02-03 魔女の舌刀
前話のまとめ
俺「世界を敵に回す?上等だ、それでも俺はおばちゃんの」
おばちゃん「あたしゃ躊躇わずにあんたを切り捨てるからね」
パシッ!
殴り掛かってきたチンピラオヤジの拳を右手で受けた。このまま握り潰してやりたい所だが自粛。
素人なりに体重を掛けてきてるから、受けた掌をちょっと下向きにしてやるだけで簡単に手首の関節が極まる。すると拳から力が抜けて手が開く。
本当に手首が極まって痛みを感じる前に、その手を握った。うん、握手だ。
別に友好をアピールするつもりは無い。ちょっと強めに握ってやる。いや握力比べをするつもりも無いんだがな。
チンピラオヤジもこっちと同じ位の力で握り返してきて、同時に腕と肩にも力が入る。
そう、力を入れさせたかったんだ。力が入ればこれが極まる。合気上げ、その応用技。
合気上げで少し反り返ったような軽い背伸びのような不安定な体勢になる。つまり重心のコントロールをこっちが奪った形になる訳だ。
握手した腕を通して重心を動かせば、チンピラオヤジはこっちの思い通りに歩き出す。催眠術でも何でも無い。倒れそうになるから足を出す、只その繰り返しだ。
本人は何が何だかわかってないようだがな。
ま、素人にカラクリを理解されるとは思えないが、適当に口八丁で煽てて注意を逸らしとこう。
「良いパンチをしてるじゃないか。さぞや名のある侠客と御見受けする。ちょうど一服する所だったんだ、話を聞かせて貰えないか?武勇伝なんかも色々とあるんだろ?最近はどんな活躍をしたんだ?」
テーブルまで誘導したら、椅子に向かって軽く放り投げ、リクド少年に言った。
「御客人に茶を頼む」
リクド少年も呆然としていたが、俺の言葉で我に返ったようだ。
それはいいのだが。
ボウ・アンド・スクレイプと言ったか。ドラマや何かで見かける、御大尽に仕える執事さんの礼。それも無闇矢鱈に優雅で、思わず二度見してしまった。実に堂に入っている。虚仮威しの真似事じゃ無さそうだ。
それから茶を淹れる。その所作も無駄に気品が溢れていて、一体どこの貴族の執事さんかって雰囲気が溢れている。
うむ、リクド少年なんて言ったら怒られそうだ。この幼さでどんな経験を積んできたのか知らないが、彼はもう一人前の男だろう。
リクドのこの振る舞いはファインプレーだった。チンピラオヤジはその雰囲気に呑まれたようだ。それでなくても次から次へと訳の分からない急展開が襲っている。とにかくついていけてない。
その間に対面にはおばちゃんが座り、俺は司会者席に着き、場が整った。
「ふん。別に毒なんか入れちゃいないよ」
まずはそう言って、おばちゃんが一口飲んで見せた。続いて俺も一口。チンピラオヤジも我に返ったようだ。
「けっ。毒なんかを警戒するような小心者だってか?ふざけんな」
そう言って一息で飲み干して見せた。
「へっ、オルゾでも出しときゃ俺様の機嫌を取れると思ったか?残念だったな、こんなのは飲み慣れてんだよ」
何やら粋がってるチンピラオヤジの言葉を信じるなら、これはオルゾって飲み物で、どうやら高級品の部類らしい。
俺の感想としては、ちょっと微妙?
まず、明らかにハーブティーじゃない。それは良い。で、この香りはコーヒー?いや麦茶か?色はコーヒーだ。味は、麦茶にしては随分と苦いか。コーヒーとしては、う〜ん、アメリカンな感じ?
