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81 破滅の道標

「ヴァンズ国王。貴方は父上に水筒を贈ったと仰っていた。この世界において水筒は高級品との事なので、プレゼントとしては納得出来ます。でも“それと同じ水筒を母親が偶然持っていた”ってのは納得し難いですね」


 恐らく、水筒自体の種類も俺が元いた世界と比べれば少ないんだろう。量産品でもないだろうし。


 でも、本当に水筒が高級品だとしたら、水筒制作の専門家は必ずいる。そして専門家がいるのならオーダーメイドで制作されると考えるのが自然だ。なら、同じ物が偶然揃うってのは考え難い。


 普通に考えれば、それは偶然じゃない。


「貴方は母親に対しても、同じ水筒を贈ったんじゃないですか?」


「……」


「俺はずっと、エミーラ王太后の部屋にあった水筒はバイオからの贈り物だと疑っていました。だからそれを確かめる為にスキャンしようと、あの方の部屋に侵入しました……が、マヤによって処分された後でした」


 マヤは真顔で一つ頷く。


「彼女の証言によると、それは兄のバイオに頼まれたと。つまりは証拠隠滅です。だから俺はこの時点で、やはりバイオが贈ったのだとほぼ確信したんですが……どうやら真相は違うらしい」


 反論がない。その時点で俺の推察は正しいと証明されたと言って良いだろう。


 つまり、ヴァンズ国王は両親に対して同じ水筒を贈っていた。タイミングは父親の誕生日だったのかもしれないが、その機会に母親にも贈り物をするのは何も不自然じゃない。ペアマグカップみたいなものだ。


 よって――――


「もしエミーラ王太后の水筒をスキャンした場合、所有者として示されるのは貴方かエミーラ王太后だったでしょう。これは推測ですが、恐らくは……ヴァンズ国王、貴方の名前が示された筈です」


 言霊スキャンによる所有者の定義は、触れていた累積時間。対象物を長く持っていた人間が所有者と見なされる。


 プレゼントとして贈る前、ヴァンズ国王はその二つの水筒をそこそこの時間持っていた。贈り物として相応しいか、傷が付いていないか……生真面目な彼はその辺をチェックしたんだろう。勿論、贈る為の持ち運びの時間も所有時間に含まれる。


 一方、贈られた側の両親は、その水筒に長く触れてはいない。父親は認知症の影響で自分の所有物という認識が薄かったようだし、母親の方は――――花瓶として使っていた。


 もし愛人からのプレゼントなら、そういう使い方はしなかっただろう。身内の息子だから、普段使い、それも通常とは違う使い方でも良いという心境になった。そう考えれば辻褄は合う。


 そして、花瓶として使っている以上、触れる機会は水を替える時くらい。当然、王太后の彼女が自分でそんな事はしない。召使いに任せるだろう。もしかしたらその召使いが所有者と見なされていたかもしれないな。


 でもやはり、そうじゃなかったと俺は確信している。何故なら――――


「バイオがマヤに命じて水筒を処分したのは、もし調べられたらエミーラ王太后やその従者以外の名前が出ると彼は考えたからです」


 愛人であるバイオは、部屋に飾られている水筒の扱われ方もある程度見ていたんだろう。もし召使いが頻繁に水替えをしていたのなら、スキャンされても全く問題ない。その召使いの名前が出たところで、事件には一切繋がらないからな。


 でも恐らく、王太后や召使いは水筒に長らく触れず、そのまま放置されていたんだろう。理由はわからないが……


「……」


 ヴァンズ国王の顔が一層険しくなっている。一方、リノさんは驚きと不安が混じっている顔だ。


「エミーラ王太后は花瓶として使っていた自分の水筒に毒を入れ、それを夫……元国王の部屋の水筒と入れ替えた。彼が普段から水筒を使っていると思っていたんでしょう。でも実際には水筒は殆ど使われていなかった。だから、殺意自体はあったとしても、殺すタイミングは彼女の意図していた時期とは大分ズレたのかもしれませんね」


 殺人には必ず動機があるし、きっかけがある。元国王が死亡した時期、そのきっかけとなるような出来事は恐らくなかった。あればもっと早い段階で彼女を疑っていただろう。


「でも最終的に元国王は水筒の中の液体を飲み、死亡した。恐らくエミーラ王太后はその後、自ら第一発見者となり、その時に水筒を入れ替える予定だったのでしょう」


 これが、国王密室殺人事件において最も悩みの種だった、水筒の謎の真相だ。色々と捻くれた推理をしたけど、結局シンプルだったって訳だ。


「ただ、その予定が実現されたのかどうかは俺にはわかりません。もし入れ替えが行われていれば、現場に残った水筒に毒は入っていなかったでしょう。行われていなければ、そのまま毒は残っていた。ヴァンズ国王。貴方は後者だと証言されていました。『毒は処分した』と。それは本当ですね?」


「余は曲解はするが嘘は言わぬ。貴公に対してはな」


 ……貴公に対しては、か。国民に対しては別の話って言いたいんだろう。国王として嘘をつく必要性を迫られれば、例え不本意だろうと躊躇しない。そんな強い意志を感じる。


「そうですね。だとしたら、入れ替えは行われていなかった」


 エミーラ王太后は実行しようとしていたに違いない。でも、元国王が長らく水筒を使わなかったものだから、彼が死ぬタイミングが全くわからなくなってしまっていた。


 毒入り水筒を元国王の水筒と入れ替えた日はずっと気を張っていただろう。けれど待てど暮らせど元国王は死なない。悲鳴もあがらない。何日経っても変わらない。次第に張り詰めた気も弛んでいく。結果、彼女は水筒を再度入れ替える機会を逸した。


 つまり――――

 

