悪意と善意。
お粥を食べるだけで、体力を使い切ってしまったらしく
どっと疲れた。
朦朧とした意識の中、何とかリクライニングを元に戻し、
眠りについた。
夢も見ないほど疲れ果てていた筈なのに
夢を見た。
1人で孤独の中
紅く染まる空を見上げていた。
誰かを呼んでいるのに
誰を呼んでいるのか判らない。
泣きながら駆けている。
車が通らない車道を
走っている
走れば走るほど
私が追いかけている影は、どんどん離れていく。
足元の石に気が付かずに、躓く。
「待って!!私を置いていかないで!!」
必死に叫び
立ち上がり、擦り剝いている足を引き摺りながら、無我夢中で、駆けだした。
影は止まる事無く、遠ざかるだけだった。
「っつ…はぁ…っ…はぁ…」
夢から覚めると、部屋は薄暗くなっていた。
「…ゆ…め…」
そっと首を動かすと
設置されたテーブルと食器が片付けられて居た。
思ったより長く眠っていたようで
数時間が経過していた。
それでも、まだ日が昇るまで時間はある。
汗をかいているらしく、全身がべたべたして気持ちが悪い。
それと同時に、とても喉が渇いている。
流石に体のべたつきは、どうしようもできない。
視線をサイドテーブルに移す。
水の入った吸い飲みが目に入った。
落とさないようにそれを掴んで
口に水を含んだ。
けれどすぐに吐き出した。
「う…」
とても強い苦みと舌に痺れを感じた。
せき込んだ反動で、吸い飲みと水が地面に落ちる。
静まり返った部屋に、プラスチック独特の軽い音が響いた。
咳の音か、吸い飲みが落ちた音でかは判らないけれど
誰かが、扉を開けた。
「どうかしましたか?」
女の人の声がした。
「の…どが…かわいて…」
「気管に入ったのね?」
そう言われ、かぶりを振ったが
おそらく暗くて見えていない。
「みずが…へんなあじで…したが…へん…」
吸い飲みを拾った女の人の動きが止まった。
「灯りを点けるわね」
そう言われて、部屋が明るくなる。
そのせいで、目が眩んだ。
「先生を呼んでくるから、動かないでくださいね」
そう言って、看護師(莉緒さんと同じ服装だったから、そう把握)
は部屋を出て行った。
それから少しして、少し太めの男の人を連れて
さっきの看護師が戻ってきた。
「舌を見せて」
そう言われたので大人しく舌を見せる。
「まだ痺れてる?」
そう言われ、頷く。
「うーん…見たところ、特に変わった所は無いから…いっぱい水を飲んで、少し様子を見ようか。」
そう言われたらどうしようもないので
また頷く。
「床が濡れているから、拭いておいて。」
医師はそう言うと、部屋から出た。
看護師も、部屋から出て行った。
また数分後
看護師は雑巾とポットを持って戻ってきた。
ポットをサイドテーブルに置き、
ポットからコップに水を注いで
サイドテーブルに置き、リクライニングを起こし
コップを手にして、琴音にコップを渡した。
琴音はコップを受け取ると
そっと水を口に含んだ。
看護師は床の水を拭き取り、部屋を出た。
そんな多かった訳ではないので
一回で拭き終わったらしく
雑巾を置いて戻ってきたらしい。
琴音から空になったコップを受け取り、
サイドテーブルにコップを置いた。
「喉の渇きは…」
「もう大丈夫です」
そう言った。
「何かあったら、ナースコールしてね。」
「はい」
返事をするしか出来なかった。
「…電気を消していくわね。」
そう言って、灯りを消してから、看護師は部屋を出て行った。
そう言われても、舌の痺れは抜けていない。
なんであんな味のするものが
舌が痺れる物が入れられていたのかと考えると
眠る事は出来なかった。
誰かが私に何かしようとしている?
私は何で此処に居る?
身体中傷だらけで、記憶もない。
自分自身がどんな人で
本当に名前は琴音なのか
年齢も、何も解らない。
それから……
誰を信じたら良いのか
誰を疑うべきなのか…
本当に判らない。
さくらさんには裏がありそう…
それだけは、何となく感じた。