87 探偵の命題
難しく考える必要は何処にもなかった。
そもそも、国王から貰った手紙なんて大事な物を、自分の部屋の鍵もかかっていない場所にしまってある事自体、怪しかったんだ。万が一、部下が裏切った際にこっそり持ち去られたら致命傷となり得る。少なくとも、天井裏に隠していた金より優先的に見つかりにくい場所に保管すべき物だ。
なら、答えは自ずと見えてくる。
「この手紙は、別の物と入れ替わっている」
「……」
エウデンボイは表情を崩さない。流石は英雄レベルの実績を持つ元国王が見込んだ人物。肝が据わっている。
でも、反論が出て来ない時点でこれは勝ち戦だ。どうやら、推理を続けても問題ないらしい。
「要領はマヤがリノさんに施した言霊と同じだ。人じゃなく、物を入れ替える。物には意思がないから、単に外見が変化するだけだな」
例えば、その辺の紙切れを持って『元国王の手紙と全く同じ見た目にする』って言霊を言ったとしよう。その場合、紙切れを情報皆無の全く別の物へと変化させる事を意味する。幾ら同じ紙であっても、それは無理だろう。
でも、手紙と紙切れを両方持って『両手に持っている物を入れ替える』なら難易度がグッと下がる。実際、マヤはそれを成功させているし、リノさんの召喚による転移も入れ替わり。入れ替わりという行為自体、言霊で実現させやすいと考えられる。
目の前にある物をスケッチするのと、何もない物を想像で描くのとでは全然違うのと同じ理屈なのかもしれない。
そして、言霊による入れ替わりは長期にわたってその状態が維持されるのも既に判明している。リノさんの身体は未だに老婆のままだしな。
「考えたもんだな。防犯思想だけなら、貴重品を部屋に置かなければいい。でも、敢えてこれを置いておく事で、別の目的を果たす為のトラップになる」
別の目的とは、勿論――――
「ヴァンズ国王を追い詰める事が出来る。今、こうして実行しているようにな」
「一体なんの事かな?」
「惚けたって無駄だ。どうしてこの手紙がヴァンズ国王の所有物なのか。理由は単純だ。ヴァンズ国王の私物、或いは国王が長時間触っていた物を拝借し、それを元国王の手紙と入れ替えた。だからヴァンズ国王の所有物というスキャン結果が出たんだ!」
「……!」
エウデンボイをビシッと指差し、叫んだ。敢えてそうしたのは、彼の中での俺への不快指数を上げる為だ。
「この手紙は言霊によって入れ替えられた、全く別の物。ヴァンズ国王、エウデンボイ氏に何か私物をプレゼントした事は?」
「いや……記憶にないな」
「なら、盗まれたんでしょう。なんとなく想像は付きますが」
紙とかけ離れた物だと、なんとなく言霊の難易度が上がりそうな気がする。質量も近い物が好ましいだろう。だとしたら恐らく……
「ここで以前、誕生会を開いていた際にヴァンズ国王が見ていたバースデーカードとか。一応聞きますが、家に持ち帰って全部あるか確認とかしました?」
「そんな事はしないが、貰ったカードは全て大事に取ってある」
流石、親にあげた水筒を形見として手元に戻しただけの事はある。物と情を大事にする人だ。
「それを調べれば、自ずと答えは出そうですが……そこまでする必要はないでしょう。マヤ、この手紙を元の姿に戻せるな?」
「な……!」
驚愕の声を挙げたのは――――エウデンボイだった。最早これが状況証拠でも何ら問題はなさそうだが……
「リノさんを入れ替えたのも、いずれ元に戻すつもりだったからだろ? なら、言霊で入れ替わっている物を元に戻す術は持っているんじゃないのか?」
「簡単に言わないで欲しいなー。自分の言霊と違って、他人の言霊を強制解除するなんて超高難易度なんだよ? 言霊ってその人の思念の力そのものだから、他人の思念を上書きするのは難しいし、普通の人間にはまず出来ない事なんだよね」
自慢してるらしいが、それよりも『言霊ってその人の思念の力そのもの』ってところが気になった。思念の力だとしたら、思考力で使える言霊のレベルが決まるって前提は少し眉唾になってくる。
