たれる光
第9話 若いハートを持つ男 第12話 雷鳴とどろく塔の上で
追跡者とエルダインから逃れるように西へ向かうアーネリア。この辺りは国境があいまいなので難なく出入国できる。
<刃の山脈>のふもとを通過して行く。それは7千m級の峻厳な山々だ。かつて多くの神々がここで霊力を高めたと言われている。山脈はどこの国にも属していないので、ふもとの領土も特定の国家のものではない。危険な「霞の林」を避け、<刃の山脈>との間を縫って旅する。そんな辺境にも小さな町があった。
早朝、ザコ寝の安い宿泊施設でアーネリアは目を覚ました。遠くで何かと何かが激しくぶつかり合う音が響いて来る。
コーーーン……! ガコーーーンッ!!
外に出て山へ向き合う。あれは何だろう? 山頂は白い、黒い岩山を見上げた。いつの間にか隣に男の人が並んでいる。帯剣している。剣士だろうか? アーネリアは声を掛けた。
「あの音は? ご存じですか?」
「繁殖期の雄山羊たちだ。雌を求めて争っているのさ。角をぶつけ合って」
「へえ~~~っ!!」
「あなたは剣士ですか?」
気軽にアーネリアは訊いてみた。
「そう、フォルイス=マタラング。剣士だ。剣士ダイトと一緒に行動していた」
「剣士ダイトと!?」
マタラングという男性も身長があって、黒いロングコートを着ている。そして黒のマスクを着け、銀色のショートブーツをはいている。一見、恐そうだった。
「山頂へ行ってみるかい? 今ならまだ争いを遠くから見物できるだろう」
「見たいです。連れて行ってください!」
剣士マタラングとアーネリアは山道を登って行き、<刃の山脈>の端の山頂へ来た。標高7、8百mぐらいだろう。マタラングが指さす。
「ほら……! 見えるだろう? ……あちらこちらで雄の山羊たちが闘っている!」
マタラングはなるべく小さく声を抑えて言った。切り立つ山の所々にできている台地に草が生えていて、その上で二頭の雄山羊が後ろ足で立ち上がり、身体をのけぞらせて反動を付け、体重を掛けて一気に互いの角を叩き付け合う!
ガコオォーーーンッ!! 山々の間を響き渡った。
「生きるっていうのは、ああいうことを言うのかも知れないな」
剣士マタラングは厳しい目で野生の動物の姿を見つめている。彼の金色の髪が風に吹かれそよぐ。
「凄い! 強烈な生命力ですね!!」
山羊たちの<生き様>を見せつけられたアーネリア。良い経験に成った。山を下り町へ。
* * *
見て来た雄山羊たちの方が、これというものを見出せずにくすぶっている自分なんかよりも「格上」なのではないか。アーネリアはそんな風に感じた。
「雄山羊たちは懸命に生きていて素晴らしかったですね、剣士マタラング」
「もっと自分を表現してごらん、アーネリア君」
「自分を表現するって?」
「私はこうなんだというところを見せるのさ」
「自分を出すのって恥ずかしいです」
「思い切って表現してごらん。そうしないと君のことを好きにも嫌いにも成れない。君のことを嫌う人も出て来るだろう。しかしそれ以上に、自分を表現することで好意を持ってくれる人が誰か、見えて来るよ」
「あなたもそうなんですか、マタラングさん?」
「そうとも。私は剣士として己の信念を告白する」
「どんな? 聞かせてください」
「一人ひとりが望めば戦乱の時代にも治まるはず。行動によってそれを表現して行けば、と信じている」
「ふーん、凄い。立派なんですね」
「アーネリア君も剣士に成ったら?」
「剣士に? 信念と剣技ですか」
「その通り」
「質問が。エルダイン軍がデムーへ攻めて来た時、どこへ行っていたんです!?」
「身を隠しながらエルダイン軍の行動を観察していた」
「なぜ!! 戦わなかったんですか!?」
「私たちが戦ったところで勝ち目はない。勝てない戦いは極力避ける。命をムダにしないためさ」
「そんな……じゃあ、何のための剣なんですか!?」
「生き延びるのも勇気だ。戦ってばかりではいかん」
