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 仮面舞踏会はひっそりと、しかし華やかにはじまる。

 カトリーナは黒に白い羽のついた仮面をかぶり、ブラウンのウィッグをつけると、仮面に合わせた黒いドレスに白いストールを羽織って、伯爵家で開かれる仮面舞踏会の会場に足を踏み入れた。

 過去に一度だけ、母親である侯爵夫人の目を盗んでこっそりと参加したことのある仮面舞踏会。

 その時よりも監視の目は厳しくなっているが、幸いなことに、今夜、母は祖母の家に出かけており帰らない。

 口うるさくても、なんだかんだ言ってカトリーナに甘いアリッサの手を借りて、カトリーナはこっそりと邸を抜け出すことに成功した。

 アッシュレイン侯爵令嬢だとばれないように、馬車は会場である伯爵家から離れたところに止める。

 そうして会場入りしたとき、舞踏会はすでに盛り上がっていた。

 身分を隠した華やかな会場。聞こえてくる笑い声や話し声。恋の香りがする!

 カトリーナはシャンパンを片手に、きょろきょろと会場を見渡した。


(仮面紳士みたいに、素敵な方はいないかしら?)


 できれば髪の色は金髪がいい。瞳は空のような青。そう、十二年前の夏に出会った、彼のように。

 いくら運命の恋を夢見るカトリーナと言えど、そんなにすぐ思い出の彼が見つかるとは思っていない。金髪に青い瞳の青年なんて、それこそ山のようにいるだろう。だが、探し続けていればきっと出会えるはずだと信じている。


「失礼、レディ」


 金髪金髪と心の中で唱えながら会場を見渡していたカトリーナは、背後から話しかけられて、びっくりして振り返った。

 そこには、赤と黒の仮面をかぶった背の高い青年が立っている。


(まあ……、金髪!)


 しかも、仮面の奥の瞳は青い。

 カトリーナの瞳が、途端にキラーンと光る。


(高身長、細いけど細すぎないし、低めの声も素敵!)


 会場入りしてすぐの訪れたまさかの出会いにカトリーナの心臓がドキドキと高鳴りはじめる。


(なんだかどこかで会ったことがある気もするけれど……)


 既視感を覚える気もするが、きっと小説の中の登場人物か何かだろう。

 カトリーナはにっこりと微笑んだ。


「こんばんは、素敵な方」

「レディ、失礼ですが、あなたは半月と少し前にもここにいらっしゃいませんでしたか?」

「半月と少し前……?」


 カトリーナは考え込んだ。確か、母の目を盗んではじめて仮面舞踏会に参加したのがちょうどそのころだったはずだ。


「ええ、そのころならちょうど来ていましたわ。どうしておわかりになったの?」


 カトリーナが不思議そうに首を傾げると、金髪の青年は肩をすくめて見せた。


「覚えていませんか? あの日、中庭で……」


 中庭、と言われてカトリーナはピンときた。

 中庭で休憩していたとき、一人の男性に声をかけられて、一曲踊ったのだ。そう言えばその彼も金髪で、赤と黒の仮面をかぶっていたような気がする。あの時のカトリーナはまだ王太子と婚約中で、ほかの男性と恋を楽しむことはできなかったから、正直あまり覚えていなかったが。


「思い出しましたわ! あの時、中庭で一曲踊ってくださった方ね」

「思い出していただけましたか」


 彼はホッとしたように息をつく。

 彼はカトリーナに手を差し出すと、


「今夜も一曲いかがですか?」


 と誘ってきた。

 カトリーナはポッと頬を染めると、手に持っていたシャンパングラスを給仕係に手渡し、彼の手に手のひらを重ねる。


「喜んで」

(自由恋愛万歳!)


 カトリーナはさっそく訪れた素敵な出会いに感謝しつつ、金髪の青年とワルツの輪に加わった。


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