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8話 英国面と賭博

 今のままではよくないので事業を拡大した方がいいと思う。

 ジョナサンさんにそう言うと彼も頷いた。

 何がよくないかって客がロビーに何もせずにたくさん集まっているのである。行列ができてないだけで良しとするには少し、いや、かなり危うい。

 豆とお酒だけで娼婦との時間を買いに来た男たちを満足させるなんて限界がある。待ってる時間だってあるわけで、最近はここらであふれる木の板を切って番号を刻んではそれを配ってて。銀行じゃないんだから…。うちは娼婦たちが下に降りてくることがなくて、部屋で待っていることでお預けを食らってる男たちの心境は私が男じゃなくてもあまりいい気分じゃないのは見ていればわかる。

案の定何回か乱闘が起ころうとした時があって、その時は私も含めてここにいる従業員のみんなで何とか出来た。だけどいつまでもこれが続いたらいつかはまた何らかの形で爆発するのは間違いない、それも定期的に。

 じゃあどうするか。

 それで事業拡大の話になったのである。

 具体的にどうするかなんだけど。

 賭場を開く。

 酒場は喧嘩が起きやすいだけではなく、ここに住む女の子たちが暴力にさらされることになるので却下。ジョナサンさんも酒場はないと同意していた。

 なので健全に行った方がトラブルの確率を減らせるんじゃないかって、そりゃそうだけど。

 仮にも娼館である。仮にもというか、正真正銘の娼館だけど。

 じゃあ詩の朗読会とかでもする?

 娼婦さんたちのために詩を書いてみんなで読みあってほめあうとか。

 実現したら微笑ましいことこの上ないと思うけど、ここは不思議な国のアリスじゃなく奇想天外な英国である。なのでどこまでも英国面に陥るしかない。

 例えばこの時代の賭博は、貴族の場合、決められた時間にどれだけの犬が、猫ではない、犬が、ネズミをかみ殺すのかをかけるものとか、犬がアヒルを捕まえて殺すまでの時間を予測するものとか、殺伐とした物が多い。

 犬が。

 殺伐。犬に恨みでもあるのか。犬は狩る側ではあるけど…。やたらと犬の殺意が高い。

 下層民、労働者は素手でやるボクシングでの賭けが主に行われ、血だまりが広がるまで殴りあって、死ぬこともざらにある。

 カードゲームやサイコロを使うものだと掛け金が限界を知らずに増えて借金まみれになるなどのことが起きてしまう。

 そこまでのお金をここで管理するのもまたそう簡単なものではないし。それはまさにカジノで、こんな中間管理職の人たちが利用する娼館でやったら大変なことになることは想像に難くない。

じゃあ何をするのかって、ピンを立ててボールを投げて倒す室内でもできるボウリングと似たスポーツがある。

 ボウリングよりはずっと小さいボールとピンを使ってて、規則は似たようなもの。

 中産階級なら覚えがあるかもしれない。

 ここは平和なボウリングもどきで行こう、ということで。血の気の多さと同時にメルヘンチックで平和な世界観も共存しているのはイギリスという国が持つ個性的な特徴の一つである。

なのでこれもまた英国面と言える。

 ピンとボールは製作発注した。鉛のコーティングはしないでほしいと頼んでおくことは忘れない。

 ボールの大きさは成人男性が片手で包むように捕まることができるくらい。

 ピンの高さは20センチほど。

 レールは大工さんたちを雇って作った。さすがの私でもそんな大がかりな作業は難しい。

倒せるピンの数を当てるルール。投げる人が0にかけるのはできない。

これが結構受けた。

 動く金はそこまで多くなかったけど、もちろん、こっちにも取り分はあるので収入はまた増える。ピンとボールが壊れたら買い替えも必要なので、ただで遊ぶことなんて無理な話である。

しかし予想外のことが起きてしまった。私が狙っていたのは収入を増やして客たちが待っている間でも楽しめるようにすることだった。

 ここに来る人たちは血の気の多い下層民ではないし、喧嘩が起きても防げるほどの従業員たちが、私も含めて、いるわけで。

 つまり安全なのだ。

 一か月ほど経つと娼館はそっちのけに、明らかに娼館目当てじゃない見目のいい若い男性やボウリングもどきをするために来る女性まで現れ始めた。

 待っている間に暇つぶしにと作ったつもりだったんだけど。

うちの娼婦さんたちも昼間はこれで遊び始め、客を取る時間になってもおりてきてボウリングもどき…、いや、もうもどきというのはやめよう、ボウリングをしている子もいて。

客たちも大盛り上がりで、みんなして楽しんでいた。

 ボウリング場じゃないからね。ボウリング目的で来た人を追い出したりはしないけど…。

 どうしてこうなったし。

 だけど、そう。

 初めてかもしれない。

 最初は辛気臭い娼館で生まれてどうなることかと涙したこともあった。華やかな大英帝国の闇は思ったより深く、それに飲み込まれそうになったこともしばしば。

それでも、なんだかんだ言っても人間なのに。

世界中の富が集まっていたのに、下層民だからと笑顔があふれる平和な空間なんて見たこともなくて。

 今までどれだけのものを我慢していたか。たまっていた感情がとめどなく溢れて、自分でもどうしようもできない。

 それで数分くらい泣いてたら落ち着いた。切り替えしないと。日常は泣いても続くものであるのだ。

ハンカチはないのでフリルのついた袖で涙の跡を拭う。顔を上げたらすぐ前にいつの間にか影ができていた。誰の影なのかと確認するため視線を上げると。

 「あら、可愛い子供ね。なぜ泣いてたの?」

 ボウリングをしに来た女性にしては優雅な佇まいの貴婦人が立っていたのである。

雑用係の子供なんか誰も見向きもしないので何も考えずに泣いたのに、見られたか。

 「何でもございません、お嬢様」お嬢様といったというか、miladyと言ってしまった。my ladyとyでaのところを発音できるのは互いにあまり差のない階級の人のみで、そうでない従者ならばmiladyというという…、それはどうでもいいか。

