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拳客、異世界を行く  作者: Katz
不安
7/13

01-04 家庭教師の傍白

前話のまとめ

実在の人物・団体・世界とは関係ありません。

 王城の奥の方にある、少し広めの空き部屋。今日はここでエルフ母娘のダンスのレッスンである。


「1、2、3! 1、2、3! 1、2、ドリアス・ターン!」


 ふむ。レアメリッサは綺麗に回る。

 まぁ国王陛下の寵姫なんだから、この位はやってもらわないと困るのだが。


「タミツレルヒ伯爵閣下、ここのステップなのですが」

「ああ、そこは難しいんだ。もう一度手本を見せよう。モニクナディア、頼む」


 妻にゆっくりと回ってもらった。その足元をソフィアサーラがしっかりと見ている。


 この意欲は買おう。大した集中力だと思う。そこらの貴族令嬢なんかより余程頑張っている。

 惜しむらくはエルフの娘であって、ヒューマンではない。


 私がエルフ母娘の家庭教師に就いてから、もう十年近いだろうか。


 家庭教師の御依頼が王妃殿下からあったと聞いた時には驚いたものだ。子爵に過ぎない私が王妃殿下からの御指名を賜るとは一体何事かと。そして生徒がエルフと聞いて、納得と言うよりも耳を疑った。


 貴族がエルフを奴隷として囲う話は、噂に聞く事がある。


 エルフなどという種族は神話にも登場するが、今では極めて稀少だ。金を積んだ程度では存在の確認すら出来ない。手に入れた貴族はまず吹聴しない。たまに仲間内で自慢して、それが噂となり真偽不明の曖昧な話が漂うのみ。


 あれは二十年近く前であったか。国王陛下がエルフを手に入れたという明確な内容で、貴族社会に激震が走った。その後には溺愛しているという噂も広まり、私のような下位の貴族にまで届いてきた。


 それが公然の秘密として全貴族に共有され、暫く経った頃。


 上司のラミルブエリ伯から家庭教師の打診があった。それ自体は時々ある事なので問題は無い。快く引き受けようと頷きかけたら、この件はやんごとなき御方からの御声掛かりだと言う。


 やんごとなき御方とはどなただ?侯爵閣下くらいではそんな言い方をしない筈だ。公爵閣下か?なぜ私に?


 表情を繕えず目を白黒させる私に、伯は「他言無用」と念を押す。神妙に頷くしかない。おもむろに口を開いた伯の言葉に驚いた。王妃殿下の達ての御依頼だと言う。


 訳がわからん!なぜ私に御声が掛かったのか?

 伯は滔々と説明してくれたが、全て右から左に抜けてしまった。私にわかったのは断ると言う選択肢が無い事だけだった。


 逃げられない所に私を追い詰めてから、伯は生徒の素性を教えてくれた。噂のエルフと、その娘。


 あぁそうか。エルフの家庭教師に就いても良いなどという酔狂な貴族が居なかったのだな。


 それはそうだろう。

 旧種族は劣等種族であり、ヒューマンの庇護下にあるべき存在だ。手に入れたら囲って奴隷として扱う。中でもエルフは愛玩用として知られている。


 公式には奴隷などと言う身分は無い。逆に言えば、社会の構成員とは認められない事を意味する。


 そんなエルフに教育を施す?何の冗談であろうか?真顔で伯に聞いてしまった。


「引き受けてくれるなら、報酬は陞爵との事だ」


 子爵では王城への登城も気安くは出来ない。そこで伯爵にするのだろう。下位貴族を陞爵させてまで、エルフに家庭教師を付けようとしている。


 本気だ。王妃殿下は本気だ。本気でエルフに教育を授けようとしている。

 私は家庭教師を引き受けた。引き受けざるを得なかった。


 率直に言えば、エルフに貴族教育など正気の沙汰とは思えない。はっきり言って、その考え方には付いていけない。


 しかし引き受けた以上はしっかりと教えねばなるまい。成果が上がらなければ私の能力が疑われる。王妃殿下に無能の烙印を賜る訳にはいかない。


 まずは読み書きから始めた。それから語彙を増やし、慣用句を教え、貴族の会話や手紙に不自由しないようにした。


 これが大変だった。


 王妃殿下の御紹介で初めて知った。生粋のエルフは最初の奴隷と呼ばれ、喉を潰されていて声を出せないとの事。神の逆鱗に触れて罰を受けたのだと教会では言っているようだ。


 その()か、最初はまず言葉が通じなかった。先に文字を覚えた娘にも支えられて、必死に学んでいた。初めて娘と挨拶を交わせた時には涙を流していたらしい。今では筆談なら不自由が無い程になった。


 それからは妻にも手伝ってもらって、貴族子女の基礎教養を教え込んだ。


 刺繍とダンス。茶会と食事のマナー。芸術鑑賞。貴族の名前に社会制度。更には王妃殿下の御要望で、平民統治の仕組みまで教え込んでいる。


 王族の気品と下位貴族の腰の低さを兼ね備えるようにしたのは私の考えだ。気品を磨くのは私や妻では限界があったが、そこは王妃殿下が御自ら補って下さった。


 我ながら見事に仕上がってきていると思う。例えばこのダンス。


 エルフの外見は美しい。そこに王族としても恥ずかしくない程の気品を纏い、私と組んでリズムに合わせて美しくステップを踏む姿を見て、妻は時々嫉妬を覚えるらしい。


「貴方も満更では無いのではなくて?」


 そう言われる事がある。しかしなぁ。


 確かにエルフは美しい。顔の造作が整っていて、手足が細くて長く、スラリとしたスレンダーな体形。バランス感覚も優れている。最近は気品ある雰囲気を纏うようになり、立って歩くだけでも目を引く。


 しかしなぁ。スレンダー、なのだよ。芸術品として眺めるなら良いだろう。しかし女としては、何というか、物足りないのだ。


 食べる物にも事欠いて肉の付かない薄汚れた平民を見る事がある。あれを思い出してしまうのだ。貴族であるなら、贅沢とは言わないまでも食べ物に不自由せず、その象徴としてもう少し豊満であるべきだろう。ダンスで組んだ時にはその方が嬉しいという男の感情も否定できない。


 そもそもエルフであるし。


 十年近く指導した相手だ。多少の情は湧いてきている。だが所詮はヒューマンに劣る旧種族の奴隷。国王陛下は溺愛し、王妃殿下は親愛の情を抱いているようだが、私には理解できない。


 国王陛下は平民優遇思想で成果を上げ、王妃殿下は博愛主義を掲げていらっしゃる。


 平民優遇思想は財政上に大きな利点を感じ、私もラミルブエリ伯も賛成している。


 しかし不敬ながら、旧種族にまで対象を広げた博愛主義などいかがなものだろう。一般常識に反するし、教会の反発も予想される。他の貴族には広まらないのではなかろうか。


 うむ。それは私の関知する所では無いな。陞爵していただいた御恩には報いよう。だがそれだけだ。


 私はエルフの娘と組み、テンポを落としてゆっくりと足を捌きながら、難しいターンの練習をさせるのだった。

国王陛下は小乳派です。

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