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84 エウデンボイの真実

 マヤの表情は、エミーラ王太后の部屋で初めて会った時の彼女と同じだった。小悪魔的、って表現がしっくりくるような、童心のないイタズラ心。美女だけにそんな表情も絵にはなるが、だからといって魅了されはしない。


 この女、一体どういうつもりだ……?


 楽しんでいるだけ、とは思えない。彼女は道化を演じてはいない。寧ろ対極にある利己主義だ。自分の利益を最優先するタイプだからこそ、元国王が残した金を奪おうと画策した筈。


 だとしたら――――俺に任せる事で何らかのメリットがあるんだろう。


 でも、それを考えている余裕はない。


「ほう。やはり探偵たる貴方が何か企んでいたか。是非お聞かせ願いたい。どのような方法で先代国王の筆跡を調べられたのかを」


 筆跡鑑定か……元いた世界では筆跡鑑定人が判定を行っていたけど、この世界にそんな職業があるとは思えない。あるなら今の会話の流れでとっくに話に出ている。

 

 通常、筆跡鑑定は筆跡の特徴と恒常性を基準とする。その人物の字の個性、そして特殊な心理状況下にない普段書いている字かどうかが重要だ。


 でもそれをここで話したところで、恐らく何にもならない。というか、そもそも厳密な筆跡鑑定を求められている訳じゃない。


 マヤは『もっと確実な方法がある』と言っていた。つまり、元国王直筆の手紙を鑑定する上で、筆跡以上に確固たる証拠となるものが存在しているって訳か。


 証拠……証拠か……


「言霊を使い、手紙をスキャンします」


 それが行き着いた答えだった。


「どういう事だ?」


 訝しそうな顔で国王が問いかけてくる。顔がクドいな……


「手紙を持って『手紙を解析する』って言霊を言うと、その手紙の所有者がわかります。所有者の条件は、対象となる物に最も長く触れていた人物。つまり、手紙に一番長く触れてた人物が判明します」


「それが書き手となるとは限るまい。手紙を受け取った者の方が、書き手より長く触れていても何ら不思議ではないだろう?」


「はい。逆に言えば、スキャンによって書き手もしくは受け取り主のどちらかが必ず判明します」


「……」


 俺の視線の先は会話しているヴァンズ国王じゃなく、エウデンボイに向けられている。彼の様子は何も変わらない。見事なまでのポーカーフェイスだ。


「仮にこの手紙が偽造されているとしましょう。その場合、書き手は貴方の父、ジョルジュ前国王以外の人物です。そして偽造されている手紙をエウデンボイ氏が所持している理由はない。仮に持っていたとすれば、それは別の意味で大問題ですがね」


「勿体振るな。核心を話せ」


 既に国王も俺が言いたい事に気付いたらしい。なら要点だけで十分だ。


「もし手紙をスキャンして、元国王またはエウデンボイ氏の名前が出れば、その時点で手紙は本物と断定出来ます。逆に出なければ、元国王の筆跡を真似た偽物だと確定します。マヤ、まさかとは思うが手紙を直に触ってる訳じゃ……」


「そんな訳ないよ。手紙はちゃんと封筒に入ってる」


 なら問題ない。封筒をスキャンすれば、恐らくマヤが所持者として表示されるだろうけど、その中身の手紙には僅かな時間しか触れていないだろう。もしマヤの名前が出たら全てが台無しだ。


 もし手紙が偽造でエウデンボイが所有者として表示された場合、『エウデンボイ自身が手紙を偽造し、それを持っていた』『エウデンボイの所に偽造の手紙が届けられた』の二パターンが考えられる。


 前者は当然大問題だし、後者だったとしても、その偽造の手紙を自分の部屋にしまい込み、ヴァンズ国王への報告を怠っていたのなら問題だ。エウデンボイが偽造を依頼したと疑われても仕方がない。というか、それ以外に考えられない。


 よって、エウデンボイの名前が表示されれば、いずれにせよ彼はアウト。国王命令で手紙の真意は彼の口から語られる事になるだろう。


「成程。実に論理的。では早速試してみて下さい」


「ええ」


 不敵に微笑むエウデンボイに、焦りの色は全くない。自分の名前が表示されないという、絶対の自信がある。そう見える。


 これは……マズいかもしれない。


「マヤ、手紙を俺に」


「はいはーい」


 随分とまあ軽いノリで渡してくれる。その際に周囲を見渡してみたけど、リノさんもポメラもレゾンもやけに不安そうな顔をしていた。


 彼女達も、今のこの空気を感じ取っているらしい。


「では……「《この触れている物の情報を解析》」


 果たして結果は――――





[分類は紙類。所持者はヴァンズ・エルリロッド]




 

「……え?」


 思わず間の抜けた声が漏れてしまった。


 元国王の名前はジョルジュだ。ヴァンズじゃない。


 ヴァンズは……今目の前にいる、現国王だ。


「なんと! これは一体どういう事なのですかな? 陛下」


「……わからん。余の名前が出てくる理由に全く心当たりがない」


 国王は狼狽というより、要領を得ないって感じで眉を顰めている。本当に心当たりがない人のリアクションだ。


 これは一体……どういう事だ?


「……」


 マヤの口元が微かに弛んでいるのが見えた。


 これは……知ってたな、こいつ。事前にスキャンをしていたに違いない。


 もし自分でもう一度スキャンしても、答えを知っている以上素のリアクションは難しい。だから俺に丸投げしたのか。俺が手紙をスキャンするだろうと踏んで。


 俺は騙されたのか?