剣士マタラングに教わって、久しぶりに剣を振ってみるアーネリア。もうこんな日は来ないと思っていた。
「どうだい。上手いもんじゃないか……!」
「そうかな。もういいです」
マタラングへ剣を返す。剣士に成る気なんてない。一人に成りたいとアーネリアは感じた。でもそれも違うような気がする。今しかできないことを探してマタラングへ質問をする。
「剣士マタラングは、なぜ生きているんです?」
「そうだな……世界が生きるに値するからかな」
「こんなクソみたいな世界でも!?」
アーネリアは冷静さを欠いている。そう見て、マタラングは黒いパンツのポケットを手で確かめた。
「一緒に食事しながら話そう。落ち着いてくれ」
食堂に入り、一番旨そうなものをメニューで探す。肉料理とクリが入ったライス、サラダ。それにたっぷりの水。マタラングは二人前オーダーした。ごちそうに成りながら、アーネリアは21歳に成っていると気づく。追放されてから半年以上が経っていた。
久しぶりに旨いものを食っている。それなのにアーネリアの口からはこんな言葉が出た。
「世の中って狂っていると思いませんか?」
向かい側の席に着いて食事しているマタラングは応える。
「思わないよ。アーネリア、君とこうして出会えたから」
若者はその言葉に衝撃を受ける。食事がノドを通らない。
* * *
その夜の街角で、アーネリアは一人の女性が誰かを待っているようすなのを見かける。セクシーな装いだ。ああいう人が娼婦なのかなと、ピンと来た。女性はニガテだ。でも凄く興味を持っている。ここは雄山羊みたいに勢いで! 誘ってみた。
「オ、オレ、女性は初めてで……何をどうすればいいのか。よろしく」
「偉いわ、自分からちゃんと言えるってこと。今夜はあたしに任せて、ね?」
初めて女性を知るアーネリア。上手く行かなかった。女性コンプレックスは解消されない。自信を持てないのだ。
第6王子だった頃、彼は義理の母である妃と、身の回りの世話を焼いてくれる侍女たちとしか、女性との交流を持っていなかった。だからマザー・ガラシャに対しても、どう応じればいいのか、女性への接し方の心得を持たないがゆえに戸惑った。上手に女性と接している「ロールモデル」を見たことがないがゆえに。
剣士に成ったら少しは違う? 自信を持てるだろうか。マタラングに相談して一番安い「剣 ソード」を買う。刃はサビが浮いていた。
「信念を持つんだ。志でもいい」
剣士マタラングは教えてくれる。<信念>? マザーやダイトのような? 今のアーネリアでは、信念を構成し得るような言葉を見つけられない。
「言葉よ、運命を紡ぎたまえ。私たちを導きたまえ」
剣を胸の前に立てて礼をする。まだ形ばかりだ。これまでに会った剣士たちのことを思い出して、とにかくマネをしてみる。マタラングが剣の練習の相手をしてくれた。だがまだ「剣士」という実感を持てないアーネリア。
町をふらつく。剣は鞘に収めてベルトに差してある。辻占の男性が居たので見てもらった。
「これからどうすればいいでしょう」
「あなたが元王子だったという経歴は、あまり重要ではありません。要は、あなたが一人の男として、どうやって身を立てて人生を切り拓いて行くのかというストーリー。それをあなた自身が創造して行くことが大事です」
そうか。特に感想もないアーネリアだった。謝礼を支払う。
「こんなに!?では、シアリスのアリ・ル・ルアーナをご紹介します。待ってください。お待ちを!」
「いいです」
何となく気乗りせず断ってしまった。
自分が生きるってどういうこと? そんなアーネリアには人生の指導者が必要であろう。
「信念って何だ? オレはどう生きればいい?」
マタラングを残して一人、旅立つ。夜、月がでている。<混沌の渦>も。だけどちっとも美しいと思えなかった。心が痛い。フラフラと西へ向かう。
その姿はさながら盲目の修行者であった。まだ自分が何を求めているのかも知らぬ。今はまだ。