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神隠し  作者: 霧雨 葵
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冬の日②

 冬の凍てつく寒さが着物の隙間から入ってくる。肌が霜焼けになりジンジンと痛い。揺れる神輿の上では体勢を崩すことが許されず、正座のまま冷たい空気を真正面から受けねばならなかった。本当であればいますぐにでも体を抱えて寒さを凌ぎたい。孤児である自分には暖をとれる着物も、暖かな食事をとることも許されない。

 生贄を乗せた神輿は杉林の参道を進んでいく。もうすぐで最奥の三の鳥居に着きそうだ。男児は此岸との別れをとうとう覚悟した。生まれながらに両親のいなかった男児を大切にする者など村にはいない。村の生贄も男児ですぐに決まった。あの村以外帰る場所もなければ、逃出すこともできず、この日まで村長の納屋で大人しく過ごしていた。

 死ねば顔も知らぬ両親に会えるだろうか。自身に名前をつけることもなく、先の戦で死んでいった両親を思う。

 「悪く思わないでくれ。これも全て村のためなんだ。お前のお陰でこの村は救われる。光栄なことじゃないか」

 村長の息子が神輿の下から声をかけてきた。この息子は村中の女たちから慕われる好青年で、孤児である男児に比較的、食べ物を分けてくれていた。決して大切にはしてくれなかったが、これから村を背負っていくだけの器はある男だ。

 「はい」

 吐く息が白く煙る。もう三の鳥居は目の前である。社の前には川魚や猪肉、おむすび、酒樽が置いてあり、あとは神輿に乗っている自分が捧げられることで全ての品が揃うようになっていた。

 一面銀世界の境内に神輿がゆっくり降ろされる。男児は神輿に座ったまま、竜の髭を使って作られた髪飾りを身につけた。

 やがて神輿を担いできた村人が去り、辺りは木々のざわめきや森に住まう者たちの蠢く音しかなくなった。

 「なんて静かで美しい世界なんだろう。父さんと母さんに会う旅に出るにはうってつけじゃないか」

 男児は感覚のなくなった指先を擦り合わせながらいった。身体はすでに芯まで冷えている。これから段々と指先以外も感覚がなくなっていくだろう。もう寒いのかさえわからなくなってきている。

 村に伝わる古い童歌を口ずさむ。なんだか心がとても晴れやかで、口がうまく回らなくなり不恰好な歌になっても楽しくてしかたがなかった。そうしていると、なんだか心から温まったような気がして眠くなってきた。村人たちからは正座で座っていろと言われたが眠気に抗えそうにない。

 雪の絨毯で寝っ転がって見る朱色の社はとても映えていて綺麗だ。天に手を伸ばす。また雪が降り始めたようでちらちらと雪の結晶が舞い落ちる。最後に見た景色はまるで桃源郷のようだった。


 その日、山神の森では厳正な評議会が行われていた。参加はミズチに妖狐、化け狸に山犬、さとりや山姥、一つ目小僧など百鬼まではいかなくともそれなりの数の妖怪が集まっている。化け提灯を空中に浮かべて暗い杉林を照らし雪を周りに寄せた議会場には妖怪がぎゅうぎゅう詰めになっていた。

 「厳粛に。今日、とうとう生贄が来る日となりました。山神様はこの人間の行動には困り果てています。意見があれば代表者は言って下さい」

 視界の妖狐は吊り目を下げて言った。

 「意見も何も我らは生贄を欲してはいない。不作なのも山神様の力ではどうにもできんほどこの土地が枯れてしまったからじゃ。この土地が枯れたのも人間たちが勝手に地脈の上に飾り石なんぞを置くからじゃ。あの村長の庭の石さえどかしてしまえば治るものを勘違いしおって。生贄をさっさと連れて庭石を動こせばよいのじゃ」

 古狸は腕を組む。

 今年の不作や大雪は村長が新しく置いた庭石が原因で、地脈をせき止めてしまっているのだ。それさえ別の所におけば解決できるが、山神様も庭石のせいで弱てしまい誰も庭石を動かすことができないまま一年が過ぎようとしている。

 「生贄は孤児の男児だと聞いた。とんだ厄介払いで私たちに押し付けるつもりだ」

 ミズチ一族はどうにかならないかと二つに割れた舌をちらつかせながら唸っている。

 そうこうしているうちに神輿が社に着く刻限が迫ってきている。妖怪たちは結局、生贄をどうするのか、庭石をどう動かすのか考え出すことができなかった。

 「とにかく、生贄をそのままにしておいたら死んでしまわないか。そうなったら目覚めが悪い」

 山犬が忙しなくぐるぐると回る。

 妖怪たちには悩んでいる暇はなかった。

 「その生贄とやらを、とりあえずはここへ連れて来よう」

 妖怪の中の誰かが言った。それを聞いた他の妖怪もその他にできることはないだろうと、自分たちの所へ生贄の人間を連れてくることにした。

 「それなら人間に化けられる私と山犬で迎えに行ってくる」

 ミズチが手を挙げると、妖怪たちは頼んだと声を揃えた。

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