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希望のアーネリア  作者: 横山優
第1章 忌まわしい青空を見よ
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第4話 信念に生きる者たち

 ムスカタ王国の西に位置する田舎町デムーは、人口5千人程の大きさだ。オレンジ色の壁と茶色い屋根を持つ美しい家屋が連なっている。町で一番大きな建物は三階建ての病院で、石造りのしっかりしたもの、ここでは最新の建造物である。


 デムーへ着いて、アーネリアは剣士たちと一旦別れた。これからは水も食糧も自分で工面(くめん)しなければならない。何しろ彼は、王子さまから流れ者に転落した人間である。そのことは隠している。誰も助けてはくれないので働くしかなかろう。所持金は全くないのだから。


 ラッキーなことに、町を流れる川へ橋を渡す工事現場に出くわした。仕事はないかと問う。すると日雇いの人足(にんそく)として働かせてくれるというではないか。ありがたい!

「さっさと支度をして作業に掛かれ! ボケッとするな!」

 正味8時間の肉体労働で夕方にはヘトヘトに成った。


 日当を受け取る。

「ちょっとすみません。これって少なくないですか!?」

「少なくない。素性(すじょう)の知れない者へは日当、半分だからな!!」

 そうだったのか。世の中というものを思い知るアーネリア。とにかく初の給金で食事をしよう。


 町の食堂へ来てみた。値段表と()()()()()する。あまり贅沢はできそうにない。隣で旨そうなものを「特注」している男性。そうか、あの人は裕福なんだ。自分のような何の身分も持たない者では手が届かないものを食べれらるんだなと悟る。


 空腹を抱え、その場を後にしようとする。もっと安価な食べ物しか手が届かない。うつむいて歩き出そうとするアーネリアを、背の高い男性が抱き留めた。

「どこへ行く? 何でも好きなものを注文したまえ」

「あなたは……剣士ダイト!!」


 その腕は、なめし革でできた「手甲(てっこう) ガントレット」を装備している。他にヨロイらしきものは身に着けていない。黒い肌のがっしりした剣士はアーネリアに食事をごちそうしてくれた。さらに風呂にまで入らせてくれたのだ。どうしてそこまでしてくれるのだろう?


 ダイトは剣士としての自分の<信念>を明かす。

「今の戦乱の時代にも、それを脱する方法は必ずある。人生を()して、私はそれを求めたい」

 人の信念というものに初めて触れ、衝撃を受けたアーネリア。風呂上がりで乱れた茶色い髪を整えるけれども、まるでタテガミのようだと、見ていたダイトは感想を述べる。剣士はまた、こんな話もしてくれた。


「人に作れらるものの内で唯一の人工でないもの。それが私たち<人>だ。人はどうしようもなく人を必要としている。人の中で生まれ、人の中で生き、そして人の中で死ぬさだめにある。だから人を大切にして欲しい。これは私からのお願いだ」

 アーネリアは、その言葉を是非ゾイル王に聞かせてやりたいと思った。


「失礼します、剣士バチョール=ダイト。そろそろ宿を探さねばならない時間なので」

「金は持っているのかな?」

「ザコ寝の安宿を探します」

「こっちへ来たまえ。遠慮しなくていい」


            *     *     *


 流れ者の自分には不釣り合いな程に良質なホテルを用意して頂いた。ありがたい。でもどっちみち食いぶちを稼がなくてはならないので、人足の仕事に出るアーネリア。橋を造る作業中にも、誰かに見張られている気がしてならなかった。やはり何者かにずっと後をつけられているようだ。


 ある曇った日の昼間に、<マザー・ガラシャ>という方がデムーを訪れると聞いて興味を持ったアーネリア。「マザー」とは、神に仕えて人々を導く立場にある女性のことだ。町の入り口へ見物に行くと、一台の馬車が、10名以上で構成されている騎士団にしっかり護られて到着した。


 騎士たちはデムーの剣士たちと、胸の前へ自分の剣を掲げる形で敬意を表すあいさつをする。

「言葉よ、運命を紡ぎたまえ。私たちを導きたまえ」

 そう口々に、幸運を祈る言葉を交わした。そしてネイビーと白と黒の法衣を着た四十代くらいの女性をエスコートして馬車から降ろす。女性は紫色のスカーフで口元を隠している。ありがとうと声を掛けているようすだ。


「ガラシャさま、こちらです」

「マザー、ようこそデムーへ。歓迎致します!」

 人だかりの間から、アーネリアは<マザー・ガラシャ>と呼ばれる人物をひと目、見ようとする。チラと目が合った。するとマザーは彼を手招きした。人だかりが左右へ分かれ、二人の間に道ができる。マザーはアーネリアへ近寄って来た。ゆっくり歩いて。


 皆が見ている。アーネリアは逃げ出したく成ったけれど、逃げてはならないような気がして、そこへ突っ立っていた。初対面はあっという間の出来事だった。マザーはアーネリアの手を取り、(さす)って温めてくれる。やっとそのお顔が見えた。面長(おもなが)で、自然な微笑みをたたえた紅い口元。お化粧の効果だろうか、とても血色が良く見える。


 女性はニガテなので、照れ臭くって手を引っ込めようとした。マザーは構わず問うて来る。

「あなた、お名前は? 私は旅の者、太陽神の導手(どうしゅ)でガラシャと言います」

「アーネリアです、マザー」


 若者は周囲の視線が痛くて、その場から逃れようとする。しかしその時、マザーから、何かこう……大人の女性特有の良い香りが漂って来るのを感じて立ち止まる。香水かな? それとも清潔な衣服のせい? もしかすると、お母さんって、こういう匂いなのかも知れないとさえ思った。    


