表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
希望のアーネリア  作者: 横山優
第1章 忌まわしい青空を見よ
2/18

第2話 かくて運命は動き始めた

 アーネリア王子は自分を産んでくれた実の母親の顔を知らない。彼は生まれて直ぐに、母たるゾイル王の側室から引き離されて王家へ編入されたのだ。


 産んだ側室の方も、王の正室たるエスターシャ妃のはからいで(ひま)をもらい、遠い国へ送られた。二人を危険から護ろうとして、妃が善処(ぜんしょ)してくれたのである。


 平和な時代でもアーネリアのような者の出生は喜ばれない。まして戦乱の世である<八十八将軍時代>にあっては、少しでも自分の地位や権力の座を(おびや)かす恐れのある者へ「容赦(ようしゃ)ない措置(そち)」がなされることもしばしば。アーネリアは本当に運が良かったと周囲の者たちは見ていた。


 彼らの時代にマキシアス大陸は17の国と地域に分かれ戦っていた。自国の領土を拡大するため、生き延びるため、700年以上前に大陸を統一したバルハロス王のように、再び天下を統べるがために。


 ゾイル王のエルダインは何のために戦う? 覇道を行っているようには思えないが、王は自分が先頭に立って他国と争うこと自体を楽しんでいるように見える。

「我と我が軍の武力を見せつけてやる!!」

 若きゾイル王は、武人が王座に()いている<武人政治>の時代における典型的な戦闘王だ。大きな偃月刀(えんげつとう)を振り回し、誰よりも先に戦う王さまである。


 元は他国の小隊長から「力」でのし上がり、エルダイン王と成った豪傑(ごうけつ)。これまでに倒した者の数は知れない。アーネリアが第6王子と成ってからも、楽しみのための戦いをやめなかった。


「力だよアーネリア! 力こそ全て!! 勝って支配するのが我らの時代だ!」

 人の温かみを知らない野犬のような(すさ)んだ目をしている。我欲を満たし戦いに明け暮れる……そんな時代を象徴するかのような人物、それがゾイル王だった。


 <八十八将軍時代>とは、そうした国々の王たちが集まって決めたルール。戦乱の世に各国の将軍の質が落ちないよう、マキシアス大陸に存在する将軍全員の合計数を「八十八」と定めたものだ。王が軍を(ひき)い、将軍たちはそれを支える。そう、アーネリアが生まれたのは、戦争をまるでゲームのように扱う荒れた時代なのだった。


            *     *     *


 大陸の各国が集まって決めた<八十八将軍>のルールが始まって50年近く。大陸統一歴761年にアーネリアは20歳を越えていた。午前中に剣術の稽古(けいこ)を終えて昼食をとる。午後は読書にいそしむ。そんなある日……。


 人の出入りするラウンジで椅子に座り、テーブルへ<自由>についての本を置いて読書を楽しむアーネリア王子。

「ふーん、勉強中かい? 感心だね」

 話しかけてくれたのは第1王子のジュダ。彼はアーネリアの良き理解者である。


「ジュダ兄さん、ごきげんよう」

「読んでいて分からないことがあったら私に相談してくれ。できるだけ力に成ろう」

「ありがとうございます」

 第1王子だけではない。王の家臣たちの多くがアーネリアを見守っていた。「その瞬間」は、皆が第6王子から目を離した(すき)に訪れる。


 背後でモゴモゴと、何やらしゃべっている気配を感じてアーネリア王子は振り向く。そこには灰色の小妖精が。そいつは笑いながら言った。

「苦労スル呪イヲカケタ!!シッシシシ!!!」

 混沌に属するピクシーだ。アーネリアが驚いている内に、()()()は宙をクルクルと飛び回り、部屋の隅の暗がりへ消えた。


 何てことだ。悪い妖精に<苦労する呪い>を掛けられてしまったらしい! 大いに不安を感じるアーネリア王子。これからどんな苦労をさせられるのだろうと想像する。イヤな予感。それは数日後に現実と成ってしまう。


 第1王子のジュダがゾイル王の政治を手厳しく非難したらしい。彼はその場で王子の地位をはく奪された上で鞭打(むちう)ちの刑を言い渡される。刑はその日の内に執行され、ジュダは国外へ追放された。王の恐怖政治も行くところまで行っている。「時代」を思い知るアーネリア。


