00-03 王城の家族茶会
この作品はフィクションです。実在の人物・団体・世界とは関係ありません。
神の恩寵を賜りて、栄華を誇る麗しの、我らが王都ラネンカルヌ。
吟遊詩人に歌われて王国の隅々まで知れ渡る城塞都市。国と同じ名を冠するその街の中央に聳え立つ白亜の城。
その王城の一室に、美しい女性達が集まっている。
・‥…━…‥・
あら、新しい侍女かしら。
ハーブティーを淹れているのが、今まで見た事の無い年若い侍女でした。私とほとんど変わらないようです。
そう思っていたら、王妃殿下から直接お声が掛かりました。
「あら貴女、新顔ね。お名前は?」
ビクッと侍女の手が震えます。そうですよね。
「王妃殿下!身分を問わず愛を持って接するという殿下のお志は御立派ですが、自ずと格式という物が御座います!何でもかんでもお心安くお声を掛ければ良いという物では御座いません!御配慮くださいませ!」
侍女頭様の叱責の声が響きました。相変わらずですわねぇ。
この侍女頭様は王妃殿下の御指導役だったそうで、社交界デビューした頃からのお付き合いとの事です。今でも王妃殿下は頭が上がりません。
そろそろお迎えが、と言われ続けてもう何年経った事でしょう。今でも隠居せずに現役でお仕え続けています。当面は天上へ召される御予定が無さそうですわね。
「何よう、家族茶会くらい無礼講でもいいじゃない。公式の場ではちゃんとしてるわよう」
この侍女頭様の前では王妃殿下も威厳など全くありません。まるで社交界デビューしたての少女のように口を尖らせます。
「王妃殿下!」
「わかったわよう。直答を許します。名を名乗りなさい。これでいいんでしょう」
するとまだ若い新しい侍女は、最高級の共和国製磁器ティーポットを優雅な所作でティーワゴンに置き、完璧なカーテシーを披露しました。
「グラヴォアイニ伯アゴスティーノの養女、アンリエッタと申します。以後お見知り置きの程、宜しくお願い申し上げます」
「そうですか、貴女が。話は聞いています。とても優秀だそうですね。珍しく伯爵が手放しで褒めていましたよ。期待しています」
名乗りが済むと給仕に戻りました。その所作はとても優雅です。初めての王妃殿下の御前なのに、動じた様子と言えば先程の不意のお声掛けの時のみ。しかもこの気品。この年齢でこれは確かに優秀でしょう。
今日は私も楽しみにしていた新作披露会。母さまがレシピを提供して担当の侍女と作り上げ、月に一度くらいのペースで家族茶会に出す事が恒例となって既に1年程になりました。
出されたハーブティーを母さまが吟味します。香りを確認してから一口飲み、にっこりと微笑みました。
それから私、そして王妃殿下が口を付けました。
「ああ、美味しいわ。今回の新作は甘い香りが素敵ねぇ」
王妃殿下のおっしゃる通り、今迄のハーブティーには無かった甘い香りがします。
「ええ、この香りは初めてです。とても美味しいですわ」
「うふふ。王家の秘伝がまた一つ増えちゃったわねえ。これで12種類だったかしら?ハーブティーのレシピを沢山知ってるなんて、まるで魔女になったみたい」
「エルフが教えるハーブの知識ですから、本物ですよ」
「貴族のお茶会ではとても出せないわね。対立してる派閥が聞き付けたら、王族に魔女が居る!なんて大騒ぎになっちゃう」
「秘密にしないといけませんね」
「私達だけの秘密のお茶会ね。うふふふ、どうしてこんなにワクワクするのかしら」
悪戯っ子のような表情で話す王妃殿下と私。母さまは長い耳をピクピクと動かしながら微笑んでいます。侍女頭様は顔を顰めていますが、何も言いません。
ギリギリの危ない会話が、ドキドキしてとても楽しいのです。
「はぁ。それにしてもロエスワルヌ侯爵夫人にも困った物ね」
「またですか?」
「そうなのよ。少し前に私が付けてたネックレス、あれの噂をどこかで聞き付けたらしくて。こないだ似たようなデザインの物を着けてきたのよ」
「しかしあれは、私も拝見しましたけど、そんなにすぐに作れるような物なのでしょうか?非常に精緻な加工をようやくモノに出来たからと職人から献上された物でしたよね?」
「どうやらお抱えの職人に無茶振りしたようね。そういう無理を繰り返すから領が発展する余力が無くなってしまうって事に気付かないんだから。貴族だけを見ていたのでは駄目なのに。そうそう、こないだの夜会の時にもね」
王妃殿下の愚痴が始まりました。色々と溜め込んでいる物があるようで、時々こうして愚痴っぽくなります。
他には絶対に漏らせないような危険な裏話がこぼれ始めた頃、また侍女頭様が苦言を呈してきました。
「王妃殿下、その件をここでお話しするのはいかがなものかと」
「あらやぁね、ここだからいいんじゃない。この場なら絶対に他へ漏れないんだし。気兼ね無く愚痴をこぼせる場所なんてここ位なんだから、大目に見てくれてもいいじゃない」
侍女頭様は盛大に溜息を吐きました。
大丈夫です。私は決して裏切りません。
私はこの命以外の全てを王妃殿下より賜りました。王妃殿下が私の全てなのです。
お待たせしました。異世界です。
主人公は出てきませんが。