第5話 エルダイン軍、侵略!
「ドロケイやろうぜ~!」
「タカオニやろうぜー!」
「ねえ!ドコイキやらない!?」
町の子供たちが遊んでいる。走り回って大きな声を上げながら。そうした光景を見るのも、いつものこととして慣れ始めていた。
今日もアーネリアは橋を造る現場仕事をする。食べて行くためには働かなくてはならない。既に木材での足場の組み立ては終わった。これから石やセメントで橋の本体を形成するところだ。アーネリアにとっては、今や、身体を鍛えながらお金も稼げる肉体労働は、とてもありがたいものと成っている。
きつい労働で体つきも変わって来たし、少しは財産も蓄えられつつあった。それでも剣士たちは、アーネリアの食事を提供してくれたり宿泊施設を紹介したりしてくれる。マザー・ガラシャがデムーへ来て、早3週間が経とうとしていた。アーネリアは一度、マザーや剣士たちに都市へ行かないのかと問うたことがある。信念に従って生きる者は都市では睨まれてしまうのだそうだ。特にしばしば交戦状態に入るムスカタにおいては、なおさらだそうである。
聞いた話ではマザーは予知能力も持っているらしく、ここアーマフィールドで、今から250年後に復活する邪神へ対抗するための手段を記した<文書>を、今まさに作っているという。自分の日常生活に比べると、マザーはとんでもなく凄いことをしていると思えて来る。親切な方だけど、自分とは違う世界で生きているんだな……アーネリアはそんな風に感じていた。
「人はどうしようもなく人を必要としている。だから人を大切にして欲しい。これは私からのお願いだ」
剣士ダイトは、そう教えてくれた。でもなぜ? なぜ自分に対してそんなにも色々と導きを与えてくれるのだろう。
「アーネリアは礼儀正しいからだと思うよ。それにあなたは人の話をキチンと聴く耳を持っている。それは人間の<傲慢さ>をコントロールできているということなのさ」
「<因果律>に従っている。善い種を撒いているということでもあるんだ」
剣士たちはそんな風に話してくれた。こうした親交によって、アーネリアは心も満たされて行く。
エルダイン軍が攻めて来る。ムスカタの領内を西へ進んでいるという情報が、デムーの人々の間を駆け巡った。デムーも危なそうだという話に成り、マザー・ガラシャは騎士団に護衛されて町を後にする。騎士たちはお別れを口にした。
「ではなアーネリア君。若者よ、無事で居てくれ!」
正直に言って、マザーが町から居なくなりホッとしたアーネリア。女性はニガテだし自分とは世界が違う。劣等感を持たずに済む。そう思った。でもマザーの言葉は大切に胸に刻んだ。
「武人政治が終わらない限り、この世界の戦乱は治まらないでしょう」
まだ意味が良く分からない。「武人政治」って? だけど大事なことのような気がしたのだ。
* * *
ベテランの剣士がムスカタの兵士からエルダイン軍についての情報を聞き出そうとしている。アーネリアはそこに立ち会った。
「エルダイン軍は直ぐそこまで来ているのだな!?」
「ハ……ハイ、あと1時間もすればデムーへ来ると思われます……!」
「なぜこの町へ?」
「わかりません。私はムスカタの軍と合流します。失礼!」
二人の会話を見ていて、アーネリアは、兵士よりも剣士の方が立場が上なのかなと思った。
「人による。名の知られたベテラン剣士は一目置かれているのさ」
「これからどちらに?」
その剣士は東の方角を苦々しく見ながら言った。
「逃げろ、アーネリア君!この町を出るんだ」
「どこへ!?」
「どこでもいい!ここは危険だ!!」
「あなたはこれから、どうするのです!?」
「エルダイン軍を目視して来る。剣士たちは今後、それぞれが単独行動に入る」
その剣士はアーネリアを心配そうに見て別れを告げた。そして東へ走って行く。ムスカタの兵士は、こちらへ向かっているエルダイン軍の兵士を1万だと言っていた。デムーの住人は5千。しかも戦える者は少なく、ムスカタの軍もここにはまだ来ていない。
どうしよう!? 考えている間にも、時間は5分、10分と過ぎて行く。アーネリアは身を守る武器が欲しいと思った。でも軍隊相手にどうする? やっぱり逃げよう……デムーの人たちを捨てて……? 彼がもたもたしていると5、6人の人たちが足早に通り掛かる。タンカで男の人を運んでいる。運ばれているのは剣士ダイトではないか!!
