第6話 死の町に命の風よ吹け
翌日。おばさんがかくまってくれた倉庫の干し草の上で眠りから覚めたアーネリア。町を歩いてみる。火の手はあまり広がらなかったらしく、半壊した家の多くは残されていた。黒い煙のくすぶる屋根からエルダインの方角へ目を移す。冬の終わりの青空が高く見えている。
忌まわしい青空! あの空の下にエルダインとゾイル王が居ると思うとヘドが出る!! 王と別れる時に放たれた言葉が思い出される。
「反省せよアーネリア!」
誰が!! どうしてオレが反省するんだ!? 反省などするものか! ゾイル王こそ反省せよ! 若者は憎しみとともに口ごもる。
破壊されてしまったデムーを見て回る。アーネリアたちが働いて造っていた橋も潰されてしまっていた。落ちてしまった材料で汚れている川。とても痛々しくて悲しく成る。病院は!? 剣士ダイトはあれからどうしただろう。確認しに行くと、建物は半分焼けてしまってして、中には人っ子ひとり居なかった。
泣いている子供、女性。たくさんの死体を見た。お年寄りが人を探している声がする。何をするでもなく、そうしたようすを一つひとつ目で見て心に残して置く。アーネリアは町の被害を記録している、ムスカタの軍人に出会う。ケガ人も含めて助かった人は半分も居ないと、その人は言っていた。
もしかして、これも<苦労する呪い>の効果だったのだろうか? そうだとしたら……そんなムダな考えが浮かんでは消えて行く。見る限り、希望なんてないとアーネリアは感じた。
* * *
自分に何ができる? 命と心を救ってくれた町とデムーの人たちに対して。
何も持っていないアーネリア。せっかく貯めていた僅かなお金もどこかへ行ってしまった。そもそも、お金を持っていても現状では使い道がない。フラフラ歩いていると、ひどく壊れた建物が見えて来た。落ちているカンバンから、そこは製本所だったと知る。
ペンや紙が地面の上にたくさん散らばっていて風に吹かれ飛んで行く。それを見てアーネリアは「もったいない」と思った。まだ使えるのに……。だけど何に使う? 死の町と変わり果てたデムーで、お金やモノに使い道などあるのだろうか。
考えるアーネリア。剣士ダイトから託された言葉について考えている。
「励ましてあげてくれ。いつ、いかなる時にも」
何か行動しなければならない。そう感じていた。でも何をどうすれば……? 壊れてモノが散乱している製本所の中に入ってみる。
真っさらなインクのビンが三本ある! 紙とペンは!? 汚れているけれど拾い集めるアーネリア。そうだ、これを使って……! 上手く行くだろうか? やってみなければ分からない。行動しよう。
もはや生きる気力もない町の人々が目に入る。何とか力に成りたいとアーネリアは動き始めた。
「そのまま死んじゃダメだ!」
落ちている紙を丁寧に拾って束ねる。水に濡れて使えなく成ってしまった紙も製本所の中に広げておく。行動は少しずつ形を見せて行った。
「場所はないか……場所は……!」
あった。作業をする場所。誰も居なく成った食堂の、部屋とテーブルと椅子を全て使ってしまえばいい! ここだ!! アーネリアは喜んで食堂に荷物を運び始めた。インクと紙とペン。インクのビン三本と汚れた紙二百枚近く。そして踏みつけられたペンが十本。これでいい。
* * *
広々とした食堂で一人、黙々と「作業」を続けるアーネリア。紙に書いて行く。
「助けてください! 手を貸してください! まだ生きている人もたくさん居ます。このままで、ただ死を待つだけなんて、オレにはできません!」
文章は<チラシ>を作って行く毎に上達した。夜が訪れ、残っているランプの灯りの下でもアーネリアの作業は続くのだった。
横長のテーブルの上で作業し、できた<チラシ>を空いているテーブルや椅子の上に乗せて乾かす。書いている内に、自分でも何が言いたいのか整理されて行く。
「子供やお年寄り、女性も居ます。力に成ってあげてください。ケガをしている方の手当ても! 無事だった方は率先して行動をお願いします。オレたちにはまだできることがあるから!」
作業は夜を徹して行われた。作ったものを乾かしたらまとめて見直してみる。そして足りないと思える文章を付け足した。一枚一枚、少しずつ内容の異なる<チラシ>は、あっという間に増えて行った。時間も瞬く間に過ぎて行く。途中で、これでいいかと迷いが生じた。でもやり切ろうと決意し直す。夢中で作業して夜が明けた。
朝日が食堂に入って来る。ランプを消し忘れたのでオイルの匂いが充満してしまった。灯りを消して枚数を数えてみる。二百枚に足りない。そうだ、製本所の中に、濡れてしまった紙を置きっぱなしにしてある。それも持って来て光の中で作業は進む。二百枚以上できた! ペンもインクも使い果たした。少し仮眠を取る。
目が覚めると腹が減っていた。食糧貯蔵庫の中へ入る。食材は残されていた! これで炊き出しを行えそうだ。目についたパンとチーズにかぶりつく。こんなに旨い飯は久しぶりだった。アーネリアは二百枚の<チラシ>を町の人たちに配ることにした。受け取ってもらえるだろうか? もちろんやるさ!!
手始めに、損害の少なかった家や商店を狙って声を掛ける。
「どなたか居ませんか? 受け取って欲しいものがあるんです!」
自分にこのような行動力が備わっているなんて、驚きだった。<チラシ>はなかなか減らない。それでも諦めなかった。拒絶されても止めない。
その内に名前を求められるように成った。一枚一枚、必ず声を掛けて手渡した。あるおじいさんが問い掛けて来る。
「あんたー、この町の人間かね」
その質問にアーネリアは「違います」と答える。相手はびっくりしていた。
「何でこんなことをしているんだい? 住んでもいないのに」
「オレになら、できそうな気がするんです……!」
「やると言ったらやるんだ!! オレは必ずやる!」
そんなアーネリアへ助力を申し出てくれる人が、一人、また一人と現れた。<チラシ>を全て配り終えた時には、町のあちこちでガレキを片付ける人や食事を求めて叫ぶ声が出て来る。
潰された井戸を復元させると、水を飲みたいと人が列を作った。食事もあると手引きするアーネリア。その内にムスカタの役人がやって来てこう言ったのだ。
「町の人たちが活動を始めたようだ。手を貸してあげてくれたまえ」
アーネリアが人々を鼓舞したからだということを、その役人は知らないらしい。アーネリアはデムーへの食糧支援をお願いする。
<チラシ>を見た人が若きアーネリアを呼んだ。
「あなたが居なければ、私たちはただ死を待つだけだった。ありがとう……!」
春を告げる温かい風の吹く中で、アーネリアは町の人たちを手伝った。雪どけ水も井戸を流れ始めるだろう。それは命の風だ。
ふいに、地面から伸びた手がアーネリアの足首を掴む! 魔法!? 見れば「真夜中の青色」のフード付きコートを着た人物が物陰に身を隠す。小柄な人だ。あれが自分の後をつけている者だろう! 敵に違いない。町の復興を見守るまでもなく、アーネリアはデムーを出ることにした。ここには居られない。残念だが。
旅支度を整えて北西を目指す。そそり立つ<刃の山脈>のふもとを西へ。さようなら、デムーの人たち。