「俺が以前目撃した『エミーラ王太后の部屋にあった水筒』は、元国王の水筒だったんでしょう」


 逆に、元国王の部屋にあった水筒は、エミーラ王太后が息子から貰った水筒。でもエミーラ王太后は普段殆ど触っていなかったから、所有者は息子のままになっていた。よって、俺がスキャンした際にはヴァンズ国王の名前が最初に出た。


 彼女がそこまで計算していたのかどうかはわからない。『言霊で水筒を調べられる』という発想自体、あったかどうかは本人に聞かない限りわかりようもない。


 ただ結果として、あの水筒には大分振り回されてしまい、エミーラ王太后は容疑者から遠くなった。


「その事実、貴方にだけはわかっていた。そうですね、ヴァンズ国王」


「……ああ。同じ水筒でも、母上にあげた物にはほんの少しだけ出来が良かった」


 それは、俺には決してわからない違い。傷でも入っていれば兎も角、そういう違いじゃなかったんだろう。


「大した差はない。それでも余は、出来の良い方を母上に贈りたかった。その見極めに随分と時間を要したよ」


「だから、どちらの水筒も貴方がずっと所有者のままだったんですね」


「出来れば塗り替えて欲しかったがな。まあそれは贅沢というもの。贈り物をどう使うかは当人の自由だ」


 寂しい国王のその言葉に、思わず気が滅入る。


 気持ちはわかるよ。子供は誰だって、親に大事に思われていると何かで感じ取りたいものだから。


「……二人の不仲は、余が小さい頃から続いていた。喧嘩はしていなかったが、父は母に興味がなさそうだった。まあ、政略結婚ならばよくある話。王族なら普通の事なのだろう。だが……母は父に愛されたがっていたように見えた。それに応えなかったのは父だ」


「王太后は太る気はなかったんですね」


「一国の王を支える王妃が、だらしのない体型では務まらない。国民に示しが付かない。そういう人なのだ」


 国王の生真面目さは母親譲りだったって訳か。


「母はずっと苦しんでいたように思う。余は、彼女に幸せを感じて欲しかった。顔の良い若い男に夢中になる事で、女としての幸福が得られるのなら、それでいいと思っていた」


「……まさか貴方がバイオを愛人として差し向けたんですか?」


「父と敵対する勢力の中に、母が好みそうな顔の男がいたのでな。話も合うだろうと思ったのだ」


 ……なんちゅう人だ。


 彼がバイオ及びジェネシスと繋がっているのは既に確定していた。でもこれは全く予想してなかった。


 王族ともなれば、庶民と感覚が違うのは当然だ。貞操観念やモラルに関してもそうだろう。でも、それにしたって母親に愛人斡旋とはな。


「だが、残念と言うべきか……どうやら母とバイオは愛人関係には至らなかったようだ」


「え?」


「母は操を立てていたらしい。自分を女性とは見ていない父に対して。バイオはただの話し相手として母に長年付き合っていた」


「やっぱり! あのヘタレ兄に王妃の愛人なんて務まる訳ないと思ってたんだよ!」


 急に大声を出したマヤは、露骨に目を見開いている。どうやらずっと疑問を抱いていたらしい。


「バイオって……ヘタレだったの? あのイケメンで? しかも俺の前に現れた時は自信満々のデキる男って感じだったのに……」


「あんなの全部演技、ポーズ、パフォーマンスだって。見た目以外に取り柄ないから、その見た目をどう活かすかに命賭けてる奴なんだよね」


「そこまで言わなくても良かろう。奴は単に才能の全てを容姿に凝縮したに過ぎん」


 散々な言われようだな……今までずっと有能感のある人物って印象だったのに。


 まあ、テレポート使ってるのが実はマヤって時点で怪しい空気は漂ってたけど……


「母は真面目過ぎた。そういう人間は、己の中に鬱憤を溜め続け発散出来ない。そして、それが許容量を超えてしまった時……破滅の道を辿る」


 それが――――夫の殺害に繋がったのか。


「以前、貴公は父が部屋に閉じこもってから遺体となるまでの間、事件の動機やきっかけになるような出来事がなかったかを聞いたな」


「え、ええ。何もなかったって言ってましたね」


「その期間には確かになかった。だが、それより前にあったのだ。父が……婚約指輪を盗まれたと騒ぎ出してな」


「!」


 その話は、エミーラ王太后本人から聞いた。それ以前から、部屋の物が盗まれたと何度か言っていたらしい。俺はそのエピソードを聞いて、元国王が若年性認知症だと疑ったんだ。


「実際に盗まれていた訳ではなかった。貴重品を収納する金属製の箱に無造作に入れてあったよ」


 金庫みたいな物か。エウデンボイの部屋にはなかったし、この世界ではかなりの富豪じゃないと持っていない代物なんだろう。


「恐らく、本気で盗まれたと思い込んでいたのだと思います。認知症とはそういう病気ですから」


「だが、余も母上もそのような病気だったとは知らなかった。父は嫌がらせの為にあのような妄言を吐いたとしか思えなかったのだ。悪魔憑き……いや、悪魔の囁きに耳を傾け悪行に手を染めるその姿こそが父の本性だと」


 そう感じてしまうのは仕方がない。この世界より遥かに文明が進んだ俺の元いた世界でも、脳の病気とその症状への理解は明らかに不十分だったからな……


 やはり俺の推理は間違っていなかった。


 この事件は、エミーラ王太后の女性としての情念が起こしたものだったんだ。


「現場にあった水筒が母上の物だと確信した瞬間、余は母上が犯人だと直感した。故に……余もまた、悪魔に取り憑かれたのだ」


 ヴァンズ国王の声は、海の底を思わせるような、暗く重く、そしてもの悲しい響きを孕んでいた。



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