ふくがん【怪奇譚】
古いポスターって薄気味悪いですよね。
怖い、ものがありまして。
いや、お化けがヒュードロとかそういう怖さじゃないんです。どう言ったらいいかなぁ道の真ん中で木から落ちた毛虫がうぞうぞ動いてるのを見ちゃった気味悪さとかが近いのかもしれません。
毛虫、気持ち悪いですよね。青虫も嫌です、なんか色もそうですけど柔らかいのが見るからに分かって、足なんだか突起なんだか分からないものをうごうご蠢かせて。間違って潰してしまったら、と考えるだけで怖気が立ちます。
あ、いえ、毛虫の話ではなくて。
顔、なんです。ええ、人間の顔。人間の顔って、無表情だと怖く感じませんか?私だけかな、笑ってたり、怒ってたり、何らかの動きがあると怖くないんですよ。
でも無表情は、動きがないのは、少し、気味が悪い。
はあ、奥様が無表情の時は何か叱られる直前だから怖い?ああ、それもまあ怖いですよね。でも、気味が悪い、とは思わないんじゃないですか。あなたのそれは叱られる恐怖であって、背中が寒くなるような、居心地の悪い気味悪さではないでしょう。
私の場合は、そう、居心地の悪い、その場にいたくないような不安を基にした気味悪さなんです。叱られる、ってのは嫌なもんでしょう。自分が悪いと分かってても、正論を言われれば言い訳もしたくなるし反発心も起こる。落ち込むし、気分も悪い。
けれど、私の場合は何も起きないんですよ。ただ不安だけがある。
私が、顔が怖いと思い始めたきっかけは、通勤時のことでした。
職場の最寄り駅は地下鉄でして、色んな路線が乗り入れているハブ駅なんです。それでまた駅も広いものですから下手に乗り換えするよりも、地下道を一駅歩いた方が時間も短縮できるんですよ。えっとすいません、わかりにくいですよね。
つまり、本来の最寄り駅はA駅なんだけど、電車を乗り換えないで、B駅で降りて地下道からA駅に向かうと、料金も時間も短縮されるわけです。そうです、名前の違う駅が地下道で蜘蛛の巣みたいに繋がっていて、そこを歩いていくんです。
地下道は人通りも多く、窓口もありますから明るい印象です。青いタイルの壁が長くまっすぐ続いていて、そこには広告のポスターが綺麗に貼られてはまた季節ごとに入れ替わります。桜の時期は花見、夏は潮干狩り、秋は食い倒れ、冬はスキー。つまりは電車に乗って遠出をしよう、という広告ですね。
他にも、美術館や博物館の特別展示のお知らせ、化粧品やシャンプーの大々的な広告、びっくりするようなのになると推しというんでしょうか、その推しの誕生日を祝う広告なんかを個人で出しているものまであったりして。
まあよく入れ替わってるので歩く度に楽しかったりもするんです。
ところが、入れ替わらないものもあるんですよ。
指名手配犯の情報提供を依頼するポスター。
行方不明者を探すポスター。
拉致被害者のもずっとありますね。
あと、行旅死亡人の手掛かりを求めているポスター。
これらは、ずーっと変わらない。貼られたまま、ずっとそこにあるんです。貼りかえられてる形跡もないから、同じものがそこにあるんでしょうね。
ある時、その中の一枚がやけに気になったんです。
大きな川の土手で亡くなっていた女性の情報を求めるポスターでした。彼女が見つかっただろう川周辺の写真と、彼女の顔が載っていました。
正確には、復顔した彼女の顔です。
彼女は身元が分かる持ち物もなく、年齢も曖昧なようでした。恐らく20代から30代ではないかとありましたが、彼女の個人情報が分かるわけではないので無意味でしょう。
遺体から、こんな顔だったに違いない、と作り上げられた女性は、メイクをした正面、していない正面、左横顔が載せられています。
彼女の死因は特に記載されていませんでしたが、土手で見つかるくらいです、きっと状態は良くなかったに違いない。
復顔された女性の顔は、なんだかのっぺりとしていて出来の悪い人形のようでした。マネキンでももうちょっと人っぽく思うでしょ。それが、遺体の骨格を基にしているだろうに、人間的な感じがないんですよ。
彼女は、やや面長で頬骨が僅かに高く目は垂れ目のようでした。人中から顎先までが長く見えます。眉毛は細く描かれています。
特段美人でも不美人でもなく、十人並みの顔だと思いました。
おまけにメイクをした顔は酷く厚塗りで、かえって不美人寄りになっていました。
最初は、特に何も感じなかった、ような気がします。ただ、毎日毎日通勤でこれが目に入るのです。じっと見ているわけではないですが、横目に見えるでしょう、歩いていると。
今日もある、まだ見つかっていないのか、そんなに見つからないものなのか、と思考の隅で意識してしまう。数年間、私の知る限りではポスターは貼られたままでした。
特に近寄ってまじまじと見たりはしません、通りすがりに本当、ちらりと気にするくらいです。でも、それが数年間続くと気になって気になって仕方なくなるのです。
