第1話 天から授かりし申し子
こんにちは!久々の投稿と成ります。楽しんで頂けたら嬉しいです。^ー^
今回もタイトルを前もって表示します。ご参考までに。
第1章 忌まわしい青空を見よ
第1話 天から授かりし申し子 第4話 信念に生きる者たち
第2話 かくて運命は動き始めた 第5話 エルダイン軍、侵略!
第3話 メビウスの魔法陣 第6話 死の町に命の風よ吹け
第2章 酒池肉林という泥池
第3章 運命は狂わない
赤ん坊が、母親を求めているのであろう、泣いている。広い部屋にはベッドの上の、その男の子以外に誰の姿もない。
大陸統一歴740年ーー<現代>よりも270年前ーー<八十八将軍時代>と呼ばれる戦乱の世に、男の子は命を授かった。後に、混迷する世界の「希望」と成る、時代の寵児として。
宵の口、足を忍ばせて廊下を歩く、一人の男の姿があった。男の子の部屋へ向かっている。扉の前に来ると周囲を確認し、他に人が居ないことを見た。素早く扉を開けて中へ入り込む。部屋のランプを灯す。
疲れて眠っていた男の子は再び元気に泣き声を上げた。しかし母親の来る気配はない。明かりの中で男は短剣を取り出し抜く。研ぎ澄まされた刃が男の子を映している。
「悪く思わんでくれ。お前は居てはならぬ子」
泣く赤子。凶器がその柔らかな肌に当てられようとした時、男の子は泣くのをピタリとやめて左手を伸ばした。暗殺者は目を見開く。
「何ということだ!! こんなことが! こんなことがあろうか!!!」
* * *
男の子はまだ生きている。なぜ!? どうやって暗殺から逃れたのだろう。話は口伝てに広がった。
「その私生児は不思議な力で助かったんだとか」
「王の側室が生んだ、王の子ではない男児……自分を殺そうとした刃を素手で掴んだそうな!しかもケガ一つせずに」
「血の一滴も出なかったと聞く。本当に、そんなことも起こるものよのう!!」
彼を生んだ側室は、自分に王の御子ができないことを嘆き、神へ「願掛け」をして子を産んだ。人々は「天が授けた申し子」とウワサする。
「バカな!! 素手で、しかも赤ん坊が刃を掴んで離さなかったと!? ケガ一つせずに? そんなバカなっ!!!」
エルダイン王国の最高権力者ゾイル王は、大きな体をかがめて側近から事情を聞いた。その存在が知られてはならないはずの、王家の私生児。かねてより、そうした子の暗殺に反対していた妃は男児を憐れみ、彼女の権限で第6王子として王家へ迎え入れる。
こうして強運の子、アーネリアは、九死に一生を得て高い身分ある男子に育つのだった。
若きゾイル王は、不思議な力で難を逃れた男の子をまじまじと見て言った。
「赤子が短剣を、素手で……? 信じぬ! そんな話、あろうはずがない!!」
王はまた、臣下の者たちへ、その子がエルダイン王家へ加わることを認めるなと告げて回る。しかし妃のたっての願いであるとして、アーネリアは護られて育つのだった。
第6王子は学問も武芸も良くこなした。剣技の師範との稽古でキズだらけに成り、そのまま部屋へ戻って本を読むこともしばしば。なので彼の勉強道具や本には、血の跡がこびり付いているのが日常だった。
そんなアーネリアのことをゾイル王は毛嫌いして追い出そうとする。しかし慈悲深い妃は彼をかばう。王子も誰という訳ではなく、周囲の大人たちに礼儀正しく接したので、王の家臣は隠れてアーネリアを支持した。
「これは何と読むのですか? なるほど、ありがとうございます」
「おはようございます。朝の見回り、ご苦労様でした」
アーネリアとのこうしたやり取りを不快に思う者は居なかった。中でも王の腹心の部下は彼のことを気に入り、あちらこちらへ連れて回る。冬のある日、二人で香見山へ薬草取りに出かけた時のこと。
王の家来と13歳のアーネリア王子は、それぞれ自分の馬に乗り、城から5km離れた山まで連れ立った。二頭の馬は香見山を登り、岩場へ差し掛かる。慣れた場所であったが不注意が災いして家来は落馬した。
ウーン……ウーン……! ケガをして気を失い、うめく家来。自分だけ馬で城へ戻り、助けを呼ぼうかとも考えた王子であったが、獣が家来を襲わないとも限らない。そこで彼は、家来を見守りながら助けを呼ぶ方法を考える。
自分の馬の手綱を、根元で強く結び始める王子。谷から吹き上げる寒風に手がかじかむ。それでも何とか、解けないように固く結び終えると、彼は馬の尻を叩いて逃がした。
山を下って行く馬を確認する。今度は家来が乗って来た馬を座らせて二人の身を寄せ、暖を取った。家来は痛さのあまり、身をこわばらせてうめいている。アーネリア王子は、そうして城から助けがやって来るのをじっと耐えて待った。
* * *
アーネリア王子を連れた、ゾイル王の家来がなかなか戻らないところ、王子が乗っている馬だけが一頭、城へ帰り着く。不審に思う家臣たち。
「見よ、アーネリアさまの馬は手綱が根元で結ばれている」
「恐らくお二人に事故があったに違いない。この馬はそれを知らせるべく放たれたのであろう!」
山で遭難したと思われる二人を探すため、100人以上の者たちが馬で香見山へ出発する。木枯らしが冷たく、容赦なく吹く。
「この寒さでは、ご無事で居られるかどうか……!」
捜索隊はしかし、二人が無事に難をしのいでいるところに出くわす。見つけた時、アーネリア王子は家来のケガに手を当てて、二人揃って馬の温かな腹の上で眠っていたのである。
王子の機転により二人とも助かったという知らせは、城の内に留まらない程だった。アクシデントを乗り切り、王の腹心の男もケガだけで済んだ。ことここに至り、王はアーネリアを第6王子として認める。もうゾイル王の目を忍んで学ぶ必要のなくなったアーネリア王子は、その後も学問と武芸を上達させて行く。
一国の王が「武人」として先頭に立ち、戦いに明け暮れる時代にあって、ゾイル王の権力は絶対的なものだった。王の方針に意見する者は鞭打たれ、時代を批判する者はエルダインを追放され、逆らおうものならば処刑された。
第6王子であるアーネリアは幼い頃、王とはそういうものなのだろうと思っていた。恐ろしいゾイル王は自分にとって「お手本」なのだと。しかし成長するにつれ、彼は心の中で王のやり方に反発するように成る。
誰に教えられたという訳でもなくアーネリアは、
「王というものは、ああいうものではない。私が世界を平和へ導く!!」
と密かに口にする、たくましい青年へ育った。そんな王子を、ある者は<竜の子>ではと言葉にする。本人はそれを冗談だと受け止めて笑った。
張り詰めた空気の時代にあって、アーネリアは王に近い者たちから一目置かれ成長する。20歳の春に、忌まわしい出来事が彼を動かす時までは。