 つい彼女の普通の人とは違う雰囲気で。

 大きな帽子にヘーゼル色の髪を入れて、後ろの部分がふっくらと膨らんだスカート。服の配色は黒と白で、まなざしと動作は幾分か気品を感じた。顔立ちはここの子たちと比べても遜色のないように整っていて、化粧は薄かった。印象から推測するに年齢は20代半ばくらいかな。背が高く、いたずらっ子のような茶目っ気のある表情をしていて、親近感をわかせた。

そして私の言葉遣いに興味を抱いた様子。しまった。あしながおじさんはいらないと思ってたらあしながお嬢さんのパターン?

いや、そう決まったわけじゃない。ここは無難に過ごそう。女性の深い青色の目と無言で見つめあった。首をかしげると女性は質問を投げた。

 「なぜあなたのような子がここにいるか聞いても?」

 「ここで生まれてしまった故」

 そういうと女性は笑顔となった。

 「それは隠喩?文字通りの意味?それともどっちも言っているの?」

 「お嬢様に隠喩を申すなど、身に余ることでございます」

 益々笑みを深くする女性。あ、ここは知らんぷりをするべきだったかな。ついさっきまでセンチメンタルになってたんだから正常な判断ができない。もしかして狙ってたのかと勘ぐってしまうくらい。

 「親はおりまして?」

 「二人とも生きております」

 「彼らはなぜあなたに働かせている?」

 「自分の判断でございます」

 「ここではどのようなお仕事を?」

 「ただの雑用でございます」

 「賃金はもらっているのかしら」

 「ただの子供には十分な金額を」

 「そう…、もしここより条件のいい場所で働けるなら、その気はありまして?」

 あ、やっぱり。

 何となくそんな気はしていた。最初の受け答えにこんなところで住んでいる人間が知っているはずではない言葉を使ったのがやばかった。メディアがないと知らないものなのだ。違う階級が使ってる言葉なんて。

 「私のような人間に勤まるものなのか今ここで決断するのは致しかねます」

 「それもそうね。じゃあ…、これ」

 彼女は自分の髪の毛から純金なのかはわからないけど、金色の髪飾りの一つを抜いて私の手に握らせた。

 「これをヒール街十四番地の家にきて門番に見せるのよ。いつでも歓迎するわ」

 ヒール街って、貴族が住む町なんじゃ…。

 「お名前をうかがってもよろしいでしょうか、お嬢様」

 「イザベラ、サドルトン」

 「ありがたき幸せ」

 女性はくすっと笑ってから去っていった。

 いや、これって…。

 ただ強引に引き抜きに来たのでは?この髪飾りを返しに行かないと警察が来て検挙されるよね。そうすると拘置場へ行くことになって、保釈金を支払ってから釈放。んでその保釈金を支払うのももちろん、イザベラさんになるはずで。

出会った瞬間から詰んでたということ?

 「ジョナサンさん」

 朝。昨夜の後片付けなどを終えて、作った朝食をジョナサンさんのところへ持っていってから話しかけた。

 「なんだ」

 「話しました?」

 「何をだ」

 「私のことを、です」

 「ああ、それか。このゲームを開発したのがあなたかと聞いた貴婦人がいて、答えただけだ」

 「一般的にやっているものではないんですか?」

 「いや」

 しまった、ここまで来て知識チートで何かやっちゃいました的な流れに…。

 「なぜ言わなかったんですか、見たこともないって」

 「俺は田舎もんだ。ロンドンではやっているものなんぞ知らん」

 あ、ロンドンでは普通にやっているのか。

 「貴族が遊ぶスポーツをなぜ知っているのかって言われて、すごまれた」

 うん。やらかしてしまったね、私。

 「自分がやったとは言えなかったんですか?」

 「お偉いさんに嘘なんてつけないだろう。ばれたらどんな目に合うか」

 納得のいく話だったので怒ることはできなかった。

 ジョナサンさんは常識の範囲内で対応をしていただけ。

 さて、どうしよう。



※ネズミを殺すのが犬だということを書き忘れましたので修正しました。猫ではなく犬なので…、指摘してくださった方にお詫び申し上げます。



史実に対しての資料などの調べやプロット作りは終わっておりますが、作者のモチベーションがついてきてくれないので次の投稿まで少しだけ時間が空くと思います。申し訳ございません。

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― 新着の感想 ―
[一言] イギリスって身分で発音が違うそうですね。 よく知りませんけどシェイクスピアの作品で、発音が元で出身がバレるというのがあるとか。
[良い点] とても面白いし、勉強になります。 応援しています。
[良い点] えいこくめん [一言] 素晴らしきかな楽しさ
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