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 翌朝、目覚めたときにはラルフ様は既にベッドにはいなかった。


 わたしはベッドから起き上がったけれど、身体のあちこちが痛む。


 ラルフ様、初心者にあれはキツすぎます!


 余程“リア”を愛しているのね。


 ベッドサイドのベルを鳴らしてメイドを呼び、身支度を整える。


「ラルフ様は本日休暇を取られておりましたが、緊急の事態に、急ぎ登城してしまいました」


 メイドは申し訳なさそうに言った。


「そうなんですね」


 ラルフ様は、財務官だ。忙しいのだろう。


「結婚したばかりの奥様を放っておくだなんて!」


 メイドの彼女は不満気な表情を浮かべている。


 使用人たちは事情を知っているのだろうか。庭園での様子では、少なくともラルフ様の侍従は事情を知っていたようだったけれど。


「わたくしは奥様付きのメイドのテレサと申します。よろしくお願いいたします」


 そう考えていると、彼女は名乗った。


「こちらこそ、短い間ですけどよろしくお願いします」

「はい……?」

「ごめんなさい。間違えました」


 どうやらわたしが“リア”の代わりであることは、全員が知っているわけではないようだ。






 帰宅したラルフ様を出迎えると、彼はすぐさまわたしを抱きしめて言った。


「すまないリア。財務大臣に呼ばれてしまって」

「いいえ。おかえりなさい、ラルフ様。お仕事お疲れ様でした」


 わたしがそう言うと、彼はじっとわたしを見つめた。


「リアにおかえりと言われるのはいいな」


 彼は嬉しそうにそう言った。その言葉に心はチクリとする。彼にはわたしがどのように見えているのだろう。


 彼が愛するユリアナ様は、ふわふわの金色の巻き髪とパッチリとした空色の瞳だ。茶髪に緑色の瞳のわたしとは似ても似つかない。

 せめて髪色くらい同じならよかったのに。



 晩餐室では、ラルフ様はわたしを膝の上に乗せようとするので、それは断った。

 それは“リア”とやってくれ。


「リア、不自由はない? 足りない物や、欲しい物はない? 必要な物は全てアダムに言ってくれ」

「ありがとうございます。ラルフ様」


 アダムというのはラルフ様の侍従で、庭園でラルフ様と話していた人物だ。彼はわたしが“リア”の代わりであることを承知しているのだろう。



 湯あみを終えて、ベッドに入る。今日はゆっくり寝たい……と思っていたら、ラルフ様がいらっしゃった。


 え……? 今日も? 新婚って、毎日致すものなの?


「リア……」


 ラルフ様が切なそうに言う。


 “リア”愛されているわね……。






 “リア”の代わりとなることを決めたのはわたしだけれど、精神的には辛いものがあった。

 ラルフ様が“リア”と呼ぶたび、心はチクリとする。


 ラルフ様の前には、ルリアナはいない。彼の目に映っているのは“リア”だ。


 けれど、わたしを通して“リア”を見ているラルフ様は、わたしを慈しむように、心から愛しているというように、大切にしてくれた。


 わたしはラルフ様を嫌いになることも、憎むこともできなかった。


 そうして一年、二年と、わたしは不自由なく過ごした。


 “リア”の代わりであることを心得ていたはずなのに、いつの間にかわたしは、ラルフ様を愛してしまっていた。




 ***




 王城の大広間は、夜会のために華やかに飾り付けられていた。天井から吊るされたシャンデリアがキラキラと輝き、その光が貴族たちの装飾品に反射して、さらにその輝きを増している。


「リア、踊ろう」


 ラルフ様はわたしをエスコートして大広間の中央へと歩いた。

 彼のダンスは流れるような動きで、わたしは自然と彼のリードに身を任せる。


「リア、綺麗だよ」


 ラルフ様がそう囁いた。それを聞いていた令嬢は「きゃぁ」と黄色い声をあげた。わたしたちはどこから見ても愛し合っている夫婦に見えるだろう。


 ダンスを終えると、ラルフ様は財務大臣に呼ばれていると言って、大広間を出て行った。わたしはワインを飲みながら、窓の外の庭園を見ていた。


「あら? ラルフ様?」


 わたしの目には、庭園の奥へ向かうラルフ様が映った。


 財務大臣に呼ばれたはずよね? なぜ庭園に?


 そう思ったわたしは、慌てて外に出てラルフ様を追った。


 庭園を進むと奥の方から男女の話し声が聞こえた。

 茂みの陰から覗くと、そこにはふわふわの金色の巻き髪の令嬢と抱き合うラルフ様がいた。


「もう少しの辛抱ですもの。わたくし、その日を心待ちにしていますわ」

「待たせてしまって申し訳ない。もう間もなくだ。もうすぐ、結婚できるよ」


 抱き合う二人はそう話していた。


 わたしは気付かれないように、そっとその場を去った。




 誰にも気づかれることなく会場に戻ったわたしは、震える手を握りしめて平静を装う。


 あれはユリアナ様だわ。


 知っていたのに、ラルフ様が愛しているのはユリアナ様で、わたしは彼女の代わりの“リア”に過ぎないのだと、わかっていたのに、その現実を目の当たりにしてわたしは動揺している。



「リア、気分が悪い? 顔色が良くない」


 その声にはっとした。いつの間にかラルフ様が大広間に戻ってきていた。

 ラルフ様はわたしを見て心配そうに言う。


「リア?」

「あ……ワインが……、口に合わなかっただけです。どこも悪くありません」

「そうか。そろそろ帰ろう」

「はい……」


 ラルフ様はそう言って、わたしの腰に手を添えた。その手の温もりは、わたしの心をさらに乱れさせた。ラルフ様はすぐ横にいるのに、彼はわたしにとって遠い存在なのだと実感した。



 シルヴァンディール伯爵家の別邸に帰り、湯あみを終え、ベッドに身を沈めた。

 見慣れた天井を見ながら思うのは、結婚してからのここでの暮らし。


 幸せだった。ラルフ様からの愛情は、“リア”に向けられたものだとわかっていても、それでもわたしは嬉しかった。


 シルヴァンディール伯爵家に嫁いで二年以上が過ぎている。わたしはもう少しでここを出て行かなければならない。


 わたしはいつからこんなに弱い人間になってしまったのかしら。

 離婚前提の結婚だとわかっていたのに、わたしはここを出て行きたくないと思ってしまっていた。


「ラルフ様とユリアナ様、二人はずっとお互いを想い合っていたのよね」


 邪魔者は潔く去ろう。


 わたしが決心したとき、寝室のドアが開いた。ラルフ様はベッドに腰掛けてわたしの顔を見下ろした。


「リア、もう寝ている?」

「いいえ。ラルフ様」


 わたしはそう答えて、ラルフ様に手を伸ばした。わたしが彼に抱かれるのもあと少し。そう思うと、彼を求めずにはいられなかった。


「リア、愛してる」

「わたしも愛しています。ラルフ様」







誤字報告ありがとうございました。

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