悪意と善意。4
イケメン2人が帰った後
何とか動いてみようと思った。
私が見える位置に傷は見えない。
何日も寝たきりだったから、動けないだけなんだと
何となく思った。
…傷がふさがってないのに!
とか
折角治りかけていた傷が開く!
とかは考えていなかった。
見えない位置という事は
背中とか、足とか、頭とか。
でも、包帯を巻いてたりはしないから
多分大丈夫だと思う。
痛いけど、怪我をした時の痛みと言うよりは
筋肉痛みたいな痛みだった。
サイドテーブルに掴まり、上半身を起こす。
「ふう…」
少ししか動いていないのに、やたらと疲れた。
少し休んで、再びサイドテーブルに掴まる。
そして、頑張って立ち上がろうとした。
部屋の扉をノックする音がして
莉緒さんが入ってきた。
「あ」
思わず声を出す。
莉緒さんは驚いた表情を浮かべる。
「何をしているの?」
慌てて私に駆け寄る。
「あ、ええと…寝てばかりなので、体を動かそうかと…」
苦笑いを浮かべると
冷ややかな目で見られ、溜息を吐かれた。
「リハビリがしたいなら、ナースコールで伝えればいいのに」
冷たく言い放された。
違和感がした。
看護師さんって、白衣の天使ってイメージがあったから
患者にこんなこと言うイメージが無かったんだけど…
私が相当変な事しているんだろうか?
「まぁいいわ。ご飯の時間だから、早く食べて。リハビリの件は私が伝えておくから、余計な事しないでね。」
食事の準備をすると、莉緒さんは
早々に部屋から出て行った。
普通の病院食が並んでいる。
美味しそうだけど、食べたくない。
でも食べないと体力が付かない。
そして、退院できない。
それは困る。
少しでも記憶を取り戻す努力をしたい。
その為には家に帰らないといけない
そう思った。
無理矢理口に含み、咀嚼する。
吐き出しそうになりながらも
全部食べた。
食べる事がこんなに苦痛な行為なんだと
思ったのは多分初めてで、何だか苦しくなった。
莉緒さんが片付けをした後も
ずっと吐き気は治まらずに眠る事が出来なかった。
「大丈夫?なんか琴音ちゃん顔色悪いよ?」
琴音は苦笑いを浮かべるしか出来ない。
今日も朝早くから来ていた、さくらさんに聞かれたけれど、
何か答えると、朝ご飯を吐いてしまいそうな気がした。
「無理して笑うことは無いよ?」
そう言われても、この表情は、変えられない。
表情を変えるだけで、もっと気持ちが悪くなりそうな気がした。
「看護師さん呼ぶ?」
「だい…じょ…ぶです」
大丈夫ではないと思うけれど
心配をさせたくなかった。
“借り”を作りたくなかった。
誰が味方なのか判らないこの状況で
誰にも弱みは見せられないと思った。
三十分ほど経過して
扉を叩く音がした。
「はい」
扉が開いて、黒い服を着た男の人が
恭しくお辞儀をする。
「お嬢様を迎えに参りました。」
「げ」
さくらさんの表情が変わる
(げ?…さくらさんのイメージとは違う言葉が聞こえた気がする)
「ごめんなさい。うちの執事なの」
(執事…)
毎回違う服で来ると思って居たけど
さくらさんってすごいお嬢様なのでは?
「お嬢様?早くしないと、講義に遅れますよ」
「講義?」
「…私、大学に通ってるの」
「大学生…」
だから、年上って感じがしたのか…
「お嬢様」
「分かってるわよ。」
執事さんの方を向いて言った後
琴音の方を見て
「琴音ちゃん、無理しないでね?また来るから。」
微笑んでそう言った。
「…誰も信用できないなら、信用しなくてもいい。でも、自分だけは傷付けないで」
琴音に背を向けて、そう言うと
さくらさんは部屋から出て行った。
その後で、執事さんはまた恭しくお辞儀をして、
扉を閉めた。
そしてさくらさんが去り際に言った言葉が
心の中にスッと入りこんだ。
(誰も信用しなくていい…か)
何となく心が落ち着いた。
そして少しだけ眠りにつけた。