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89 血は争えないと言うけれど、争ったとみられる形跡はなく、捜査は継続して行われる模様

 今日の天気は快晴。尤も、この世界に来て雨が降った事は一度もない。乾期に該当する時期なのか、たまたまなのか……いずれにしても、俺はどうやら晴れ男らしい。


 元いた世界でも『晴れ男』『晴れ女』といった言葉が使われていたけど、これがまた妙に不可解だったりする。普通に考えて、晴れ男か否かを判断するには、まずその人物が特定の地域に存在しない時期と存在する時期を比較検証しなくちゃならない。対象となる人物が一定期間その地域にいた時に晴れていて、そこから離れたら天気が崩れる。こんなケースが何度か起こった時に使用すべき言葉だ。でも実際には、一度行楽地を訪れた時に偶々晴れていたというだけで『晴れ男』を自称するお調子者がいる。この上なく不可解だ。その『晴れ男』に何の価値があるのか、冗談の類いだとしても何が面白いのかサッパリ理解出来ない。



 ……なんて事を、学生時代の俺は頭の中で延々と呟いていた。当時は実に鬱屈とした人生を歩んでいたもんだ。


 今は理不尽な事に対する免疫は大分ついている。『確信犯』や『役不足』が正しい使われ方をしていないからといって、いちいち指摘したりはしない。どういう意図で用いたのかがわかれば意味は通る。会話なんてそれで十分だ。



 それでも、世の中には見過ごせない理不尽はある。そこは理屈じゃない。納得出来るか出来ないか。ただの感情論だ。


 探偵は論理では動かない。誤解されがちだが、探偵の行動理念は全て主観であり、衝動だ。そこは声を大にして言っておきたい。



 さて――――



「貴女とこうして話をするのは随分久し振りな気がしますね。エミーラ王太后」


 昨日の今日で正直ウンザリしているけど、厄介事はまとめて終わらせたいタイプの俺は、超頑張って王城の謁見の間に対話すべき人達を集めた。


 ヴァンズ国王、エミーラ王太后、そして……


「そして、貴方とも。バイオさん」


「確かにね。でも君とはマヤを通して何度も話をしているような気がするよ。これが二度目の対峙とは思えない」


「同感です」


 彼が未だに有能なのか無能なのかハッキリしないのは恐らくマヤの所為だから、今回彼女には遠慮願った。当然、大臣など国王の臣下にも入って来ないよう言ってある。ここで行われる会合は、絶対に他言無用だ。


「それでぇ、私に何のようかしらぁ? って言いたいところだけどぉ……この面子が揃ってるんじゃぁ、もう惚けたって無駄よねぇ」


「ええ。貴女が犯した罪について、ハッキリさせておきたい事が幾つかありまして。時間は取らせませんから、ちょっとだけお付き合い下さい」


「私は罪を認めないけどぉ……それでいいのぉ?」


「認めればエルリロッド家が終わりますからね。貴女一人の問題では済まない。そこはいいんです。この国の法律が国王に帰属するというのなら、貴女は既に無罪ですから」


「……」


 この女性が、情念に囚われて夫を殺害した事は紛れもなく罪だ。でも一般概念としての罪と、法で定められた罪とは意味合いが異なる。そして罰が存在するのは後者のみだ。罰のない罪に言及しても仕方がない。それは別の誰か、哲学者や神様の仕事だ。


「この場で俺がハッキリさせておきたいのは、貴女の元夫……先代の国王の異常行動や人格変化は、全て病気によるものだったという事です。悪魔に取り憑かれた訳ではありません」


「どうしてぇ、貴方にそんな事がわかるのぉ?」


「この世界に悪魔が存在しているのなら、悪魔払いも必ず存在していて、貴方がたがその悪魔払いに依頼するからですよ。例え詐欺師だとしても」


「……成程ねぇ」


 悪魔がいれば、悪魔を払えると謳う人間は絶対に出て来る。金になるからだ。でもそういった存在は確認されていないし、彼等が頼ったという話も一切ない。つまり、俺の元いた世界と同じで、悪魔なんて迷信って考えが一般的なんだろう。


「頭を強く打つなどの外的要因もないようですし、先代国王の晩年の状態を聞く限り、若年性認知症でほぼ間違いありません。そして、ここからが重要ですが……貴方は知っていたんじゃないですか? この病気について」


「な……!」


 狼狽を口にしたのはバイオだった。当の本人は表情一つ変えずにいる。どうやら間違いないらしい。


「認知症は不治の病です。進行を遅らせる事も、この世界では恐らく無理でしょう。つまり、先代国王はずっとあの状態のままだと貴方は知っていた。だから……殺したのですね」


 既にエロイカ教という組織まで生み出していた元国王が、国民に醜態を晒すのは時間の問題。その前に引導を渡すべきだと考えた。王家の為……国王の名誉の為に。


「そして、俺を犯人に仕立てようとした黒幕は恐らく貴女だ。ヴァンズ国王も最初はその計画だっただろうけど、俺の最初の推理を聞いて、落とし所として一度は納得した筈。でも貴女が却下した。俺を一刻も早くこの世界から追い出す為に」


 ヴァンズ国王が『父は病気が原因で死亡した』と詳細を述べずに発表したとしても、俺が『国王は老人でもないのにボケていた』と言いふらせば、名誉が傷付く。これは認知症についての知識や、この病気が周囲にどう思われるかを理解しているからこその懸念だ。


