表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
拳客、異世界を行く  作者: Katz
不安
5/13

01-02 月のうさぎ

前話のまとめ

コスプレおばちゃんは金髪碧眼だった。

 丸太小屋の寝たきり生活は快適だった。


 おばちゃんが甲斐々々しく俺の世話を焼いてくれる。御蔭で本当に助かっている。


 基本、痛みは無かった。毎日三度々々飲まされる苦い薬湯が効いているのだろうか。おばちゃんすげぇ。


 ベッドに寝たきりだと窓の外の様子はあまり見えないが、おばちゃんが畑仕事をしているのはわかる。鶏や牛の鳴き声も聞こえてくる。


 毎日結構忙しいようだ。畑があって鶏を飼って牛までいるとなれば暇な訳は無い。どうも一人暮らしのようだしな。


 おばちゃんはいつも歌を歌っている。なかなかの美声だ。歌詞はさっぱりわからんが。


 時々はこの部屋に来て、机に何やら広げて作業する。


 小さな素焼きの壷を幾つか並べて、粉を匙で量って乳鉢で混ぜ、別の壷に入れている。そこからいきなり飲まされた事もあるから、何かの薬の調合なんだろう。


 漢方の薬剤師か何かかねぇ。


 調薬作業中はチラチラと俺の様子を伺うし、外の仕事をしていても合間々々に俺の様子を見に来る。ものすごく気に掛けてくれている、のか?


 まぁ、俺の方は安静にしてなきゃいけないのは自分でわかってるからな。何しろ中度の捻挫だ、当分は安静だ。


 筋肉、落ちるだろうなぁ。俺も若くはねぇし、元に戻るまで時間が掛かりそうだ。1ヶ月半の安静で落ちた筋肉、戻すのに3ヶ月くらいかな。もっと掛かるかも。リハビリ頑張るか。


 その間おばちゃんは俺の面倒を見てくれるだろうか。畑仕事くらいは手伝えるかな。う~ん、そうなると言葉が通じないのは困ったもんだ。


 ふう。

 それにしても。

 長閑だ。


 本当に人が来ない。


 一応、お使いらしい女の子が来る。姿は見えないが、それらしい声がする。何話してるかさっぱりだが。別の部屋で少しお茶してから帰る。しかしそれも数日置きだ。


 他には何やら荷物運びらしいオヤジが一回来ただけ。野太い声が聞こえて、荷物を下ろす気配がした。通販の類か?


 おばちゃん、あんた、一体どんだけ引き篭もりなのかと。


 色々気になるがね。取り敢えず動けない間は気にしても仕方が無い。割り切る事にした。不安やストレスは傷の回復に悪影響を与える。無視だ無視。


 ・‥…━…‥・


 無視できない異常を感じたのは2週間を過ぎた頃だ。


 おばちゃんはその日、俺に薬湯を飲ませなかった。歌も歌ってなかったな。退屈を紛らわすのに結構楽しみにしてたんだよ。いやそれよりも、痛みが全く無かった!


 翌朝。おばちゃんは俺の足を指さして、何やら言いながら近付いてきた。ガシッと俺の足先を掴み、グニグニと動かした。


「うぎゃっ、いててて!ってあれ?痛くない?」


 驚いておばちゃんの顔を見ると、おばちゃんはニンマリと笑った。そしてバシンと一発俺の膝を叩き、笑いながら出て行った。


 足首も膝も痛くねぇ。慌てて立って、自分で動かして違和感を探る。何も無い。完治だ。


 俺は不安になったよ。抑え込んでいた不安がムクムクと頭をもたげてくる。


 いや、治ったのなら喜ばしいんだがな。早い。早過ぎる。俺の見立てだと1ヶ月半は掛かる筈だったんだ。2週間だと? 3倍速いぜ、赤い彗星かよ。


 兎にも角にも、治ったんならリハビリだ。特に脚の筋力を取り戻さなければ。まずは形意拳の三体式。


 足を前後に開いて軽く膝を曲げる。

 前足と同じ側の手を前に突き出し、掌は開く。

 反対の腕は下げ、肘を軽く曲げて、掌を開いて下に向ける。

 後ろ足に7、前足に3の割合で体重を掛ける。

 正中線を意識して背筋を伸ばす。

 目はしっかりと前を見据える。

 抜ける力は全部抜く。


 他にも細かい要訣が沢山ある。全部守って長く立ち続けると、なかなか辛いんだ。

 2週間も寝たきりだと筋肉は大体3/4まで落ちる。結構キツイかな、と思ったんだが。


 おかしい。


 今度はもっとキツい姿勢を試した。八極拳の()たん椿とうだ。俗に言う空気椅子って奴に、一撃の威力を増す為の秘訣を組み込んだ鍛錬方法だ。


 足を左右に開く。

 腰を落として腿が水平になるようにする。

 膝は気持ち内側に倒す。

 重心は真ん中にして、体重を左右均等に掛ける。

 手を前に突き出して軽く握る。

 尻は突き出さず、仙骨を前に押し込むようにする。

 肩や腕や胸の力を抜く。


 などなど、これでおよそ30分。

 いつもの時間をいつものようにクリアした。時計が無いから感覚的だが、いつも通りだからな。

 う〜む。いつも通りと言う事は、筋肉は全く落ちていないという事になる。寝たきりで2週間過ごしたのに、だ。


 おかしい。


 その日は一日、脚を自分でマッサージしながら、これは一体どういう事か考え続けた。


 ・‥…━…‥・


 夕食を持ってきてくれたおばちゃんに声を掛けてみた。


「なぁ、ここは一体どこなんだ?あんたは何者だ?俺に一体何をした?」


 おばちゃんは首を傾げるばかり。


 俺が最後のハーブティーを飲み終わると、おばちゃんは食器を持って出て行った。

 独りで考える。


 ここは一体どこなんだ。あのおばちゃんは何者だ。俺に一体何が起きている?


 答えなんかわかる筈も無い。考えても考えても、ただ不安が増していくだけ。

 気が付いたら夜も更けていた。だが目が冴えてしまって眠れない。

 少し体を動かした方が良いな。ゆったりと太極拳でもしようか。


 俺はそっと庭に出た。


 今夜は明るい。空には満月が、


 月を見上げて凍り付いた。

 あれは何だ?


 明らかに大きい。見慣れた月の、4倍くらいの大きさがある!これだけ大きいと見間違いじゃ無いだろう。


 模様も違う。月じゃ兎が餅搗きをしてるモンだろう?国によって違うらしいが、それは解釈の違いだ。見える模様は古今東西どこでも同じ。なのにあれはおかしいだろ!丸に二つ引きかよ!家紋か?!


 あれは月じゃない。

 ここは、地球じゃない。

 俺はどこに来ちまったんだ?帰れるのか?連絡できるのか?


 月ではない月を呆然と見上げる俺の口から、歌がこぼれた。


 うさぎ、うさぎ

 何見て跳ねる

 十五夜お月さま

 見て跳ねる

私、月のうさぎ! 14歳、中2!ある時、ヘンテコな子猫を助けたおっちゃんが崖から落ちちゃったんだけど、異世界に転移した~なんて言われちゃって、不安タラッタラ~って感じ。でもま、な~んとかなるか!あははっ!







※真面目な話:童謡「うさぎ」は著作権消滅曲との事。歌詞全文をそのまま書いても問題無いと判断しました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