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よめいり琥珀

 

 西集落から戻ると直ぐに婚礼用長舟の進水式があった。最中、大社オトシの霊山篭りの開始も聞いた。斎主はサラで、お付きは十三どのだけだそうだ。


(そうか。もうオトシなのか)

 夢見のせいもあって、幼い頃のサラの姿しか浮かばない。そもそも最近は垣間見る術もない。

 いつだったか、遠巻きに見かける機会があったが、随分と背が伸びたとだけ感じた。驚くほど肌は白く髪は長く、身体は透けるように細く。クニ衆は口々に美しい次代さまだとさざめいていたが、丈夫ではなさそうにみえた。


 この時期の祭祀は寒さが堪えるだろう。先の晩の大社でサラから神事の気配が見えなかったのは、自分への配慮だろう。

(けど、オトシはおおごとなんだろう?)

 自分の存在は潔斎に障らなかっただろうか。つと山に気を向ける。今更ながら気になった。それまでの稚拙なやり取りを、神様はどうみていただろう。


 知らぬ間に気を飛ばしすぎて、背後から圧がきた。渋い顔をした大ばあさまだ。

「何かございましたか」

「言い忘れていたけれど、ホノとキリは明朝よりこちらの神島オトシへの同行を」

「は」

「冬至明けまで付いてもらうからね」

 サラには一切関わるなという意味だ。


 急いで居住まいを正し、頭を垂れる。

「承知しました。それからご報告も。大ばあさま」

「なんじゃ」

「西集落の長より、ハホに祝言の琥珀をいただきました」

 懐から多幸の祈り籠るあたたかな琥珀を差し出すと、大ばあさまのご尊顔はみるみる綻ぶ。

「なんと良い石だろう。是非ともホノから直線渡してやっておくれ」

「はい、勿論ハホにも触れませ」

 不意に脇を鋭く突かれ息が止まる。

「……大ばあさま、痛いです」

「お前さんが軽薄だからだよ」

 叱責ついでに大ばあさまは自分の腕を引っ張ると、支度をこなす群のなか、一際目立つ殿方を示して耳元で囁く。

「あの長身が来訪中のハホの婿様だ。キリに観てくれるよう頼んでおくれ」

 大ばあさまの顔つきが孫を想う祖母だったので、自分は黙って頷いた。




「大巫女さまとのお戯れ、面白うございました」「私たち、此方で笑ってました」

 工房奥の母屋には、女官衆が一同に介している。

「見てたんですか」

「見えたんですよ。あら、キリは一緒じゃないの?」

「出掛けちゃいました。皆さんが怖いから」

「ま、酷い」

 皆がどっと笑う度、ひなたの光が膨らんだ。


 女官衆はハホの嫁入り支度に余念がない。椿の庭に面した大部屋に並ぶ品々は、漆の塗装が見事な器、小さな彫り物の入った貝細工の化粧箱、細い竹や籐の編み物、細々した布仕事。

 特に朱色の花嫁衣装のまとい布は、縁という縁が全て光る。見ると砂粒の琥珀が整然と並んでいる。濃く輝く煌びやかさに、年嵩の女官は胸をはった。


「ご覧あそばせ。この琥珀、婿様からの贈り物です。こちらで実際ハホ様をお見掛けして、益々ハホ様を気に入られたとか。皆で必死で縫い付けましたよ。ここまで粒の揃った品は私も初めてです」

 上等な輝きは婚礼の重さを語った。

「大きな祝言ですね」

「そうですよ」

「ハホの瞳の色に合わせた琥珀。光をうんと貯める」

「そう、光を貯めます」

 年嵩の女官が一言ひとこと言い聞かすように、

「前のオトシも上手くいきましたもの。私たちが準備万端整えておけば、此度も大丈夫、よい婚礼になるでしょう」

 深く言葉を放つので、丁寧に伺っていると、後方より白銀の気配が来る。

(キリが戻った。無事観れたかな)

 女衆においとまを言いつつ、西集落からの琥珀もお披露目する。女官衆からも祝いの気をいただく為だ。

「綺麗ですねえ。ホノさん、すぐにハホ様にお渡しに行かれます?」

 女官長に聞かれた。そこまでお送りしますと言われた。




 初めて大社に出向いた時の興奮を、今でも鮮明に憶えている。


 爺様に続いて門をくぐると、クニの衆全員が集まれそうな広場がある。正面の建物は屋根が高く、磨かれた太い柱は上まで艶々光っている。左右にも高床の建築物が幾つか並び、開かずの扉には大きな錠が幾つも掛かる。