 さらにアーネリアは、マザーの強烈な人間的魅力に触れて身動きできなくなる。何て優しい目をしているんだ、この人は……!! そう思った。その目に見つめられるだけで胸が苦しく成って来る。でも目を逸らせない。アーネリアはすっかり魅了されてしまった。


「<因果律(いんがりつ)>をご存じかしら? 私は幾つもの世界を旅して<因果律>という、<全世界>を支配する法則について説いている者なのです」

 

 マザーによれば<因果律>とは、人が善い種を蒔けば後に自分で善い実を収穫することに成り、悪い種を蒔けば後に自分で悪い実を収穫することに成るという法則のことだ。

善因善果(ぜんいんぜんか)悪因悪果(あくいんあくか)。この法則を知っているだけでも、これからの行動の方針を立て易く成るでしょう」


 周囲の騎士たちは、マザーの教えを良く憶えておくといいと助言してくれた。マザー・ガラシャという人は、こうして誰にでも気さくに<因果律>について教えてくれているそうだ。けれどアーネリアは、そんなマザーの心遣いを素直に受け入れ難くて、こんなことを言った。

「マザー質問が。どうしてこんな人助けをしておられるのですか?」


 これに対し、マザーは丁寧に返答してくれる。

「そうね。世界には苦しんでいる人がたくさん居ます。そのお力に少しでも成りたいから。そして、私にならばできると思うからです」

 そこへ騎士が割って入る。

「マザー、そろそろお時間です。こちらへどうぞ」

 騎士のエスコートに従い、マザーはその場を去った。


 貴重な話をたくさん聞けたアーネリア。しかし今の彼には、マザーの言葉の意味も、言葉の値打ちも良く理解できない。ただ、貴重であるとは思えたので憶えておくことにした。まだアーネリアは若過ぎて、その全てを受け入れることはできなかったのである。


            *     *     *


 工事現場で5日間働き1日休むという生活を、アーネリアは続けている。休みの日にはダイトやその仲間の剣士、そしてマザー・ガラシャのお話を聞いて過ごす。彼は命だけでなく心も救われたのだ。

「ところでアーネリア君、信仰は持っているのかい?」

「持っていません。そういうの、まだわからなくて」

「そうか、それも良かろう」


 剣士たちは騎士とも交流を深めている。騎士は君主に忠誠を誓い、国や社会に奉仕する。自分で<信念>や<志>を立てる剣士とは立場が違うけれど、世の中を正常にしたいという想いは同じなのだった。


 彼らと触れ合うのを楽しむ一方で、自分の立場に「引け目」を感じもするアーネリア。そして一緒にデムーへ入った剣士たちの会話から、剣士ダイトは酒と葉巻が好きで大金を使ってしまい、借金をしていると知った。しかしそんなダイトにアーネリアは「人間臭い人だな」と、かえって親近感を持つのだった。


 ある日、アーネリアはこんな質問をしてみた。

「剣士ダイト、あなたはご自分の信念がいつか報われると思っているのですか?」

「そうだな」

 ダイトはアーネリアが人の話を聴く体勢にあると見て語り始める。


「人の影響力というものは、自分で思っている以上に大きいんだ。ほんの何気ない自分の行いが、他の人に大きな影響を与えるものなんだよ」

「ええ! それで?」

「私が自分の信念を貫くことで、必ず周囲の人たちに影響を与える。それはいつか、世の中を大きく変えるかも知れないと私は考えている。その理由は、私が自分を信じ、人を信じているところにある」


「そうか……でも、中には信じられない人も居るのでは?」

 アーネリアのその意見は、別の剣士が引き受けた。彼は元盗賊で、人を信じられない生活から脱するために剣士に成ったそうだ。

「本当にダメに成っちまった人間は、見捨てるしかない時もあるのさ」

 その言葉を、若きアーネリアはどう受け止めるのだろう?


 またアーネリアは、こんな疑問も口にする。

「今のままでは世の中に<希望>なんてないと感じます。ダイトさんはどうお考えですか?」

「ダレルオス……!」

 目の印象的な女性の剣士が言った。それをダイトが引き継ぐ。

「そう、ダレルオス。そういう言い伝えもある」

「何です、ダレルオスって?」


「ダレルオスとは、この世で最も力弱き者から本当に強い者へ与えられる尊名(そんめい)らしい。<人々の希望>という意味さ」

 そういう人も居るんだなとアーネリアは感心した。

「ダイトさん、剣士って、皆さん親切なんですか?」

「そういう者も多い。自分の信念に従って生きるのが剣士だ」

 <信念>か……。アーネリアは心の中で反復する。マザーも信念に従っているのかなと。


 夕方に成り、別々で活動していた剣士たちがダイトのところへ集まって来た。リーダーである黒い肌の剣士の合図で、一斉に「今日の感謝」を述べる剣士たち。そして互いに(ねぎら)う。

「お疲れさん!」

「今日もお疲れさまでした」


 年齢は三十代半ばと聞かされている、兄のような父のような剣士ダイト。その日の終わりにこんなことを言ってくれた。

「アーネリア、君は人の話をよく聴いている。それが強みだ。変わらないでくれ」

 そうした言葉の一つひとつを、これからアーネリアは(かて)として成長するのである。


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