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第04話「秘密結社の秘密基地」

 悪の秘密結社∀NE。特区-001内でも有数のヴィラン勢力であり、高度な生体科学技術を有する。その首領は特区内最強の超能力者という話だが、滅多に表舞台には出てこない。その代わり、ヒーローとのバトルで華々しく活躍しているのが女幹部、鉄血将軍オルディーネだ。


「折手さんは、オルディーネさんとも面識があるんですか?」

「え゛っ」


 なんの因果かよく分からないまま、僕はそんな悪の秘密結社∀NEへとスカウトされた。声を掛けてくれたのは、∀NEのスカウト部門に所属するという美人のお姉さん、折手寧々さんだ。

 詳しいことは本部で、と言われてそこへ向かう道すがら、彼女に尋ねてみる。折手さんは奇妙な声を漏らした後、ぎこちない動きで振り返って笑みを浮かべる。


「ま、まあちょっとはね……」

「そうですか。やっぱり∀NEくらい大きい組織の幹部となると、なかなか会えないんですかね」

「ど、どうだろ。ははは……。その、和毛くんはオルディーネに会いたいの?」


 折手さんに聞かれて、首を傾げる。そういえば、どうして僕は鉄血将軍オルディーネにここまで興味を抱いているのだろうか。

 たしかに彼女は有名人だ。∀NEはよくセブンレインボーズや他のヒーロー陣営とバトルを繰り広げていて、その映像は特区外にも放送される。僕はヒーローバトルを見るのも好きだった。けれど、殊更にオルディーネに興味を抱く理由がぱっと思いつかない。


「なんでだろう……。よく分からないんですけど、彼女のことが頭から離れなくて」

「へ、へー。そうなんだー」


 全く接点はないはずなんだけど、不思議なものだ。今朝ニュースで彼女の姿を見て、その直後に彼女と同じ銀髪をした折手さんと出会ったからだろうか。

 彼女の銀髪も特区外で見るとちょっと驚くものだけれど、超能力者が大半を占めるこの町では珍しくない。どういう理由か、超能力者は銀髪や金髪、さらに桃色や青色といったカラフルな髪色になることがあるらしい。その派手な姿も、バトル中継では見栄えが良いと人気を呼ぶ要因になっている。


「オルディーネのこと、好きだったりする?」

「そうですね」

「っ!」


 別に折手さんが∀NEの人だから、という訳でもなく、率直な思いで僕は頷く。バトルにおいて超能力者はヒーローとヴィランに大別される。とはいえ、両者は共に機関の管理下にある正当な組織であり、ヴィランも犯罪者というわけではない。強いて言うならば、プロレスにおけるヒールとベビーフェイスのような関係で、興行を意識した対立という面が大きい。

 実際、∀NEは生物化学系の大手でもあるからね。

 だから、オルディーネもヴィランとしてではなく、華麗に戦う超能力者の一人として憧れの念を抱いている。大勢の改造バイオロイドを指揮して、ヒーローたちに果敢に挑む姿はセクシーなラバースーツで隠しきれないかっこよさがある。


「毎年のヴィラン総選挙でもオルディーネさんに投票してるんですよ」

「そっかぁ」


 胸を張って答えると、折手さんはまるで自分のことのように照れている。やはり∀NEの看板ヴィランの存在感は強いのだろう。


「それじゃあ、オルディーネに会えるといいわね」

「あはは。いざ対面したら、緊張して何も話せなくなるかもしれません」


 そんなことを話しているうちに、折手さんはだんだんとひとけのない路地裏へと入っていく。特区は自律制御の清掃ロボットなんかが働いていて、景観はどこも綺麗に整えられているはずだけれど、ビルの隙間は薄暗くて少し圧迫感がある。∀NEの本部に案内すると折手さんは言っていたけれど、こんなところにそんなものがあるような気がしない。

 もしかして、と少し疑い始めたその時、折手さんが立ち止まる。


「あの……」

「ごめんなさい。ちょっと驚かせちゃうわね」


 僕の不安を察したようで、折手さんはにこりと笑う。そして、なんの変哲もないビルの裏側にある、メーターボックスをおもむろに開いた。そこには数字の並んだコンソールが置かれていて、折手さんの細い指が軽やかに踊る。