「ダイトさん! どうしたんです!!」
「こちらの方はエルダイン軍の偵察隊と交戦して重傷を負っています。病院へお連れします!」
ダイトを運んでいる男の人はそう言った。
「助かるんですよね!?剣士ダイトは……!」
「最善を尽くします!」
ダイトの手甲はズタズタで、服も血まみれだ。彼はアーネリアにとって大切な恩人。苦しそうに目を開く剣士ダイト。語り掛けて来た。
「借金取りから逃げようとして……兵に見つかった。……この……ザマだ。自業自得さ、ハハハ」
「ダイトさん! 大人しくしてください。ムリしないで……!」
引きつった笑顔をアーネリアに見せ、ダイトはこう言った。タンカを両手で支える若者へ。
「……アーネリア……アーネリア! ……続けろ……励まし続けろ……! どんなに苦しくても、常に人を励ましてあげてくれ」
「わ、わかりました。承知しました!」
その間もダイトは運ばれて行く。
「でも、それは今が戦乱の時代だからですよね?」
ダイトは目をつむり、首を振って否定した。苦しそうにまた目を開けて言う。
「いつ、いかなる時にも」
「患者さんとの会話はお控えください!」
運ばれて行く剣士ダイト。見送るアーネリア。
何もできないので、アーネリアはダイトが運ばれた病院へ行ってみる。しかし面会謝絶に成っていて会えなかった。剣士ダイトとは、それっきりと成る。他の剣士たちも姿が見えない。町の人たちは家の中へ入っていて、通りはまるでゴーストタウンのようだ。行くあてもなく町をうろつく。もうすぐエルダイン軍がやって来るだろう。
恩人である剣士ダイトをあんな目に遭わせたエルダイン兵を一発殴ってやりたい! それで死ぬなら上等だ!!
「オレは力もないし何もできない……!」
こんなにも悔しい思いをしたのは初めてだった。追放された時よりも……。とにかく逃げるのはイヤだ! そんなアーネリアへ声を掛けてくれる人が居た。
「アンタ! 危ないよ!! こっちへおいで!!」
町に住む年配のお母さんに手を引っ張られ、倉庫の中へ入れられる。家畜用の干し草の上に寝かされ、その上から布団を幾つも被せられ、おばさん自身もその布団を抱きかかえた。周りは静まり返っている。悪い予感がしたアーネリア。
* * *
急に外が騒がしく成る。建物を壊す音。悲鳴!! たくさんの足音と怒号が通り過ぎて行く。
「アーネリアはどこだ!!」
エルダイン兵らしき声。自分を探している? アーネリアは、自分さえ出て行けばそれで済むのかと思い動こうとした。でも布団の上から押さえ付けられていて身動きが取れないのである。
その日、故郷エルダインからたくさんの兵士たちがデムーの町へ略奪にやって来た。食糧が奪われ、井戸が破壊された。たくさんの女性たちが乱暴され、ひどいことをされ、たくさんの男性が暴行された上で命を奪われた。女性たちは連れ去られ、何の罪もない子供たちが口封じとして亡き者にされた。家屋は壊され最後に火が放たれる。
エルダイン兵たちは4、5時間で帰って行った。アーネリアはその時間を、あっという間だったような、とても長かったような風に思い出す。静かに成った。布団をはらい退けると、アーネリアは自分をかくまってくれたお母さんを険しい顔で探す。
「おばさん! おばさんっ!!!」
町を破壊し、殺りくし、凌辱して行った獣たち。アーネリアは後に成って知るのだが、奴隷に取られて行った者も多かった。本気ではない、遊び半分の侵略。許せない。エルダインへの憎悪と軽蔑の感情がふつふつと湧き上がって来る。
「あたしの夫と子供を返してよーーーっ!!!」
泣き崩れる女性。あちらこちらで泣き声や人を探す叫びが上がっている。扉や窓を叩き割られた家々。屋根も潰されていた。今までの人生が全部、ウソっぱちのように感じられる。
誰にも、何もしてあげられないアーネリア。ケガをした人や死体が通りに転がっている。生き延びて何に成る? 何も見たくないし、何も知りたくないと思った。戦争とはこういうものか……!
アーネリアは今こそ自分の足で立つ必要があった。