 だとしたら、俺を危険因子を判断したのは、ヴァンズ国王じゃなく彼女だ。


「バレちゃったぁ?」


 悪びれもしない。


 でも王族とは元来、こういう性格がノーマルなんだろう。ヴァンズ国王は明らかに異端だ。きっと先代も似たような性格だったんだろう。


「エミーラ様を悪く思わないで欲しい。入れ知恵をしたのは私なんだ――――ぶふっ!?」


 裏拳でバイオを殴った。拳が痛い。


「な、何をする……痛い……スゴく痛い……」


「イケメンならなんでも許されると思うなよ?」


「悪かった……が、まるで用意していたかのように殴りつけるのは解せない……」


 なんとなく予想してたからだよ。愛人じゃなくても話し相手っつってたし。エミーラ王太后の心の隙間をこのイケメンが埋めていたのなら、何でも相談していたのは想像に難くない。


「決断したのは私よぉ。貴方に泥を被って貰おうとしたのもぉ……夫を屠ったのもぉ」


 罪は認めない。さっきそう言った王太后は、それでも敢えて自供した。彼女の本心が窺い知れる。本当は楽になりたいんだろう。


「……あの人はねぇ、私を一度も女として見てくれなかったのよぉ。婚約指輪だってぇ……外出する時すら一度もはめなかったんだから」


 女性としての情念。王妃としてのプライド。そして――――国王への愛情。


 殺人事件の動機は大抵、複合的なものだ。一つの感情だけで人殺しなんて出来るものじゃない。様々な感情が絡み合って、自分ではどうにも出来なくなった時、人は禁忌に踏み入れ過ちを犯す。


「それがねぇ……どうしても我慢出来なかったのぉ……」


 さぞかし、無念だった事だろう。


「貴女に認知症の事を教えたのはリノさんですね」


「……あの子は何度も『陛下は王妃の事を悪く思っていません』って言ってたけどぉ……信じられる訳ないじゃない。あの人に寵愛されてた子の言う事なんて……ねぇ?」


 リノさんが、この人に抱いていた感情。それもまた複雑なものだったのは想像に難くない。態度にもそれが出ていた。


 俺が彼女に裏切られたと思えない理由はそこにある。リノさんは俺以上に酷い目に遭っていた。


「そのリノさんが、全ての罪を被って別の世界に転移しようとしています。それを阻止する為に、俺は今日ここに来ました」


「やはりか……余もそれは感じていた」


 ヴァンズ国王の神妙な顔は、やっぱりクドかった。


「あの子は、自分がこの城に来た事で父と母の仲が決定的に破綻したと思っている。哀れな子なのだ。贖罪を破滅で果たそうとしているのやもしれぬ」


「ええ。でもそんな事はさせません。そこでエミーラ王太后、お願いがあります」


「なぁに?」


「正直に国民に話して下さい。犯人は自分だと」


 四人しかいない謁見の間が、静寂に包まれる。無理もない。それが出来ないから、ここまで話が拗れたんだ。


「ただし、期限は設けなくても構いません。貴女が生きている間に、この件を必ず公表する事。俺の名誉をちゃんと回復する事。それが条件です」


「……俺の名誉? 条件?」


 怪訝そうにする濃い顔の国王に、一つ頷いてみせる。


「国王殺しの不名誉、俺が被ります。既に公表している以上、それが一番整合性が取れますからね」



 ――――シャーロック・ホームズに憧れた事は一度もない。



 俺は生涯で一度たりとも、名探偵に憧れた事などない。

 


 俺が憧れたのは……父だけだ。



 上司の罪を被り、会社を守り、そして家庭を壊した、どうしようもなく救いようのない……あの間抜けな父親だけだ。

 

  

「良いのか……?」


「その代わり、こっちの出す条件は全部呑んで貰います。あと、国民へ発表する文章も全部こっちで考えます。先代の名誉は守りますけど、可能な限り俺への同情を誘い、悪者と思われ難いような凶悪犯罪者になりますよ」


 勿論、どんな設定を用意したところで、英雄と言われていた国王を殺した犯人が謗りを免れないのは絶対。死んだ事にしても『死体を引きずり出してあと100回殺さねば!』とか言われそうだ。


 しかも俺は、まだこの世界からいなくなるつもりもない。よって国外逃亡が落とし所だ。まあ、そこは別に問題ない。この国にそこまでの愛着はないし、未練なんてない。


 だから、これでいい。


「約束、守ってくれますか? エミーラ王太后」


「……どうしてぇ?」


 ここで『どうして守らなくちゃいけないのぉ?』とでも言うつもりなら、割と本気でキレようかと思ったけど――――


「どうして……そこまでしてくれるのぉ……?」


 声が震えていた。


 涙を見せないのは、彼女の意地に他ならない。王族はこうあるべきだよな。安い涙はこっちもお断りだ。


「本当、どうしてでしょうね。俺が知りたいくらいですよ」


 敢えて言えば――――俺も知りたかったんだと思う。親父が何故そうしたのかを。


 ただの歪んだ愛社精神か、頼まれて断れなかっただけか、それとも――――彼なりに矜持と理念と意地があったのか。


 俺はそれを知りたい。


「それじゃ、打ち合わせをしましょう。バイオさん、貴方は可能な限り俺を擁護して下さいね。イケメンならなんでも許されるんだから」


「さっきと言っている事が違わないか!?」



 こうして―――― 



 俺は異世界にまで来て、立派な犯罪者となった。  



 大した縁もなく、少しの間だけ一緒の時を過ごした、老婆の姿をした同郷の女の子の名誉を守る為に。



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