 集う者の風情も違う。黒髪と濃茶の瞳は自分と同じだが、果敢な男衆は屈強そのもの。誰の衣服も上質で、特に渡り廊下を行く者が纏う品は、風合いが柔らかく裾も長い。

 見惚れていたら、爺様は「あの着物は大巫女直系だ」と耳打ちをした。他にも何人かの碧眼らしき者ともすれ違った。血縁の謂れをうっすら知った。


 出入りの規模も集落と違う。ひっきりなしに余所のクニからの使者が出向く。神島とのやり取りも活発で、海のモノが運び込まれれば、山のモノが使者と共に島へと渡る。

 必要な品を各地に送る多くの台車。主人を待つ犬。大小の木箱、竹籠に入った鳥。しかし誰もが静寂を良しとし、凛とした気配を保つ。此処は確かにクニの要のひとつだ。




 今でもこれ以上の場所はないだろうと思っている。いまさっき母屋で振る舞われた果物は上等で、キリが夢中になっていた。礼を言うと、

「支度のお裾分けですよ。そういえばガマの干束も使いますでしょ」

 女官長は籠いっぱいのガマを抱えると、見送りにと、共に椿の庭を出た。


 振り返って母屋を見る。ハホへの思慕が、そこかしこに溢れている。幼い頃から、ハホが馴染んだ場所、馴染んだ人びと。いま隣を歩く、彼女の乳母だった女官長。

 ホノさんもお付きで来島されるんでしょ。これで私共も安心してハホ様を送り出せます。これからもハホ様をどうぞ宜しく、今後、島に出向いた際にもくれぐれも宜しくと切々言う。私達がハホ様とお会い出来る機会は、もう無いかもしれないと泣く。


 ハホは大巫女の直系だが、碧眼ではないゆえに、大事にされる立場ではなかった。母親とも早くに死に別れ、いつも女衆の傍らに居たという。

「お寂しそうだと案じていたら、大巫女さまより衣工房へのお役目を授かりました。あっという間に上達されて、特に刺繍に宿る気の流れの素晴らしいこと。思えばあれがサラ様のお付きをされる切っ掛けでもありましたね」

 サラの後ろに付いて回る幼いハホを思い出す。生真面目な顔をして仕える、大きな瞳の小さな娘。


「私どもも勝手に察しておりましたの。直系でもサラ様とはお立場が違う。他のお身内にも御心は預けられない。それでもハホ様はいつも穏やかで、性根もしっかりしておられます。島へ嫁ぐ度量は十分ございましょうけれど、嫌だわ、歳のせいで目がかすみます」

 目頭を押さえる古株に「ハホはもう家族と変わりませんものね」と伝えると、ここだけの話ですよと笑われた。不遜な物言いをお許しくださいと。


「自分もそうです。無礼を覚悟で言います。ハホがちいさな妹のように思える時がありました。何が出来るかしれないけれど、お任せください。島に行く毎に必ずハホに気を配るよ」

「本当に?」

「最も俺はハホに叱られるばかりだけれど」

「それは大概ホノさんがお悪かったのでしょうが。重々お願い致します」

 涙を拭いた女官長は、明るくそしりながら念をおす。


「大社直会は皆様のお帰りあそばした年明けになりますし。ホノさんの御無事のお帰りをお待ちしております」

「オトシから随分と間が空くのは何故だろうね」

「ホノさんはサラ様を労わりたいばっかりですね」

 顔を覗き込まれると怯む。

「読まないでくださいよ」

「ダダ漏れですよ。オトシは星をどかす神事。まずは皆の無事でいなければ。そもそもサラ様は特別、ホノさんがサラ様に近過ぎ、贔屓すぎるのですよ。そういう所もハホ様がお可哀想」

「待って、何故そういう返しになるの」

「わからぬとも宜しいのです。オトシはおおごと、それだけです」


 広場を台車が何台も走り抜ける。無礼な横断にキリが怒る。

「ほら、お気をつけて。私も長く勤めておりますが、広場がこんなにひしめきあうのは初めて見ます。特にオトシ用の倉を開けた時なんて、緊張で手が震えましたもの」

 習わしは全て口伝えで、前のオトシの首長は大巫女の大叔母だった。

「当時は大巫女さまもお小さく、前を知るもので存命なのは昔むかしの女官が一人だけ。でも南集落に住むその方だって、もう結構なお婆様です。六十年なんて大昔です」

 そうだ。ヒトは早くにいってしまうものだ。

「ほら、また台車が通ります。直会用の食材やら器やら、もう島に送っておりますの」

 気を引き締めましょうと促された。


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