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 リンゴーンという鐘の音が夕刻を告げる。


「あら、もうこんな時間だわ。クリス様、フィン、戻りましょう?」


 侯爵邸の庭園から、小さな二人と手を繋いでお屋敷へ戻る。ここは王城近くの侯爵邸。

 と言っても母国のではない。わたしは今、隣国アルトレイア王国で、オルレアン侯爵家の嫡男であるクリス様の乳母として暮らしている。



 あれから、三年以上が経った。



 半年後に離婚を控えていたわたしは、避妊薬を飲むのをやめ、ラルフ様の子供を望んだ。

 残された半年での妊娠は賭けのようなものだった。わたしは、積極的にラルフ様を求めた。ラルフ様は細身だけれど、体力(この場合は精力かしら?)があってよかった。わたしは三か月後に子供を授ることができた。


 そして、結婚して三年が経ったあの日、ラルフ様への感謝と、本当に愛する人と幸せになってほしいという気持ちを綴った手紙を残して、シルヴァンディール伯爵家を後にした。


 その後、アルトレイア王国へとやってきた。身重の身体では働くことができないため、身勝手ながらラルフ様から贈られた宝石を慰謝料としていただいた。

 それを売って生活費にして、息子のフィニアスを出産した。


 フィニアスを出産して仕事を探したけれど、生まれたばかりの子供を抱えたわたしを雇ってくれるようなところはなく、もう幾つか宝石をいただいておけばよかった……と途方に暮れていた。


 そんなときに見つけたのが、オルレアン侯爵家の乳母募集だった。オルレアン侯爵家は、当主夫妻が突然の事故で亡くなってしまい。生まれたばかりの子供が残された。

 そのため、母乳の出の良い乳母を探していた。幸いにもわたしは母乳の出が良く採用となり、そのままクリス様のお世話係として働いている。


 二歳を迎えたフィニアスは、まるでラルフ様の縮小版だ。サラサラの黒髪と、ピジョンブラッドのような赤い瞳、そして何より、ラルフ様に瓜二つなのだ。


 金髪に青い瞳のクリス様と並んでいる姿は、色は違えど双子のようで、二人ともとても可愛い。



 オルレアン侯爵家は現在当主不在で、クリス様の叔父であるカイル・オルレアン様が、クリス様の養父となり当主代理を担っている。いずれカイル様が妻を迎えて実子が生まれたとしても、侯爵位を継ぐのはクリス様なのだという。


 カイル様は王国騎士団の副団長をしていて、わたしたち親子を気に掛けてくれる、とても心優しい方だ。


 同じ頃に生まれた二人を、どうせならと一緒に育てることを勧めてくれた。



 子供たちを寝かしつけた後、わたしはカイル様に呼ばれ、彼の執務室に向かった。


「カイル様、失礼します」

「ああ、掛けてくれ」


 入室しソファーに腰を降ろすと、カイル様は戸惑ったように言った。


「リア、君の夫は……、フィニアスの父親は亡くなったんだよな?」

「はい……」


 わたしは妊娠中に夫を亡くした未亡人ということになっている。そして、名を『リア』と名乗った。


「実は生きていて、騎士だったりしないか?」


 実は生きているけれど、騎士ではない。


「いいえ、財務を担当する文官でした」

「そうか……」


 カイル様はどこか納得していないような表情を浮かべていたけれど、わたしはそれ以上答えない。

 ボロが出るとまずいからだ。


 わたしの表情を見て察してくれたカイル様に下がるよう言われ、わたしは再びクリス様の私室に戻り、眠っているフィニアスを抱いて使用人部屋へと向かった。


 フィニアスをベッドに寝かせて、じっと顔を覗く。


 本当にラルフ様にそっくりだわ。


 ラルフ様は今頃、愛するユリアナ様を迎えられて、幸せに暮らしているだろう。

 子供がいてもおかしくないわね。

 ラルフ様、細身なのに体力(精力?)あるから。


「フィン、あなたには弟か妹がいるかもしれないわね。会うことはないけれど」


 眠る我が子に語り掛ける。


「あなたから父親を奪ってしまってごめんなさい」


 わたしはフィニアスの存在をラルフ様に告げることはしない。


「フィン、愛してるわ。父親の分まで愛情を注いで育てていくからね」




 ***




 家令のトーマス様からカイル様の忘れ物を届けるよう依頼され、小さな二人と手を繋いで、王城の騎士団本部へ向かっている。


 小さな二人は女性騎士たちに人気で、カイル様は頻繁に会わせてほしいと頼まれるようだ。

 騎士団本部に着き受付に申し出ると、騎士たちは訓練場にいるということだった。

 訓練場へは何度か来ているので案内は不要だと告げて、子供たちを連れてそちらへと足を運んだ。


 訓練場は通常より騎士の人数が多いようだ。見慣れない服の騎士も見られる。他国の騎士だろうか?


「こんにちは」

「「こにた」」


 わたしが声をかけると、小さな二人も真似をする。


「「「きゃぁぁぁ!!」」」


 小さな二人のかわいらしい口調は、女性騎士たちの母性本能を刺激し、訓練場には歓声が響いた。


「天使ちゃんたちが来たわ!!」

「抱っこしたい!」

「わたし!わたしが先よ!」


 小さな二人の周りに女性騎士たちが集まった。子供たちは女性騎士たちに可愛がられて楽しそうだ。


「やれやれ、休憩とするか……」

「カイル様、こちらを」


 状況を見て休憩を決めたカイル様に、頼まれた忘れ物を手渡すと、背後から視線を感じ、そちらを見た。視線の主は女性騎士の一人、セリーナ様だ。


 セリーナ様の目には見覚えがある。あの日、庭園でラルフ様とユリアナ様が抱き合っているのを見た後の、鏡に映った自分の目と同じだ。その目には嫉妬が滲んでいる。


 カイル様とセリーナ様はかつて婚約者同士だった。カイル様がオルレアン侯爵家の当主代理となり、クリス様を育てることになったため、セリーナ様の父親は二人の婚約を解消した。


 しかし、二人が今も互いに想いを寄せているのは、誰の目から見ても明らかだ。




 カイル様は子供たちの方へ視線を向けて、その様子を見つめている。わたしもそちらへ顔を向けて子供たちを見ていると、フィニアスが突然走り出した。


「フィン、駄目よ。止まって」


 わたしは慌てて後を追ったけれど、フィニアスはそこに立っていた筋骨隆々の騎士にぶつかってしまった。


「騎士様、息子が申し訳ありません」


 わたしがそう言って頭を下げるも、騎士からの返答はない。


 あれ……?


 わたしが頭をあげると、その騎士は、両膝をつけフィニアスを抱きしめて呻き声をあげた。


「申し訳ありません騎士様、どこか当たり所が悪かったですか!?」


 わたしがそう言うと、彼は憚りもなく泣き出して言った。


「我が子が父親にぶつかったとて、何の問題があろうか……!?」


 はい……?


「あ、あの、騎士様? その子はわたしの息子です」


 戸惑いながらそう言ったわたしは、信じられない衝撃を受けた。


「俺の子でもあるだろう? リア」


 その騎士はフィニアスを抱いて立ち上がった。

 彼の顔を見て、わたしは目を見張った。ラルフ様に似ている……。けれど、目の前の彼は、筋骨隆々だ。


「俺がわからないのか? リア」


 わかりません……。誰ですか……???


「君の夫の、ラルフ・シルヴァンディールだよ」


 夫……? 夫のラルフ・シルヴァンディール……?


「えぇぇーーーーーーっ!?」







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