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 だが、その日の午後、王太子殿下は現れなかった。

 カトリーナはバルコニーで紅茶を飲みながら、内心ほっとしていた。

 王太子は、髪こそカトリーナの思い出の王子様のように美しい金髪だが、全然愛想がよくない。

 カトリーナが必死で話しかけてもにこりとも笑わないし、いつも難しい顔をしていて苦手だった。きっとカトリーナの思いすごしかもしれないが、いつも睨まれている気がしてならない。


(来年結婚なんて、自信ないなぁ)


 ヴァレリアン国は一夫一妻制である。

 隣国のように一夫多妻制を取っているのならば、結婚後、ほかの奥さんがやってくる可能性もあり、カトリーナは夫と距離を取って大好きな恋愛小説を読みふけって一生を終えると言う素敵な人生を謳歌できるだろうが、残念ながらヴァレリアン国ではそれは望めない。


(あんなにモテるんだから、なにもわたしじゃなくてもいいと思うのよね)


 レオンハルトは今年二十二歳。カトリーナにはさっぱりわからないが、あのにこりとも笑わない顔がクールとの呼び声も高く、年頃の令嬢たちには大人気だった。


(男は笑顔だと思うのよ。素敵な笑顔。……ああ、今朝の騎士様はカッコよかったわぁ)


 カトリーナは紅茶を飲みながら、うっとりと今朝読んでいた恋愛小説を思い出した。

 素敵な恋愛がしてみたい。できれば十二年前に一度だけ出会った「王子様」と。そうすれば、あのイマイチ好きになれない王太子の嫁にだってなってもいい。


(あと一年。短いわ……、でも、一年あればいけると思うのよね)


 王太子と婚約してしまっている以上、大手を振ってほかの男性と恋愛はできないけれど、ちょっとしたトキメキくらいは味わえるかもしれない。

 そう期待に胸を膨らませるカトリーナだったが、すぐに嘆息して肩を落とした。


(やっぱり無理ね……。お母様の監視は尋常じゃないわ)


 母は、カトリーナの妄想癖を知ってから、びっくりするくらい神経質になった。間違いがあってはいけないと、邸から一歩でも出ようものなら、護衛と称して監視をつける。おかげで散歩もお買い物もちっとも楽しめなかった。


(ああー、素敵な恋愛したぁーい!)


 あんな冷たい顔をした王太子ではなく、にこにこと優しい笑顔の王子様に愛しているとささやかれたらどれほど素敵だろう。

 そして、ステンドグラスの美しい教会で永遠の愛を誓うのだ。ああ、たまらない! 

 カトリーナが両手で頬をおさえて「いやーん」と妄想に照れたときだった。

 何やら邸の玄関が騒がしいことに気づき、カトリーナは首を傾げる。


「アリッサ、何かしらね?」


 毎日が平坦でつまらないカトリーナは、何か面白いことでも起きたのかと、わくわくした表情を浮かべると、アリッサが止めるのも聞かずにうきうきと玄関に歩いていく。


「ねえ、どうかし―――」


 玄関にひょこっと顔をのぞかせたカトリーナは、そこにいた二十代半ばくらいだろうか、狐顔のひょろりと背の高い男と、その正面で真っ青な顔をしている父を見つけた。

 狐顔の青年は、カトリーナの姿を見つけると、ピシっと背筋を伸ばし、けれども申し訳なさそうな表情を浮かべて、こう告げた。


「カトリーナ・アッシュレイン侯爵令嬢。まことに遺憾いかんながら、この度の王太子殿下との婚約は、白紙に戻させていただく運びとなりました」


 カトリーナはたっぷり十拍は沈黙して、こてっと細い首を傾げ、


「へ?」


 間の抜けた返事を返したのだった。



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