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 緑豊かな伯爵家の庭園。日差しを浴びて輝く薔薇のアーチが訪れる者を出迎える。その生垣の向こう——


「なぜ俺があんな女と結婚せねばならないのだ!!」


 ——で、ツヤっツヤの黒髪をかき乱しながら悪態をついているのは、先程までその美しいピジョンブラッドのような赤い瞳をわたしに向け、愛おしそうにわたしを見つめながら、ともにお茶会を楽しんでいた、わたしの三つ年上の婚約者である、このシルヴァンディール伯爵家の嫡男、ラルフ様ご本人で間違いないのだろうか。



 彼はテーブルに片手を突け、もう片方の手で自身の顔を隠し、切なそうに言った。


「あの馬鹿が間違えたりするから、俺は三年も我慢を……! リア……」


 彼の言葉に対し、彼の侍従は、わたしが焼いたクッキーを片付けながら言った。


「今更言っても仕方ありませんでしょう」



 『間違えた』、 『三年も我慢』、 『リア』、 なるほど……。そういうことだったのか。




 ***




 我がエステリオス王国には、似た名前の四人の貴族令嬢がいる。



 アリアナ・ヴィシトゥール公爵令嬢(十八)

 マリアナ・エルムステッド侯爵令嬢(十八)

 ユリアナ・ファーク子爵令嬢(十八)

 そして、わたし、ルリアナ・フォース子爵令嬢(十八)だ。



 お気づきだろうか。皆、十八歳というところではない。



 ユリアナ・ファーク子爵令嬢(十八)

 ルリアナ・フォース子爵令嬢(十八)



 そう、ユリアナ様と、わたしルリアナは、名前どころか家名までもが似ているのだ。

 その上、家の爵位も同じ子爵。とはいえあちらはお金持ち。吹けば……いや、吹かなくても飛ぶような我が家とは比べ物にならないのだが。



 ラルフ様は「リア」と言っていた。

 リアという愛称は、四人の令嬢誰にでも当てはまる。


 しかし……。


 アリアナ様は、先日王太子殿下との婚約が発表された。

 マリアナ様は、従兄弟である公爵子息と婚約していて、仲睦まじいと評判だ。

 ユリアナ様には婚約者はいなかったはずだ。


 ラルフ様は「あの馬鹿が間違えたりするから」とも言っていた。


 以上の事から考えて、間違いない!


 シルヴァンディール伯爵家は、ファーク子爵家への求婚状を、誤ってフォース子爵家へと届けてしまったのだ。


「間違えておきながら、あんな女だなんて、ひどい言い様だわ」


 わたしは少し憤りを感じた。


「間違えたなら間違えたと言ってくれたら良かったのに……って言えるわけないか」


 求婚状の誤配など、それこそ家の恥。

 名門シルヴァンディール伯爵家がそんな間違いをおかすなんて誰も思わないだろう。


 それは我が家も同じだ。我が家は、シルヴァンディール伯爵家からの求婚に、当主であるお兄様を始め少ない使用人に至るまで、家中が浮かれていた。


「お兄様が真実を知ったら、きっと悲しむわね」


 わたしの両親は幼い頃に事故で亡くなった。そのため、お兄様が親代わりとなって、わたしを育ててくれたのだ。

 お兄様は三年前に結婚し、お義姉様とともに、日々、領地のために奮闘している。


 三年…………。


 ラルフ様は「三年も我慢」とも言っていた。


 我が国では、結婚してから三年経過するまで離婚はできない。

 ラルフ様はこのままわたしと結婚して、三年後に離婚するつもりなのだろう。


「離婚前提の結婚か……」


 結婚なんて諦めていたから、短い間だけでも結婚できてラッキーと思うべきなのかしら。


「それにしても凄いわラルフ様。役者並みの演技力だわ」


 本当に愛されていると思ってしまったもの。




「お嬢様〜、ハンカチありました〜?」


 そんなことを考えながら、トボトボとシルヴァンディール伯爵家の馬車寄せに向かっていたわたしに、我が家のメイドであるサラの声が掛かった。


 そうだった。忘れたハンカチを取りに戻ったんだった。


「面倒になって途中で引き返してきちゃった」


 わたしは、気を取り直して笑顔で言った。


「もう~、お嬢様ってば〜。だからわたしが行くって言ったじゃないですか〜」


 サラは侍女ではなく平民のメイドだ。貧乏子爵家の我が家では、侍女など雇う事はできないため、外出の際はメイドであるサラが付き添ってくれる。


「そうね。今度はサラに頼むわ。さぁ帰りましょう」


 明日はわたしたちの結婚式。わたしは最悪のタイミングで真実を知ってしまったのである。




 ***




 聖堂には歴史を感じさせる重厚な空気が漂い、ステンドグラスから差し込む光が、色とりどりの模様を床に映し出している。

 祭壇の前に立つと、神父様が神聖なる声で言葉を紡ぎ始める。


「神の前に新たな絆を結ぶこのとき、あなたは永遠の愛を誓いますか?」


 ラルフ様は、一瞬だけわたしを見た。その赤い瞳には、複雑な感情が渦巻いているように見えた。


「はい、誓います。彼女を愛し、慈しむことを」


 神父様は続ける。


「神の前に新たな絆を結ぶこのとき、あなたは永遠の愛を誓いますか?」


 ここで真実を明かし、この場を去るべきか。いや……、無理! そんなのは物語の中だけの出来事だ。


「はい……、誓います……。彼を愛し、慈しむことを……」


 神父様は微笑み、祝福の言葉を述べる。


「神の祝福のもと、二人を夫婦として結びつけましょう」


 ラルフ様がレースのベールを上げる。そこにはわたしを見つめる優しい笑顔があった。





 式が終わり、わたしはシルヴァンディール伯爵家の別邸にある夫婦の寝室のベッドに腰掛けて、ラルフ様を待っている。


 シルヴァンディール伯爵家のメイドたちの手によって、わたしは全身を磨かれたけれど、ラルフ様はいらっしゃるのだろうか。

 ラルフ様が愛しているのは、ユリアナ様だ。

 三年後に離婚するとして、その間に夫婦の営みはあるのかしら?


 わたしがそう考えていると、ガチャッという音と共に、ラルフ様がいらっしゃった。


「……遅くなって、すまない」


 ラルフ様は赤い顔をしてそう言った。だいぶお酒を飲んでいる様子だ。そうよね。愛してもいない女と結婚してしまったんだもの。酔いたいわよね。


「いいえ」


 わたしがそう答えると、ラルフ様はわたしの横に腰掛け、意を決したように息を吸い込んだ。

 真実を話すのだろうか。物語みたいに『君を愛する気はない』、もしくは『私が愛しているのは君ではない』とか?


「君を……」


 当たってしまった。


「リアと呼んでもいいだろうか……」


 と思ったら違った。


 けれど、その言葉はそれ以上にわたしの心を曇らせた。ラルフ様はわたしを、ユリアナ様の……、リアの代わりにするつもりなのだ。


「もちろんです。お好きなように呼んでください」


 わたしはそう答えるしかなかった。


「リア……」


 ラルフ様は愛おしそうにその名を呼び、わたしをベッドに押し倒した。

 彼の唇がわたしのそれと重なる。


 そのキスは、わたしに向けられたものではないけれど、とても優しいキスだった。


 三年間、ラルフ様の“リア”の代わりとなることを決めた瞬間だった。







誤字報告ありがとうございました。

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