02-01 恩人の正体
前話のまとめ
俺とおばちゃんの舞い踊り♪
ただ珍しく、美しく♪
時間の経つのも夢の内♪
腹が減って目が覚めた。
既に日は高かった。ぼんやりするのも当然か、朝を寝過ごしてる。見れば部屋の机に朝食セットが置いてある。有難くいただくとしよう。
ぼへぼへしながら冷えてしまった麦のスープと、牛乳を飲む。そして昨夜の事を考えた。
敦盛を舞いまくっていたら、後ろに感じていた気配がスゥッと消えた。庭に見知らぬ少年が立っていて、こちらを睨んでいた。
正直なところ助かった。あのままだといつまでも止まりそうに無かったからな。
一礼して戻ろうとしたら、少年とおばちゃんに両腕を掴まれて庭の真ん中に戻された。何事かと思ったら、右と左で俺に向かって歌を歌い始めた。
それからの記憶が無い。
扉が軋んで、昨夜の少年が顔を出した。目が合う。アッと驚いた顔をして、少年はパタパタと部屋を出て行った。
「母ちゃ~ん!おっちゃんが目を覚ましたよ~!」
なにっ!少年の言葉がわかった?!
何が起きたんだ?俺は少年を呼び止めようとして、しかし、力が入らなかった。頭に靄が掛かったような、ぼんやりした感じが抜けない。
「お~い」
呼んでみたが声に力が無く、返事が無い。聞こえなかったのかも知れない。仕方無く、食事を続けた。
ちょうど食べ終わった頃、おばちゃんが木のカップを持ってきた。
「目が覚めたかい。ほら、飲みな」
おばちゃんがカップを突き出すので、とりあえず頂いた。
「いつもの食後のハーブティーとは違うようだな。ミントか?ありがとう、美味い」
俺の言葉に、おばちゃんは表情を固めた。が、それは一瞬だけ。そしてニヤリと笑って言った。
「どうやら成功したようだね」
ミントの刺激が良かったのか、ようやく頭がはっきりしてきた。さっきのぼんやりは低血糖症状もあったかも知れない。うん。聞きたい事は山程あるぞ。
「色々と聞きたい事がある」
「こっちもさ。まずはあたしの質問に答えておくれ。あんた、何者だい?」
おばちゃんと少年が、俺を射抜くようにじっと見つめている。
まぁ、仕方が無いな。見ず知らず処じゃない、怪しさ満点だったろう俺を、怪我が治るまで黙って2週間も世話してくれたんだ。ここは一つ、俺が先に誠意を見せなきゃならんだろう。
「崖から落ちたらここだったんだ。俺は多分、ここじゃない別の世界の住人なんだと思う」
うむむ。どうなんだよこれ。我ながらどの辺りに誠意が籠ってんだかさっぱりわからない事をほざいてるぞ。
案の定、おばちゃんと少年は目を見開いて固まり、次に顔を見合わせて、頭を振り、口をパクパクさせて、また固まった。
沈黙が続く。
溜息を一つ吐いてから、おばちゃんが話し始めた。
「何ともはや、あたしらにわからない事がこうも立て続けに起こるとはねぇ。そうかい、別の世界からねぇ。まるで御伽噺みたいだねぇ」
「信じてくれるのか?言っといてナンだが、俺だって信じられないと思ってるんだぞ」
「あたしらだって信じられないさ。だけどねぇ」
全く見た事の無い服や靴。
全く通じない言葉。
そして一般常識の齟齬。
ん?一般常識ったって、今まで会話なんか無かったよな?
「あんた、色々なハーブティーが出てきて、かけらも警戒しなかったろう?普通は魔女を疑うもんだ」
魔女?
「ほらそれだよ、一般常識の齟齬ってのは」
ちなみに疑われた場合は薬湯だと言って誤魔化すらしい。すまん、違いが判らん。その辺の匙加減が一般常識なのか。ははぁ、なるほどなぁ。
こりゃあ勝負にならないな。俺は早々に諦めた。このおばちゃんに懸けてみよう。きっと悪いようにはならないだろう。そういった嗅覚には、ちっとは自信がある。もし外したら、まぁ、そうだな。その時はその時か。
おばちゃんに問われるまま、俺は自分の事を話した。
が、が、が。おいおいおい!なんだよこれ!初っ端から常識のズレが酷くて話が進まねぇ!
「フジ、ハル?タカト、シ?フジ、ハルが家名かい?発音がえらく難しいねぇ。家名を先に名乗るのかい。それで、タカトが名前じゃないのかい?シってのは称号じゃなくて?」
「ふんふん、仕事はセイタイ師と。それはどういったものなんだい?ほほう、ある種の医者みたいなもんで、健康維持が専門と。具体的には何をやるんだい?」
「最初の舞は一体なんだったんだ?タイキョクケン?トウロ?ストイックな渋さが如何にも男の舞って感じで、良いもん見せてもらったよ。え?闘う技術なのかい?」
「次のアレは?アツモリって言うのか。あれこそ舞?隠さなくったって良いじゃないか、教えておくれよ。悪いようにはしないからさ。使い魔か何かを召喚したんだろう?」
つ、つ、疲れたぁ!
おばちゃんも少年も質問が尽きないんだよ。ずっと興奮しっぱなしで。
取り敢えず俺には害意が無く危険物でも無さそうって話で纏めて、一段落させる事にした。でないといつまでも切りが無い。
おばちゃんも少年も自覚してたようで、ハーブティーを飲んで一息入れた。俺もそれを貰った。
ほう、ちょっと甘くて爽やかな風味が良いな。確か、似たようなのをファミレスのドリンクバーで飲んだような気がする。ラベンダー?それと、レモンバームだっけ?
「驚いたねぇ。少しバレリアンも入れてるんだがね。しかし本当に警戒しないねぇ。ふふふ」
おばちゃんは遠くを見るような目で語ってくれた。
「そう、その魔女なんだけどね。あたしも昔、魔女として捕まりそうになってねぇ」
旧種族と取引して禁呪を手に入れ、魔物を操って悪さをするような、神を冒涜する女。それが魔女なのだそうだ。魔女と目されたら大変な事になる。異端審問の上で火炙りの刑だとか。中世ヨーロッパか!
なお旧種族とは、エルフ、ドワーフ、セリアンスロープ、トロールの4種族の事らしい。やっぱりここは異世界か。
昔、魔法を便利に使って怠惰になったトロールが神の怒りに触れて滅び、勤勉なヒューマンは神に祝福されたという神話があるんだそうな。
魔法!神話の中だけか?俺でも使えるかな?
「魔法はあるよ。でもその知識は貴族が抱え込んでいるのさね。魔法を使える平民となると、ちょっとどうかねぇ。金を積んで買う商人もいるようだけど」
ふむ、貴族が居ると。
むう。いかんな。俺もおばちゃん達の事を言えないぜ、次から次へと。
ちなみに魔法を使えれば魔女かと言うと、そうではないようだ。魔法もさる事ながら魔物を操れる事、旧種族と近しい事、その辺が魔女の条件みたいだな。
ん?そうするとハーブティーは?
「エルフやセリアンスロープは森を良く知ってるからね。取引するとハーブにも詳しくなると言われてるんだ。だからハーブに詳しいと、まず魔女を疑われるのさ」
うっわ。無茶苦茶だ。それでおばちゃんは魔女に間違われたと。
「いや、間違われたんじゃない。あたしは魔女なんだ」
おばさまは魔女。