代用コーヒーの一種なんだろうか。ちょっと興味が湧いた。そうか、オルゾって言うのか。後でおばちゃんに聞いてみよう。
「で、あんたはインゴって言ったかね。仕事を嫌がっていつも街に入り浸ってるぐうたらが、あたしに何の用だって?」
「どうして俺様の名前を知ってやがる。それも魔女の魔法かよ。ふざんけんなよ」
「ふん。鼻つまみのインゴって言えば、村中でしょっちゅう噂になってるからね。村には偶に顔を出すだけのあたしの耳にも入ってるさ。あたしの事をどこで魔女だって勘違いしたのか知らないがね、村に居ない遊び人が村の心配かい?殊勝なこったね」
始まった。
いやぁおばちゃん煽る煽る。インゴとか言うこのチンピラオヤジは、おばちゃんの煽りを受けて真っ赤になったり怒鳴ったり。
怒鳴るだけなら問題無いわな。おばちゃんも意に介してないようだ。さすがはおばちゃん、肝っ玉が据わってやがる。
とにかく最初っから勝負になってない。冷静さを失わせて、話は魔女とは全く関係無い方向に大暴走だ。
しかしインゴもそろそろ限界の様子。おっとここで手が出るか。その直前に俺はオルゾってのをグッと飲み、わざと気管に入れて盛大に咽た。
「ガハッ、ゲホゴホッ。あぁ、すまんすまん、ちょっと違う方に入っちまった。ガハ。中断させて悪いな。ゲホ。大丈夫だから続けてくれ。ゴホ」
インゴがこっちを睨んだ。
「ちっ、ジジイが耄碌したか」
俺がわざと咽た事におばちゃんは気付いたようだ。仕切り直して、今度はインゴを悪者にし始めた。
うむう、俺が上手い事牽制すると思って調子に乗ってんじゃないか?遠慮が無くなってるぞ。インゴは痛い所を突かれ捲って、茹で蛸のように真っ赤になって、唾を盛大に飛ばしながら喚き散らしている。
おいおいおばちゃん。魔女の追求を躱したのは良いんだがよ。このイカれた茹で蛸をどう収めるつもりだよ。
聖職者はどう見てる?目を合わせると、心得たとばかりに頷いてくれた。へぇ、魔女狩りには随分と消極的なんだな。
再びインゴが限界を迎えそうになった頃、聖職者から声が掛かった。
「インゴ、ここは一つ、出直しましょう」
「しかしよッ、司祭様よぅ!こいつら俺様の事を!」
「まあ聞きなさい。一応は魔女と疑わしい者を教会に告発したという事で、報奨金は出しましょう。貴方は神の僕として立派に務めを果たしました。神は貴方の善行をきちんと見ていますよ。周りが何と言おうと気にしない事です」
そう言って、持っていたダレスバッグから布袋を出してインゴに手渡した。
インゴはそれを受け取り、何やら捨て台詞を吐いて立ち去った。取り巻きが慌てて後を追う。荒れに荒れるインゴの機嫌取りに必死だ。あ、一人殴られた。知ったこっちゃねぇがな。
そんな魔女狩り御一行様の退場を見届けて、ふぅと溜息を吐いた。やれやれ。
さてこの代用コーヒー、オルゾと言ったっけ。コーヒーと言う先入観を持つなら違和感があるが、こういう種類の飲み物だと捉えれば、味も香りも悪い訳じゃ無い。
緊迫感溢れる戦いの後の一服だ。質問は後にして、まずは堪能させて頂くか。
深呼吸して気を鎮める。
香りと味を楽しむ。
余韻に浸りつつ庭を眺める。
さぁてと。
しれっと席に着いた司祭様、話を聞かせて貰いましょうか。
オルゾは実在の飲み物です。
2021/06/27
チンピラオヤジを席に誘導する技ですが、合気上げの応用という事にするつもりだったのを忘れてました orz
その関連部分の文章を修正。
物語の流れには全く影響ありません。
因みに作者は合気に詳しくなくて、握手からの合気上げが技の体系の中でどう位置付けられるのか、全く分かってません。詳しい方からの御教示があれば修正します。




