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拳客、異世界を行く  作者: Katz
騒動
11/13

02-04 司祭の感謝

前話のまとめ

ジジイが耄碌した。

 不思議な程ニコニコしている司祭様を鋭い目で睨むおばちゃん。


 やがて根負けして、リクドに言った。


「司祭様にも出しておやり」


 またしても貴族執事のような美しい所作を披露するリクドを、司祭様は変わらずニコニコしながら眺めている。ふぅん、これにビビる様子は無いな。


 今度は小さな壺も2つ付けられた。司祭様はその中を見てオルゾに混ぜ、満足そうに喫する。その所作も美しいものだ。さすがは司祭様と言った所か。


「あぁ、美味しい。オルゾ・コン・レチェ・イ・ミエール、私はこれが好きでして。ありがとうございます」


 俺の前にも出してくれたので真似してみた。う~ん、やっぱり難しいな。司祭様のようには美しく動けない。その内リクドに教わってみるか。


 そして小壺の中身は何だろうと思ったら、成程ね。ミルクと蜂蜜か。ふぅむ、蜂蜜を使ったカフェオレ風、と言えば良いのかな。


 そう言えば甘味はこっちの世界に来てから初めてだな。


 空気を読まずノンビリした雰囲気を醸し出す司祭様に痺れを切らしたおばちゃんが口火を切る。


「それで?司祭様はどういった御用事で?」


「ふふふ、聖職者を前にしても(へりくだ)る事が無い。それでこそ魔女です。魔女ライラ、私は貴女とお話をしたかったのです」


「こっちには話は無いね」


 一刀両断。舌刀の切れ味は司祭様が相手でも変わらない。


「そう言わずに、少々お付き合い下さい。まずは村人達からの感謝の気持ちをお伝えしたい」


 それから司祭様は語り出した。


 ・‥…━…‥・


 いつも村に尽くして頂きまして、ありがとうございます。


 医者も薬師も居ない小さな村です。

 何かあれば私が代わりを務めていますが、やはり行き届きません。

 そんな中、困っている村人が居ると、いつの間にか貴女が現れて薬を処方して下さる。

 それがまた良く効くと評判です。


 いえいえ分かっています。

 知らぬ風を装う必要はありません。

 これでも司祭ですから、村の様子は全て把握しています。


 村人は皆、貴女に感謝しています。


 ああ、何事にも例外はあります。

 先程のインゴは、御存知の通り村の鼻つまみ者でして。

 何かにつけて天邪鬼な言動が目に付きます。


 いえ、教会の権限で彼を処分するような事は出来ません。

 あれでも教会には足繫く通って、神に祈りを捧げているのです。

 泣きながら私やシスターに訴えるのですよ。

 俺様は神の言い付けを守れないような(ワル)だが、こんな俺様でも神は見捨てないで居てくれるだろうかと。

 善良な村人も彼のような鼻つまみ者も、神にとっては等しく迷える子羊なのです。


 そんな彼だって貴女に助けられた事があったのです。

 忘れてしまっているのかも知れませんが。


 あれから十年以上経ちますか。

 黒死病から村を丸ごと守って頂きました。

 いえいえ。

 下心があろうと偽善だろうと、私を始め村人全員が救われたのは事実なのです。


 あの時の薬は凄かった。

 はい、その匂いが、です。

 今でも語り草になっています。


 セージ、タイム、ラベンダー、ローズマリー、それにガーリック。

 それらを酢に漬けたのがあの薬でした。

 いずれも村では薬草として扱っています。

 それは良いのですが、特徴的な匂いの強い物を合わせますから、とにかく強烈でした。


 当時はまだ村人達も貴女から距離を置いていました。

 ふふふ、そうですね。今とは違いました。

 この強烈な匂いが黒死病を齎す病魔を退けるのだと教えて頂きましたが、それを信じたのは私とシスターだけでしたか。

 ひとまず私と、村の入り口と教会に散布し、外からの来訪者は必ず教会内で私が対応するようにしていました。


 あれが本当に効きました。

 隣村では黒死病の大流行で、近隣の村々にも広がり、埋葬が間に合わない程に死体が積み上がったと聞いています。

 しかしこの村では結局、誰も発病しませんでした。

 貴女が村人から頼られるようになったのはそれからでした。


 私が信じた理由ですか?

 実は私、貴女に救われた事があったのです。


 あれは、そう、まだ七歳の頃だったと思います。

 悪魔の病と恐れられる破傷風に罹り、教会の地下室に隔離されて苦しんでいました。


 当時の司祭は世俗的な方でした。

 教会中央部の権力闘争の趨勢だけが関心事でした。

 村の面倒事は避け、村人の信仰などどこ吹く風。

 村の破傷風患者の事などどうでも良かったのでしょう。

 教会の権威を損なわない程度には看てくれましたが、それだけでした。


 あの時は、静かな地下室で、シスターが食事などの世話をしに来てくれただけでした。

 とにかく体が強張って動けず、食事も上手く取れない上、痙攣の発作で苦しみました。


 そんな中、見知らぬ女性が薬をくれたとシスターから聞きました。

 これが実に良く効きました。

 治る訳ではありませんが、筋肉の強張りが解け、楽になりました。

 私は救われたのです。


 見知らぬ女性の持ち込んだ薬が村人に憑いた悪魔を払った事など、当時の司祭にとってはどうでも良かったのでしょう。

 詮索はおろか興味も示さなかったとシスターから聞きました。


 それから間も無くの事です。

 その司祭は中央に呼ばれました。

 ええ、そのまま帰ってきませんでした。

 私は教会でシスターを手伝い、そのシスターの勧めもあって町の教会で正式に教育を受けました。


 町の教会も世俗的で酷い物でした。

 面従腹背でやり過ごし、最低限の教育課程が済んだらさっさと資格を取り、村に帰ってきました。

 その時まだ十五でした。

 とにかくあの卑俗な環境が嫌で、早く抜け出したくて必死だったのです。


 あの黒死病の流行はその翌年でしたか。

 はい、私の恩人が持ち込んだ薬ですから、良く効く筈だと信じて疑いませんでした。


 本当は教会として正式に貴女と交流を持つべきなのですが。

 良く御存知の通り、教会は魔女を異端者として取り締まる立場を取っています。

 曲がりなりにも司祭の肩書を持ってしまった私としては、魔女である貴女とは言葉を交わす事も出来ません。

 今度の事は私にとっては千載一遇の好機でもありました。

 ふふ、インゴには感謝しています。

 貴女には御迷惑をお掛けしました。


 はい、私は今の教会の世俗的な()(よう)に疑問を持っていますから。

 人々に等しく安寧を齎す者であるならば、それは神の愛を実践する者です。

 素性が何であろうと敬愛を持って遇するべきでしょう。


 正直に言いましょう。

 貴女は私の憧れであり、目標なのです。

 権力と距離を置き、名声に興味が無く、富も求めない。

 下心も無い訳では無いのでしょうが、自分の生活基盤を整える程度の物。

 そうなのでしょう?

このペストの予防薬は「盗賊の酢」と呼ばれています(史実)

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