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舟のゆくさき

 


 各々の気持ちが伝わりやすい私たちは、交わす言葉に気をつける。言霊は物事を固めてしまうので、発する時には心をくばる。

 想い事は滲み出る。それぞれが礼儀として、所々で気を閉めたり、視えた時にはさらりと流す。

 芯は饒舌なのが常だ。出来る限り真っ直ぐでありたい。




 ❇︎




 わたくしが観ましたものを、兄上さまに順次ご報告申し上げます。


 霧は上手く昇りました。大巫女さまも見越しておられますが、全てが順調に巡っております。


 伴侶となられる妹君は、愛らしくお人柄も良く、非の打ち所がないお方です。

 直接に言葉を交わす間も無く、島渡りの日となりました。今は花嫁が馴染みの方々から、順繰りに挨拶を受けておられますのを、離れた所から眺めています。


 港には真新しい長舟や筏が幾つも並び、岸辺には多くのクニ衆が集います。

 先程まで、大巫女さまは湖より帰還した者たちを労っておられました。皆に囲まれた従者は随分と謙遜しておりましたが、

「見れば誰でもわかるよ、ほら」

 差し出された顔洗いの桶を覗き、たいそう驚いておりました。薬師髷を結った頭髪、眉、睫毛までもが、見事な白銀になっております。オトシに貢献した証です。

「ホノがキリと同じになった」

「これで少しは威厳が出るかな」

 温かい軽口を投げかけられる様子から、彼の人柄が伝わります。




 時刻となりました。大巫女さまは山に向かい祈り、島に向けて祈り、花嫁への納めの祓いを致します。

 空には雲ひとつなく、波は柔らかく、島までの航路も穏やかです。

 竹笛と太鼓が鳴るなか、最初に武人の長舟が、次にわたくし共の島の舟、その後ろに白銀の者たちの乗る筏船が続きます。そして中央には両脇に武人の小舟を従えた大巫女さまと花嫁の長舟。後ろに荷の乗る筏船、しんがりにまた武人の長舟。

 何ひとつ欠けるもののない、清々しい門出となりました。


 岸辺に集う人々が花嫁の多幸を祈り、大きな声で唄っています。波の音に揃えて揺れて、唄は軽やかに広がります。


 花嫁は昨夕、親しんだ女官達一人ひとりと想いをわかち合ったとか。大社の仕事部屋や渡り廊下、各々の想いで全ての場所に、順に挨拶されたとか。

「どうかどうか心から、ハホ様をずっと、宜しくお願い申し上げますね」

 筏の前、白銀の従者が、女官達から強く懇願されておりました。今後も彼は、クニを巡る役目を担います。神島を要として、海と山とを繋ぎます。


 舟が進みます。陸が、声が遠ざかってゆきます。

 わたくしの耳元に、今度はあらゆる音が届きます。


 大巫女さまと花嫁の長舟のご様子です。花嫁が目元を布で抑えながら、何やら話しておられます。

「キリの目が碧眼になっておりましたね……なかに、お入りになられましたね」

 次代さまのお話です。花嫁は次代さまのお付きもなさっておいででしたから。

「守備良くこなしたとみえる」

 大巫女さまは、かの筏船を見据えながら、

「我らも後に続こう。おまえも頼むよ。皆に愛された優しいおなごだ。誇りを持って嫁ぎなさい」

 柔らかい口調で、花嫁に言いきかせておられます。


「そんな、十分過ぎるお言葉です。それに私、優しくありません」

 姫君は堪え切れず、また涙をこぼします。

「優しくなんかありません。大巫女、大ばあさまはご存知であらせられるでしょう。私は、羨ましくて仕方なかった。あの方達は、お立場が違うのに、あんなに仲が良くて、思い合って、狡い、」

 今もまた、嘘がつけなくて、

「狡いと、思ってしまいました。情けないことに、私はまだ、羨ましくて仕方がないのです」

 想いが溢れてしまうこの方を、わたくしは愛おしく思います。


 大巫女さまは前を見据えておられます。

「それでも羨む気持ちを認識し、精一杯の制御をする、強く優しい孫娘」

 大巫女さまの眼差しは孫の幸せを想うおばあさま、繋げてゆく重さを知る先達。

 わたくし自身もその立場にあると、心を新たに強くしました。




 山の気配を伺います。

 祭祀場の空気取りの小窓から、朝の光が差し込んでおります。


 白衣の次代さまは、祝詞を唱えておられます。昨夜の祭祀の気配はなく、素のお姿であられます。左手には翡翠の数珠。


 十三と呼ばれる従者が、全て観じております。次代さまが空になった。謂れの通りだ、大したものだ。進む時はこうも事もなく、万事満帆に行くものなのかと。


 思考が景色が届きます。


 ……その時そのお立場の元に、必ず現れるといわれる翡翠の数珠。六十年前にも島の祭祀場に、突如として現れた数珠。

 本祭は島神官様と大巫女様が取り仕切ってゆかれる。此処はこのまま進めばよい。

 サラ様の大元は既にキリと共に行ってしまわれたけれど、ここに残るは、仕舞いに向かう僅かな御心のかけら。既に空に近い魂の入れ物。


 次代さま、全てお供致します。

「本祭の始まります前に、ご報告申し上げます」

 オトシの本祭を行わぬ祭祀場の持ち場の主は、その命尽きるまで、持ち場に篭り祈る慣し。

 島が本祭の時は山で、山が本祭の時は島で、オトシと全ての無事を祈る慣し。

「懸案の真の次代、本殿の御簾の中にて、無事に七つを迎えられました。既に周りも固めて御座います」

 祝詞は続いておりますな。

「サラ様、大社はもう大丈夫でございます。よくぞ今まで堪えてくださいました」

 この声が聞こえているのかは、もう、我にも判りませぬが、

「長い間、山では巫女が育ちませなんだ。代替にまつわる大きな刺青も、か弱きお身体で、よくぞお受け止めくださいました。長きに渡る次代のかげも、よくぞお務めくださいました」

 鳴らす気管に御礼申し上げたく、

「このあと我が真の名『桐』に恥じぬよう、木扉を閉じさせていただきますが」

 折り重ねる深い礼。

「際までご一緒仕ります。幸甚で御座います。若君」


 十三の変わらぬ真心を、次代さまは、とうによくご存知です。




 わたくし達の長舟に、飛び魚達が伴走します。日の光を跳ね返す美しい魚。


 頼りに出来る白銀の者たちは、随分とお疲れのご様子で、寄り添い眠っておいでです。


 ひとつになっているようですと花嫁が口にすれば、大巫女さまは「昨夜は大ごとだったからな。そう言えば」と、昔話を始められました。

「先代が申しておった。前のオトシで島から来た従者も、いつ見てもキリと溶け合っているようだったと」

「前の従者とは」「薬師の爺様さ」

 そうでしたか。花嫁は呟きます。そういうお役目でございましたか。おふたりはそうだったのですかと、何度も小さく呟きます。

 そうして少しずつ心に刻むのを、大巫女さまは愛おしく聴いておられます。


 あの者達を起こさぬよう、わたくし達はゆるりと進みます。


 彼等は波に揺られてまどろみます。夢うつつのなかで従者は、いつかの未来、自分もこの不思議な生き物に溶けると、とうに気付いているでしょう。



 兄上さま、次は神島に巡ってまいりますね。


 先ほどの飛び魚は、先頭の長舟を追い越してゆきました。行く末は輝いております。






 おしまい


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