いや……よくよく考えたら、思考力だけで決まるってのがそもそも不自然だ。もしそうなら、リノさんみたいに『特定の言霊(彼女の場合は召喚)だけが使える』ってケースが説明つかない。思考力だけが判定材料なら、リノさんは召喚より明らかに低レベルの言霊なら確実に使える筈だろう。
どうも、この世界はまだ俺が知らない秘密が幾つもありそうだ。
でも今はその件は置いておこう。いずれ、俺の前に難題として立ち塞がる日が来るまで。
「つまり、マヤなら出来る。そういう事らしいよ、エロイカ教の教祖様」
「……ぅ」
ついに――――山が動いた。ようやく表情を崩せた。
「この手紙を、マヤに頼んで元に戻す言霊を使って貰う。もしそこでこれが別の物になれば、貴方が手紙を入れ替えていた事が確定する。そして、それをする理由は一つ。現国王への明確な反逆。そういう事でいいですか? ヴァンズ国王」
「……どうやら、そうなるな。エウデンボイ」
ヴァンズ国王がエウデンボイに目を掛けていたとか、信じていたとか、そういう可能性はない。でも複雑な表情をしている。恐らくは俺と同じ理由で。
彼を必要以上に刺激すれば、配下の五人が動き出すのは明白。その心配をしているんだろう。
でもそれは、ある意味では杞憂だ。何故なら――――奴はもう、攻撃を仕掛けるしか手立てがない。タイミングだけを図っている段階だ。
今のままだと最悪の展開になる恐れがまだある。頭に血が上っているであろう奴が、突拍子もない行動に出ないとも限らない。
なら、俺がやるべき事は一つ。
「さて、ヴァンズ国王。この手紙を元に戻せば、エウデンボイ氏の計謀を暴く事が出来ます。でももし、この手紙を俺が今この場で飲み込んでしまうか、言霊で燃やし尽くしてしまえば、証拠は消えます。この手紙と引き替えに、俺の濡れ衣を晴らす事は出来ますか?」
「む……余と交渉するつもりか?」
「こうでもしないと、俺はお尋ね者のままですから。それは納得が出来ない。やっていない事をやった事にされるのは気分が悪いものです」
さあ、ヒントは示した。後は……わかってるだろうな?
「……っ」
お前に残された道は一つだ。
早くしろ。時間は有限なんだ。どれくらいもつのか、俺自身全くわからないんだから。
そんな焦燥が一瞬、汗となって瞼の上に滲んだ刹那――――
「探偵を火だるまにしろおっ!!! 手紙を燃やし尽くせええぇぇぇーーーーっ!!!!」
エウデンボイの地鳴りのような命令が室内に轟いた。
リノさんの目が見開かれ、ポメラとレゾンが瞬時に強張った顔で傍の狂信者の連中に顔を向ける。
でも、彼女達が何か叫ぶ前に――――
「《我に炎をまとわせよ!》」
彼ら全員が同時に言霊を発し、俺に向かって突撃を開始した。
そう。それだ。
五人全員を俺に集中させろ。そうすれば、他の連中は誰も傷付かない。
俺は別にフェミニストじゃない。女性に対する特別視は一切ない。
だが、彼女達は仲間だ。そして依頼人だ。
探偵の俺に、真相を、真実の追究を願った人々だ。
万が一にも彼女達を巻き込んではいけない。それは絶対にあっちゃいけない。
「トイ! 逃げて!! 早く!!」
大丈夫だよ、リノさん。
逃げる必要はない。こうなるよう仕向けたのは俺だ。
「エロイカ教万歳!!」
「エウデンボイ様万歳!!!」
五人の男達がそれぞれ別角度で襲ってくる。その目は完全に末期のアルコール依存症や薬物中毒の連中と同じだ。正気とは思えない。
一体、こんな売春宿経営のエセ宗教の何処に命を投げ出す価値があるのか。こんなペテン師に人生を捧げる必要があるのか。一度気の済むまで問い質したい。
逃げ場はなかった。そもそも、全力でタックルを仕掛けてくる複数の敵を相手に、華麗に回避する能力なんて俺にはない。
これでいい。
炎を纏った狂信者の恐怖とも愉悦ともつかない不気味な表情を目の当りにしながら、俺は覚悟を決めた。
そして次の瞬間――――
「うぉぉおおおぉぉぉおお……おおおああああーーーーっ!」
絶叫と共に、焦げた臭いが全身にまとわりつく。
「トイーーーーーーーーーーーっ! いやああああああああああ!!!」
喉を切り裂くような悲鳴をあげるリノさんに、俺は力ない笑顔で応えた。