 いや違う。少なくとも、ここでヴァンズ国王の名前が出たからといって、俺には何の不利益もない。寧ろ――――


「しかし現に陛下の名前が出ている。つまり、この手紙は陛下が送った事になりますな。受け取り主は何を隠そう、この私なのですから。だからこそ私はこの手紙を部屋に保持していた。それは手紙を盗んだ彼らが証明しています。そうでしょう?」


 俺を見るエウデンボイの目が、妙に熱を帯びている。


 これは……


「つまり! 無礼を承知で我が解釈を述べるならば、この手紙は陛下が御父上の筆跡を真似て、それを私に送った事になります。陛下は御父上の筆跡を良く御存じだ。十分に可能ではないですか?」


「そんな事をした覚えはない!」


「ですが、他に考えられません。陛下、この手紙の所有者となる理由を、他に説明する事が可能でしょうか?」


 あの手紙に書かれていたのは、エロイカ教にカムフラージュした売春宿の経営に関する指示だ。もしそれをヴァンズ国王が偽造していたのなら……


「……出来ぬ。本当に心当たりがない」


「しかし現実として、言霊は貴方を所有者だと言っている。ならば、ここに記された言葉は貴方が書き記した物。ならばつまり、御父上を騙り、私を謀ってエロイカ教を手中に納めようとしていたのではないですかな?」


「バカな! 何故余がそのような真似をする必要がある! 余はこの国の王だぞ!」


「失礼ながら、当時はまだ王子。王ではございませぬ」


 ヴァンズ国王は二の句が繋げない。


 大したミスじゃない。でも、このミスは痛い。主導権を完全にエウデンボイに握られてしまった。


「御父上を羨ましく思った……とは考えられませぬ。陛下は誇り高き御方。御父上から宿の経営権を奪おうとする筈がない。ならば……御父上から継承しようとしたのではないですか? 当時、御父上は少々疲弊し公務を控えていたとお聞きしております。故に、陛下が代わりに我らを導こうと御配慮なされたのでしょう」


「違う! そんな事はしていない!」


「いいえ、したのです。したからこそ、この手紙は貴方の所持品という鑑定結果が出た。そして、それを否定する具体的な説明がなされていない。ならば私の言葉こそが真実。陛下は――――」


 エウデンボイの顔が、不自然に歪む。


「エロイカ教を御自身で動かそうと、そう願ったのです」


 それは、視覚的には笑顔に属するかもしれない。口角は上がっているし、目尻は下がって見える。でも……まるで人間じゃない別の生き物が、俺達の及び知らない感情表現を見せたような、そんな遠さを感じた。


「探偵の青年。どうやら君も、そしてマヤ君も、エロイカ教を誤解しているようだ。確かにこの手紙には、ふくよかな女性が奉仕を試みる際の手解きが記されている。しかしこれは、決して下世話な行為ではない。王家が守ろうと尽力した、女性の斯くあるべき姿なのだよ。我々は、それを未来永劫語り継ぐ為に活動している。そう……エロイカ教は国教なのだよ」


 エウデンボイは、恍惚とした顔で捲し立てる。いや……愉悦か。愉悦を抱いている。この状況下で。


 すなわち――――狂気。


 ただし、あくまでも理知的に作られた狂気だ。


「エウデンボイ! 貴様は一体何を――――」


「わかりませぬか? 陛下、エロイカ教は貴方にお墨付きを頂いたのですよ。探偵の青年が持つその手紙が確たる証拠。私はこの事実を公表したい。国民に知らせたい」


「バカを言え! 余は貴様達を認めてなどおらぬ! 寧ろ、父の負の遺産としか思っておらぬわ!」


「ならば審判は国民に委ねるとしましょう。明日にでも、いや今日でも構いません。国民を集め、今日判明した事実をありのままに伝えます。ここにいる皆が証人だ」


 もう……疑いようもない。


 これは脅迫だ。この男、国王を脅迫している。


 国王が権力を行使出来ず、しかも逃げられない状況を作り、そして……王にエロイカ教を認めさせようとしている。


 これが目的だったっていうのか……? その為に虎視眈々と準備してきたのか……?


「ありがとう、探偵の青年よ」


 目を細め、エウデンボイは俺の方に歩み寄ってきた。


「君の推理は実に素晴らしかった。お陰で、私は真実に近付く事が出来た。真実をもって、国民の審判を仰ぐ事が出来る。これほど公正な事があるだろうか」


 つまり――――エミーラ王太后の殺人の件も暴露すると、そう言っている。


 そして、手を貸したのは俺だと。


 

 参った。これは参ったな。


 このままじゃエウデンボイの一人勝ちだ。ヴァンズ国王は彼の提案を受け入れざるを得ない。すなわち、エロイカ教を黙認……それどころか支援するという条件を。


 間違いなく、エウデンボイはそれを狙っている。元国王の後ろ盾を失ったエロイカ教が生き残る唯一の方法として、ヴァンズ国王を脅している。そのチャンスをずっと窺っていたのか。ここに集まるよりもずっと前、恐らくは俺がこの世界に来るよりも前から。


「先程、レゾン君だったか……彼女が王太后の罪を被ると言ったのは、陛下の御指示ですかな? 私に全てがバレる前に、部下を犠牲にして事を納めようとしたのでは?」


「違う! オレはその国王の部下じゃない! オレが勝手に前の国王を慕ってるってだけだ!」


「さて、どうですかな」


 レゾンのあの発案は予定になかった筈。それすらも正当性の根拠にするつもりか。


 まさかここまでとは……


「これが、奴の正体だよ」


 ボソリと、マヤが俺にだけ聞こえる声で呟く。まるで背中を押されているように感じた。


 刹那――――


「残念ながら、先代の国王は悉く身内に恵まれなかったようだ」


 武器を持った何人もの人間が、部屋に乗り込んで来た。


 

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