 <苦労する呪い>の効果だろうか? アーネリアはもちろん、ジュダの母親であるエスターシャ妃も事態をより深く悲しむ。

「何ということだろう……ジュダ兄さんをそんな目に()わせるなんて!」

 ものを見る目を持つ家臣たちも驚きを隠せない。しかし身の丈190と数cmもある大きな<恐怖>を前に、誰もが黙ってしまうのだった。


 王の家族が近しい家臣たちを招いて食事した時のこと。大臣の一人が王に懇願(こんがん)する。

「民衆は食糧が足りずにあえいでおります。王さま、もう少し産業に力を……お願いです」

「んっ!? そうか? ならばオマエがやれば良い!」

「よろしいのですか!? ありがとうございます」

(ただ)し!! オマエがエルダインの王に成ったらな! ワハハハハハ!!!」

 その場に居る、王以外の皆が(ひど)いと感じた。


 そんな<恐怖>へ非難の目を(ひそ)かに向ける者も居た。ゾイル王はそれを察したのか、宣言する。

「私には多くの支持者が居る。それは我が背骨だ! 私は神に祝福されて大地に立っている。これは神に支えられている両脚だ! これらを持つ限り私は、エルダインの王として安泰(あんたい)である!!」


 エスターシャ妃は娘たちがもの心つくと、遠くへ(とつ)がせた。彼女たちの安全のために。そして第2から第5の王子たちについては、戦闘王として向いていないという理由で、ゾイル王が城から追い出してしまった。残ったのは第6王子アーネリアのみ。彼にもまた、試練の時が訪れる。


            *     *     *


 そんなご時世なので、ケンカに強い者は重宝がられる。アーネリアも周囲の者としばしばケンカした。だからこそ、この時代に生き残れたのだ。しかしながらそうした性分が、ある日、裏目に出る。剣術指南役(けんじゅつしなんやく)の者とケンカをして城内へ戻った時のこと。


「オマエは追放で許してやる! オマエは処刑だ!!」

 いつものようにゾイル王が家臣を苦しめているところへ、興奮したアーネリアが鉢合(はちあ)わせた。その勢いで遂に王への本音をぶちまける。

「ゾイル王!! あなたは間違っている! そんなの王さまじゃねーっ!!!」

 大柄な義理の父を指さし、大声で言った。


 ゾイル王は顔も大きくて怖い。その表情がさらに険しく変わった。

「アーネリア、キサマ!! 追放せよ!!!」

「お待ちください王さま!」

 エスターシャ妃が、太く無骨(ぶこつ)な腕へすがり付く。

「彼以外に、もう跡取りがおりません」


「どうでも良い! そんなこと!!」

「いいえ! 王さまの跡を継ぐ者が居なければエルダインは後々、成り立たなくなってしまいます。どうか!!」

 妃は王の気を変えようと、早口で引き留める。しかし……!


「私が死んだ後のエルダインのことなど、どうでも良いわ!! そんなことまでは知らん!!!」

 それはゾイル王の本心だったろうか。それとも激情が言わしめたものだったか。

「王さま、それでは私たちに希望がありません!」


 屈強な腕へ手を添える妃を振りほどき、ゾイル王は断言する。

「オマエたちに希望などない!! 戦って勝つ! 人の世はそれが全てぞ!!!」


 エスターシャ妃の必死の懇願(こんがん)にもかかわらず、アーネリアは王子の地位を奪われて国外へ追放されることに。

「鞭打ちを(まぬが)れただけでも、ありがたいと思え! アーネリアよ!!」

 そんな王と戦ったところで(かな)うはずもない。皆はただ従うのみだった。


 その日の内に「追放」は執行された。夕方、裸にされた上で槍で追い立てられるアーネリア。ゾイル王はその姿を見届けに来ていた。

「もうエルダインに生まれて来るのはイヤであろう、なあ、アーネリア元王子!? ワッハハハハ!!」

 エルダインの北の国境からムスカタ王国へと追いやられながら、アーネリアは<呪い>のことを考えていた。これが「苦労」なのだろうか?

「反省しろアーネリア! 自分の行いを!!」


 反省? 自分が何を反省するのだと彼は思った。しばらくして王の側近が従者(じゅうしゃ)を連れてやって来た。いぶかしく思うアーネリア。

「これが精いっぱいでございます。ご無事で……!」

 その男は衣服とコートを手渡して去る。


 服を着る。夕方も、もう深い。春先なので肌寒いと、アーネリアは冷えた体を(さす)る。

「だけど自由に成ったぞ。これを<自由>と呼ぶならば」

 これからどうしよう。みじめな気持ちで山道を少し歩くと、小柄な人間が宙に浮いているのを見た。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