80 水筒の意味
今のエウデンボイの笑み……どうやら俺はあの男にまで見事にしてやられていたらしい。となると、ヴァンズ国王と奴は別の思惑で動いている……って訳か。
中々一筋縄ではいかないな。
「……兎に角、俺を王城に誘い込むところまでがリノさんとヴァンズ国王の計画だった筈だ。そこで城の周囲に集まった国民に対し、俺が犯人であると宣言。その直後に俺を捕らえる。これが重要だった」
ヴァンズ国王は国民から怪しまれている立場。その彼が『探偵を犯人だと断じた』だけではダメなんだ。『探偵が王城にいて、国王が犯人だと宣言した直後に捕まった』というシチュエーションまで実現させて、初めて説得力を生む事が出来る。『何故探偵は王城にいたのか?』『今度はヴァンズ国王を殺害するため?』『言霊のデータを盗むため?』って憶測を生むからな。俺が犯人という憶測を格段に立てやすくなる。
「その状況でポメラ達が『探偵は一度推理をした後で再調査を始めた』と証言すれば、その客観的視点における事実も相まって、探偵が真犯人だったという国王の宣言はいよいよ真実味を帯びる。その一方で、俺をこの世界から転移させれば、あとは『犯人は城内で処刑された』と告げるだけでいい。誰も損はしない。幾ら俺に濡れ衣を着せても、俺はもう二度とこの世界には戻って来ない訳だからな」
これは……ある意味究極の完全犯罪だ。最も、それを成立させようとしていたのは犯人じゃなく犯人の身内なんだが。犯人蔵匿および証拠隠滅の罪を完全犯罪の対象にするとはな……
「以上が、俺の推理だ。ヴァンズ国王、如何ですか?」
「筋書きとしては悪くない。だが、母上が犯人という証拠がない以上、所詮は空想の域を出まい」
「確かに、貴方がたがエミーラ王太后を庇っているっていうのは推理の根底ですから、その大前提が証明出来なければ絵に描いた餅ですね」
「絵に描いた……なんだって?」
「俺の世界の古い諺です」
流石に餅はこの世界にはないか。米すらないからな。肉とパンがメインってのも味気ないが、余所の世界の食文化にケチを付けても仕方がない。
「証拠と呼べる物はありません。ただ、それに近い物ならあります」
「ほう。何だ?」
「国王、貴方の部屋にあった水筒ですよ」
「……!」
顔色が変わるのも無理はない。
俺が捕らえられた後、リノさんは兵士から保護されていた。その後、国王と対面するのは難しくない――――ように思えるが、恐らくそれは実現していない。
国王は俺が捕まった事を国民に宣言しなきゃならない状況だった。しかもあの日は国王の誕生パーティ。国賓も招いている。彼等への説明や、騒動を起こした事のお詫び、ホストとしての役目……当日国王は多忙だった筈だ。
一方、リノさんは状況だけを見れば、彼女は容疑者の仲間。でも彼女は兵士から保護されていた。そうするよう国王が伝達していたのか、それとも『探偵スケープゴート計画』自体を城内の兵士達も知っていたのか――――恐らく前者だ。医者の口封じすらやらないヴァンズ国王が、配下を使って濡れ衣を着せるような真似はしないだろう。真相を知る人間は最小限に留めた筈だ。
よって、リノさんは事情を良く知らない兵士に保護された状態が暫く続いた。そこから離れる事は出来なかっただろう。
その後、リノさんはポメラ達と合流し、マヤに俺を脱獄させるよう条件付きで懇願した。でもリノさんが俺を逃がす訳がない。恐らく、唯一事情を知らないポメラがマヤに頼んだんだろう。
マヤもまた事情を知らない。彼女が突然テレポートで現れて、ポメラが『トイさんを助けてあげてください……!』と頼んだとしたら、リノさんとレゾンは止めようがない。止めればマヤに怪しまれる。ポメラは兎も角、マヤに怪しまれるのは彼女達にとって決して得策じゃない。
だからリノさんはあの夜、エウデンボイを足止めするっていう条件を果たした後、単独行動に打って出た。俺が逃げ出した事を伝えに城を目指したか、或いは――――本人が言っていたように『不穏分子を断つため』だったのか。
いずれにせよ、リノさんと国王が対面する暇はなかった筈。つまり、俺が国王の部屋で水筒を見つけ、スキャンした事は知られていない。
「あの水筒は、犯行現場にあった物だ。スキャンしたら俺の所持品になっていたからな。それが何故、貴方の部屋にあったのか。そして何故、俺の所有物のままになっていたのか」
答えは単純明快。
あの水筒は――――
「形見だったんですね。貴方にとっては」
俺の言葉は、ヴァンズ国王にとって……毒だった。それでも俺は言わなければならなかった。ここは真実を話す場なのだから。
「犯行に使用された可能性が極めて高い水筒、しかも毒が混入していた水筒を自分の部屋に置いていた理由は、それが父親の形見だったから。所有者が変わっていなかったのもそう。形見である以上、自分の物とは認識しない。貴方はあれを父親の物として扱っていた」
だから、水筒の所有者は変わらず俺のままになっていた。シンプルな理屈だ。
「そうなってくると、今度はもう一つの水筒、エミーラ王太后の部屋にあった水筒の行方が気になってくる。マヤ、君が処分したんだよな?」
「そうだよ。お兄ちゃん命令で。前に言ったじゃん」
「ああ。その通りだ」
彼女は嘘をついてはいない。事情を知らないマヤが嘘をつく理由がない。つまりあの水筒はバイオがマヤに頼んで処分させた。
そしてバイオは、ヴァンズ国王の命で動いている事がほぼ確実。俺に対する警告がそうだったように。
なら、その行動の動機は当然、ヴァンズ国王の意向とイコールで繋がる。
恐らく……犯行とは直接関係はない。いや、ある意味では何より深く関係しているのかもしれない。
「エミーラ王太后は、敢えてあの水筒を自分の部屋のよく見える場所に置いていた。俺はそう考えます」
「……」
ヴァンズ国王は何も答えない。というより、彼はその答えを持ち合わせてはいない。当然だ。真相は本人である王太后にしかわからない。
でも、恐らく間違いない。彼女は……
「その水筒こそが、犯行に使用された『毒入り水筒』だ」
それを敢えて室内に置いていた。
そしてそれこそが、彼女の情念の証だった――――