 すると、突然目の前の壁に四角い線が走った。


「うわっ!?」


 僕の目の前で壁が凹み、横へスライドする。奥に現れたのは、小さな部屋だ。


「狭くてごめんね。一応、∀NEは秘密結社だから」

「えっ? えっ!?」


 ぐい、と背中を押されてその部屋に押し込まれる。僕と折手さんが入れば、すぐにいっぱいになってしまうほどの小さな部屋だ。彼女の体が密着し、その体温まで伝わってくる。


「お、折手さん!?」

「すぐ着くから、待ってて」


 扉が閉まると同時に、微かに部屋が揺れる。それと同時にディスプレイに表示された数字が動き、それでようやく僕は、自分がエレベーターに乗っていることに気が付いた。


「秘密結社と言うだけあって、本部も秘密基地化しているの。特区中にこういう秘密の連絡通路があって、認証をクリアしないと辿り着けないようになってるわ」

「もしかして、他のヴィランの組織も……?」

「ヴィランもヒーローもおんなじよ。どうしても機密性が高い情報を多く扱うし、こういうところはどこもしっかりしてるわ。拠点が知られると、敵に襲撃される可能性もあるし」

「そんなことが……」


 僕の肩に手を乗せたまま、折手さんがヒーローとヴィランの内情を語ってくれる。よく考えれば、納得もできる。彼らは超能力者の集団であり、それを支援する組織は超能力の研究を絶え間なく続けている。それが外部に漏洩したら、弱点にもなり得る。

 だからこうして、本拠地の場所も巧妙に隠しているらしい。ヒーローとヴィランの争いが、案外容赦のないものだ。


「全部の組織の所在地を知ってるのは、S.T.A.G.Eくらいでしょうね」

「S.T.A.G.Eって……」

「国際的な超能力者保護管理機関。特区の設立と運営を一手に担う、この町の親玉よ」


 超能力者が出現すると同時に設立された、超能力者による超能力者のための管理機関。それがS.T.A.G.Eだ。各国政府に働きかけ、世界各地にこの特区を設立した。けれど、その全容を知る者はごく一握りに限られるという。謎めいた組織だ。

 ヒーローもヴィランも、特区で生活する全ての超能力者たちは、この機関の管理下にある。


「∀NEで働いてたら、あそこと関わることも多いわ。バトルの申請なんかもあそこにしないといけないし、戦闘区域の設定と避難誘導なんかはS.T.A.G.Eの主導でされてるし」

「そうだったんですか……」


 一般人からすると、S.T.A.G.Eはほとんど表舞台には出てこない黒子のような存在だ。だからこそ裏で世界を牛耳っているといった陰謀論めいた噂もまことしやかに語られているのだが。


「ああ、でも恭太郎は医療生物工学科に行くのかな。そうしたら、ほとんど接点もないだろうけど」

「えっ。僕の専攻もご存じなんですか?」

「あっ」


 折手さんに、僕が医学部の研究室に居たことは話していないはずだ。だから驚いて振り返ると、彼女はしまったと言いたげな顔をする。


「わ、私くらいのスカウトマンになると、身なりから大体の出自は分かるのよ!」

「すごい……。流石は秘密結社で働いているだけありますね」

「ふ、ふふふ」


 なんという観察眼だろうか。僕は身包み剥がされて隅々まで観察されたかのような錯覚を覚える。折手さんはただの平社員だと言ってたけれど、実際は人事部の偉い人だったりするのかもしれない。

 人間観察の極意でもあるのかと尋ねようとしたその時、ちょうどエレベーターが止まる。かなり長い間移動していたけれど、いったいどれくらい深くまで潜っているんだろう。


「到着ね。歓迎するわ、和毛恭太郎くん。悪の秘密結社∀NEへようこそ」


 開いたドアの向こうに広がるのは、驚くほど開放感のある空間だ。いくつものエレベーターがずらりと並んだホールで、カウンターには全く同じ顔をした美人のお姉さんが三人座っている。そして、白衣を着た研究者らしい人や、物々しい姿の改造バイオロイドが右へ左へと歩いていた。


「ここが、∀NE……」


 初めて目にする秘密基地。悪の秘密結社の拠点という割には、意外とシンプルな内装だ。全体的には白を基調とした洗練されたデザインで統一されていて、随所に∀NEの赤いロゴマークが掲げられている。

 印象としては、バイオ系の研究所と言う形容がしっくりとくる。

 折手さんがエレベーターから降り、僕の手を引く。


「それじゃあまずは、後方支援部の医療生物工学科に行きましょうか」


 僕は彼女に導かれるまま、地中深くの秘密基地へ踏み込んだ。

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