彼女はどこも見ていない目で、ぼんやりと写真に写っています。肌なんて、粘土か何かで作ったせいか艶がなくてケバケバして見えるし。
そのうち、それを見かける度に嫌悪感というか、気味が悪く感じ始めました。ただの人形の頭みたいなものがどうしてか気色が悪い。見ようと思わないのに、地下道を通る時つい目をやってしまう。
無表情の彼女の顔を見てしまう。
さっき、無表情の顔は気味が悪いと言ったでしょう。これなんですよ。
これがただの人形の写真なら、まあそこまで気味悪く思わなかったかもしれない。そもそも人形自体ちょっとした気味悪さを感じるものではありますが。でも人形ってデフォルメされてるものですし。
ああ、蝋人形。あれは精巧ですよね。ハリウッドスターや有名人が生き写しで再現されているんですから。レベルが高いです。一種畏怖の感情もあります。そうそう蝋人形館とかありましたよね。故人も現役の有名人も関係なく、展示されていましたよねえ。
夜中に見たらぎょっとするかもしれませんが、怖くはないですね。蝋人形は綺麗な感じがします。気味悪い、と思うにはシチュエーションが揃わないと難しいと思います。例えば、真夜中の蝋人形館に一人きりで閉じ込められた、とか。
これは相当怖いでしょう。
蝋人形だと思ってたら人だった、も怖いですね。
ただねえ。
彼女は、ポスターの女は、何にもなくってもうすっ気味悪いんですよ。
そこに貼ってあるだけで。
ぼんやりと虚空を見つめているだけで。
蝋人形のような精巧さのない、不細工な造形で。
多分ね、私思うんですよ。
彼女が、死んでいると、死体だと知っているから気味が悪いんだと。
死体をそのまま加工して写している訳じゃない、そんなことは重々承知しています。でも誰かわからない、身元不明の女の手がかりとして死体の骨を基にして、復顔しているわけでしょう?
誰も知らない、ただ死んでいるとしかわからない女が無表情でいるんです。何も訴えるわけじゃなく、呆然と「ある」んです。
気味が悪い。気味が悪いだけ、なんです。
復顔がどれだけ本人に似ているかなんて、素人の、ましてや通りすがりの私にはわからないんですよね。答え合わせがされないし、されたとしても私が知る術もない。
それでね、あんまりにも薄気味悪いのでいっそのことしっかり見てやると思って立ち止まってしっかりポスターを眺めたんです。
幽霊の正体見たり枯れ尾花と言うじゃないですか。いわば知らないから気持ち悪く感じるのであって、ある程度情報があれば気味悪さが軽減するかと思ったんですよ。
初めて、彼女の目の前に立ってじっくりとポスターを見ました。
身に着けていたものの情報は当然なく、自殺か他殺どころか詳しい死因もわからない。考えていた以上に得られる情報はなかった。がっかりを通り越して、愕然としました。彼女が一体何者なのか、その遺体にしか情報はないのです。そしてDNAや歯科治療痕、そういったことも空振りだったのだろうと推察されました。
そして何より嫌な気持ちになったのが、彼女が見つかったのが16年前だという事実でした。
ポスターは16年の間、壁に貼りっぱなしになっていたのです。屋内だからか劣化も少ないので気づかなかったのでしょうが、よく見ればポスターの端が僅かに褪色していました。
結局私は、彼女が16年以上も前に死んでいた女だということしかわからなかったのです。徒労でした。なんだか背中に重たい疲労を突然に感じた気がしました。
復顔された彼女は、一体全体誰なんでしょう?そして、彼女を心配したり、気に掛けるような人は本当にいないのでしょうか。
そんな、遺体があって、死んでから初めてその人が生きていた、存在していたと分かるようなことって辛くありませんか。気味が悪くて、ぞっとする思いです。孤独死だなんだと言いますが、彼らは家で死んだから辛うじて身元が分かったようなもので、もし手ぶらで道の真ん中で死にでもしたら彼女みたいにどこの誰かもわからない、死んだことで生きていたことが証明されるような人間になってしまうんじゃないですか。
怖いです。気味が悪いです。あの無表情な顔が怖いです。
彼女の人生の裏付けがないことが、怖いです。
どんな人物だったか、どうして死なねばならなかったのか、それすらわからず、薄気味の悪い無表情を地下道で晒し続けていることが気持ち悪くて仕方ない。
自分も、何かの拍子にあの無表情の仲間入りをするかもしれない。
死んだことで存在が証明されるって怖くないですか?
ええ、そうですね、奥様やお子さんとコミュニケーションは取っておくのがいいですね。
それでも何が起きるかわからないのが人生です。
彼女はね、まだ地下道で無表情でそこにいます。
私は、もうできるだけ彼女を見ないように通り過ぎます。
怖いですから。
彼女は今もそこにいます。