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08 探偵と詐欺師は紙一重とまでは言っていない

「お預かりした水晶は、全部で8万4千600円になります」


 勿論、この世界に円なんて単位は存在しない。あくまでも、俺が理解出来る日本語に変換されているだけであって、正確には『8万4千600円相当のこの国の通貨に換金出来る』だ。


 8万か……


 凄いな!


 思った以上の金額だ。貰った水晶全部換金したら100万円超えるんじゃないか……?


 流石転移ボーナス。サラリーマンの年間ボーナスを余裕で越えて来やがった。


 とはいえ、今後の事を考えたらそうホイホイ売る訳にはいかない。今後、言霊を使う機会はあるだろうし。



 にしても――――


「やるじゃねぇか婆さん! あの野郎にはみんなムカ付いてたけど、中々手ェ出せなかったんだ!」


「アンタは俺達の救世主だ! 酒場で一杯奢らせてくれ!」


 俺よりも先にリノさんが城下町で名を売ってるんだが。


 どうしよう、このままだと俺が『凄い婆さんの腰巾着』って認識になりかねない。依頼人の希望と真逆の方向に行ってるぞ!?



「参ったの。つい手が出てしまったが、あんまり良い状況ではないようじゃ」


 リノさんも同じ認識らしい。ちなみに一撃でゴロツキを気絶させたのに拳も全く痛めていない模様。それも、単に殴っただけじゃなく、頬に拳を引っかけて床に叩き付けるというえげつない攻撃だった。ヤベー婆さんだ。



 ……いや、待てよ。


 ここは発想を変えよう。このインパクトは大事にしたい。


 重要なのは、俺の名前が知れ渡る事。当然良い意味で。

 

 なら、話は早い。


「俺達はレゾンって奴を探している。こいつが知ってると思ったんだが、彼女がうっかり気絶させちまったから居場所がわからない。知ってる奴がいたら教えて欲しい」


 実際にはレゾンなんて知らんしどうでもいい。でもこう言っておけば、俺の方がリノさんより格上って感じが出る。


 それにさっき、野次馬の一人がこのゴロツキに手を出せなかったと言っていた。腕力自慢だったのかもしれないが、それ以上に親玉――――レゾンって奴の存在がヤバ過ぎて手下に手を出せなかったって可能性が高い。もしそうなら、これで一気に俺の株が上がる筈!


「お、おいおい。レゾンに刃向かうのは止めとけよ。この街を裏で牛耳る大悪党だぜ?」


 よーし良い感じだ。


 探偵にハッタリは付きもの。浮気現場押さえる為の尾行がバレた時も『僕は君が好きなんだ! 君とそんなヤツと一緒にいるのが我慢出来ない!』と叫べばドン引きして離れてくれる。女でも男でも。


「その大悪党を狩る為に俺はこの街に来たんだ。皆がそう願っているんだろう?」


 流石に鵜呑みには出来ないだろうけど、それでも低い感嘆の声があがる。


 20代の男と婆さんと並んでいれば、そりゃ20代男性の方が強いと思われる。婆さんですらあの力なんだ、男の方はどんだけ強いんだよ……となる。


 あとは――――


「俺の名はトイ! 探偵をやっている。レゾンについて知っている事があれば教えてくれ!」


 伝説の職業を敢えて口にすれば完璧だ。


 自分を大きく見せるのに言霊は必要ない。適切なタイミングで、適切な言葉を使えば良い。それが人に印象というものを与える秘訣だ。詐欺師の秘訣とも言うが。


「トイ……貴殿の勇気に敬意を表し、その名を覚えておこう」


 ギルドのヌシ的な、精悍な顔つきの中年がこの場を代表するようにして俺に近付いて来た。 


「生憎、レゾンの居場所を知っている者はここにはいない。恐らくそこに倒れているゲキゾーも知らないだろう。奴は……レゾンは周到だ。最強の言霊使いとの呼び声もある。それでも狩るというのか?」


 いや狩らん。


「その目……どうやら本気らしいな。ならばこの件、ギルド全体で共有させて貰う。何か情報を得た時には優先して君に回そう。皆もこのトイに協力してやれ!」


 如何にも人の見る目がありそうな雰囲気のギルドのヌシは、全く見当違いの解釈をして俺の名前を広める手助けをしてくれた。ちょっと心苦しいけど、多分彼もハッタリで生きてる奴っぽいし別にいいか。



