悪意と善意。2
どのくらい眠っていただろう。
誰かの声がする。
さっき眠ったばかりなのに、なんで起こされなければならないのか…
後、3時間くらい寝ていたい…
「んぅ…っっ…つ!?」
薄く目を開け、声のする方を見ようとしたら
思った以上に人の顔が近かった。
「ぎ…ぎあぁぁああぁ」
思った以上に可愛げのない叫び声をあげてしまった。
それなのにその事には一切触れず
「あ、起きた?」
声の主は、満面の笑顔でそう言った。
眠気と若干の恐怖で
「だ…れ…」
そう言うと
「さくらだよ」
水色のフリフリしている服装の女性がそう言った。
霞む視界が漸く晴れ
顔を認識する。
ああ、確かにさくらさんだ…
そう思ったものの
眠気には敵わない。
再び瞼が閉じようとする。
「まだ寝ないで!!!」
そうは言われても…
眠気眼で時計を見る。
面会可能時間からまだ、5分も経過していなかった。
部屋の扉が開く
「叫び声が聞こえたけど…」
看護師さんだろうか。
「なんか、琴音ちゃん、怖い夢見たみたいで…そのせいで…」
私、そんなこと一言も言っていないのに
勝手に理由をでっち上げられてしまった事に
衝撃を受ける。
「あまり長居しないのよ」
そういう声がして、看護師さんは去って行った。
「ごめんね?」
言葉は謝っているけれど
謝っていないように聴こえる。
「だって、目が覚めて、人が居て驚きました。って言う訳にもいかないでしょう?」
いや、そのまま言った方が良かったかと…
そう思ったけれど、口にするのも面倒なので
放置することにした。
「それで、こんな朝早くに何ですか?」
そう言ってみると
「琴音ちゃんに早く会いたくて、来ちゃった」
多分好きな人に言われたい台詞だろうとは思う。
でも、記憶がないからなのか、この言葉が怖いと感じた。
「昨日まで、ずっと琴音ちゃん寝てたから、早く色んなこと話したくて、早く来ちゃった。」
えへへ、と笑う顔はとても綺麗で
見とれそうになった。
着てる服と相まって西洋人形の様だと思った。
感情のない人形の様な。
さくらさん…何故だか貴女が怖いです。
「あ」
さくらさんは、可愛いバッグから
綺麗なラッピングをされた長方形の箱を取り出した。
「これあげたくて。」
「なん…ですか?」
「四つ葉のクローバーネックレスだよ」
「ありがとうござ…」
ふと、さくらさんの首元に目を向ける。
きらりと輝く、ネックレスに気が付いた。
「そうそう、これと同じ物。可愛いでしょ?」
お揃い…
何故か血の気が引いていく気がした。
私の認識の中では、昨日会ったばかりなのに
もうプレゼント…それもお揃い…
怖いそう思った。
きっと、さくらさんには、深い意味は無い事だとしても
友達だと言っていたから、こう言う事が当たり前の感覚だったのかもしれない。
けれどやっぱり、怖い。
要らないと言うべきか…
でも、要らないと言ったら、傷付けてしまう…
どうしたらいいのか悩む。
「どうしたの?」
「あ、いえ…ありがとうございます…」
お礼を言ってみた。
「着けてあげるね?」
「え、あの…」
さくらさんは、ラッピングを解いて
ネックレスを取り出すと
私の首元にネックレスを掛けた。
「さくらさんは」
私の事をどこまで知っているのだろう
何を知っていて、何を知らないのだろう。
とても気になったけれど
何をどう聞いていいのか
訊かない方が良いのか
そう考えてしまい、口を閉ざした。
「なぁに?琴音ちゃん」
私の様子が気になったらしく
訊き返してくる、さくらさん。
「あ…えっと…」
さっきの疑問を投げかけることは諦めて
「さくらさんは、なんで私に、此処までしてくれるんですか?」
プレゼントとか。
お見舞いとか。
さくらさんの表情が変わった気がした。
「え?」
慌てて表情を戻すと
「此処までって何のことを言っているか判らないけど。琴音ちゃんは私の“大切な”お友達だからよ」
大切なという言葉に、念が込められた気がする。
「私は琴音ちゃんを特別な存在だと思っていたし、琴音ちゃんも私を特別だって言っていたの。大親友だってそう言ってくれて、凄く嬉しくて」
突然饒舌になってきて困惑する。
「見て」
さくらさんは、1枚の写真を見せて
「これ、私の宝物なの」
幼い女の子が2人、笑顔で写っていた。
「こっちのツインテールが私。ショートカットが琴音ちゃん。」
写真にはSakura&Kotoneそう書いてあった。
とても楽しそうだと思ったけれど
何処か違和感がある。
何処かと言われると分からない。
そして、唐突に頭痛が襲い掛かってきた。
思い出してはいけない気もする。
でも思い出した方が良い気もする。
そんな2つの思いが交錯して、混乱する。
「琴音ちゃ」
さくらさんの言葉が途切れた。
部屋の扉がノックされた。
「誰か来てるの?」
女の人の声がする。
さくらさんは、その声に反応したように、
私から離れた。
「貴女何をしているの」
女の人の冷たい声がする。
「そちらこそ、何をしに来たんですか」
さくらさんの声がさっきまでとは違い
刺々しているように感じる。
「何しにって、私達は、琴音の保護者ですもの。此処に来ていけないなんて事は無いわ」
保護者…
「保護者??」
さくらさんは嘲笑うように言う。
「こういう時にだけしゃしゃり出て来て、保護者???」
「琴音をこんな目に合わせたのは、貴女の責任でしょう?」
何を言っているの。
「はぁ??何を言ってるんですか。」
「だって、琴音が落ちた場所には貴女しか居なかったんでしょう?」
「その件については、私は無関係だと証拠が出ています。先日警察に全てお話ししていますから。」
カーテンの向こう側で女同士の言い合いがヒートアップしている。
…私のこの怪我、警察沙汰にまでなっているんだ…へぇ…
何処か他人事のようだった。
「琴音ちゃんの両親の後釜で、今の場所に居られるのに、保護者なんてホント笑える。琴音ちゃんの両親を殺した真犯人は貴方達なのでは?」
さくらさんの、その一言に私の思考が停止した。
さくらさんと、私の保護者だという人の声が遠く聞こえる。
私の両親は…殺された?
誰に?いつ?どうして?
混乱する……分からない。