 これで、俺の名前は城下町で知れ渡るようになるだろう。多少時間はかかるだろうし、他力本願過ぎて実感ゼロだけど……









「悪知恵の働く奴じゃの。探偵とは皆こうなのか?」


「んー……この場合どう説明したものか」


 冒険者ギルドを出てから、宿を探す為に街を練り歩いている最中の雑談は、主に俺の素性に関するものだった。どうやらリノさんは自分語りはしないタイプらしい。


「他は知らないけど、俺のプライオリティは依頼者の希望に沿う事。その為なら他人の靴くらい平気で舐める。ただしそいつが本当に舐めて欲しいのかどうかを熟慮した上でだけど」


「良くわからない例えじゃが、まあ良かろう。小悪党のように感じない事もないが、殿下の信じる御仁じゃ。あーしも信頼するのが筋というもの」


 ……微妙に好感度が下がった物言いだ。まああれで現状維持ってのはムシが良過ぎるか。


「それで、宿はどうする? 今後も多分現場に足を運ぶ事になるし、あんまり離れた場所にはしたくないんだけど」


「ならばこの辺りが良かろう。丁度そこに宿がある」


「こっちにもあるけど……うわ、この辺宿多過ぎ」


 日本でもそうだったけど、人の集まる施設の傍には宿が沢山ある。

 冒険者ギルドの傍に宿があるのは必然だった。


 出来れば安くてそこそこ良い部屋なのがありがたいけど……まあこの世界にアメニティの充実とか求めても仕方ないし、ベッドが極端に硬くなけりゃいいか。


「それじゃ、リノさんが最初に見付けた所に入ってみよう」


「うむ」


 幸い、その宿屋【コルネ】は悪い意味での特徴は何もなかった。日本のビジネスホテルとは比べられないけど、それは織り込み済みだ。



 拠点は決まった。


 さて、次にやる事は――――


「水晶をここへ運ぼう」


 城に置いてある貰った水晶の回収。大金になるとわかった以上は放置しておく訳にはいかない。


 問題は運ぶ方法だ。


 一旦城に戻ってもいいけど、ここは敢えて言霊を使いたい。俺に使える言霊がどれくらいあるのか、どんな内容の言霊で水晶をどれくらい消費するのかを試す為にも。


 勿体ない気もするけど、それをしておかないといざって時に言霊が使えない。有事になって使えない言霊を叫ぶほど間抜けな話はないからな。


「それでは、どうするのじゃ?」


「声だけを城に届けたいと思ってる。可能かな?」


「成程の。無論可能じゃ。戦時中には特に重宝されておった筈じゃし、具現化実績も相当高いじゃろう」


 良かった、想定通りだ。


 離れている場所にある物質を転移させるのは言霊じゃできない。触れている物なら可能かもしれないけど、水晶は城に置いてある。


 でも――――俺の声を転移させる事で、持って来て貰う事は可能だ。


「《次に言う言葉をエルリロッド城所属の執事パトリック・リジャースに届けろ。『直ぐに水晶を冒険者ギルドまで届けて欲しい』》」



 さあ、どうだ。


 ……よし、水晶が消滅した。ちゃんと効果が発揮されたみたいだ。


 人を顎で使うような真似をしてしまったけど、自力だけであの水晶を全部運ぶのは時間がかかり過ぎる。その分は仕事に回したい。国王もそう望んでいるだろう。



 これで取り敢えず捜査態勢は整った。


「思ったのじゃが……陛下のご意向に沿う事が出来たのなら、もう城を拠点にしても良いのではないか?」


「いや。ちゃんと俺の名前が広まったかどうかの確認は必要だし、出来れば城以外での調査もしておきたい。暫くはこっちで捜査する」


「そうか。あーしはあんたの助手じゃから、あんたの指示に従うまでじゃ」


 人生経験豊かな人は、ひたすら頑固かひたすら寛容かのどっちかって印象が強い。そしてこの場合、例えどっちでもOKだ。頑固なら『陛下の言葉は絶対』という従者の信念を貫くだろうし、寛容なら俺の言葉を聞き入れてくれるからな。


 俺の目に狂いはなかった。彼女を選んで正解だったな。


「それじゃ、まず被害者……前国王の評判を聞いて回ろう。評判次第で犯人を大分絞れるし」


「無礼者! そのような不埒な真似が出来る筈がなかろう!」


 ……その代わり、異文化特有の価値観の違いに早々に遭遇してしまった。



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