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74 二者座す

 男と女とでは身体のつくりが違う――――なんて一般論が通じる相手じゃないのは一目瞭然。レゾンの身体は俺が今まで見てきたどの無法者よりも鍛え抜かれている。


 対する俺は、元いた世界の平均的20代後半より少し足腰を鍛えている程度の中肉中背。殴り合いじゃ勝負にならない。ましてボコボコになんて出来る筈もない。


「そこまで言った以上、もう後には引けねーからな。オレだって、この街を裏で仕切ってきたプライドがある。今まで積み上げてきた生き様ってのがある。デカい口叩かれて笑ってスルー出来るほど人間も出来ちゃいねーんだ」


 レゾンはわざとらしいくらい、俺の安い挑発に乗った。彼女なりに思うところがあるんだろう。


「ああ。こっちも振り上げた拳を下ろすつもりはない。それに、頭脳戦でお前を下したところで何の意味もないしな。ガキ相手にそんな恥ずかしい真似はしない」


「……ガキ? オレがガキだって?」


「わからんさ。今のお前には」


 積み上げてきた生き様なんて、ある日突然跡形もなく崩れちまう。親も、仲間だと思っていた奴らも……世界そのものも。


 そんなものに固執している内はまだまだガキだ。


「俺が持っている水晶は一つ。俺が使う言霊は一度っきり」


 一歩、二歩――――と前へ進み、レゾンと距離を取りながら、敢えて情報を開示する。


 勿論、ただでくれてやるつもりはない。主導権を握らせて貰う。


「俺が勝てば、お前の持っている情報網を全て貰い受ける。お前が勝ったら、今お前が抱えている罪悪感を俺が全て取っ払ってやる。そういう勝負にしよう」


「おいおい、オレの罪悪感はそんなに重いのか? 勝手に決めんなよ」


「ならオマケだ。お前の知りたい真相、俺が代わりに答えてやる」


「……それこそムチャクチャじゃねーか。お前の知る真相が正しいなんてわからねーんだから」


「なら前払いだ。お前が憧れていたとかいう元国王、裏では売春宿の経営に関与していた」


「!!!」


 衝撃――――じゃない。レゾンはこの事実を知っていた。だから元国王の死因を調べていた。


 この城下町を裏で支配する彼女が、露骨に怪しい教団が経営している売春宿について知らない筈がない。その時点で、レゾンがこの件について調べているのは容易に想像がつく。


「知り合いに、元国王を殺しそうな奴でもいるのか? だから、そいつが本当に真犯人かどうかを確認しようとしているじゃないのか?」


「……わかった。オレが間違ってたよ。お前は――――」


 レゾンの形相が一変した。全身の血管が浮かび上がり、獰猛な獣と化す。


「オレの知りたい事を教えてくれそうだ」


 ふつふつと、彼女の感情が沸き上がっているのがわかる。怒りでもないし、歓喜でもない。


 ただただ、悲しみだけだ。


「言霊を使えるのは一回だけ。そう言ったよな?」


「ああ。言った」


「それが本当だって証拠はあんのか? ないだろうよ。仮に水晶を見せられても、他に隠してるかもしれねー。どの道、信用は出来ねーな」


「俺が信用出来ないか」


「そっちだって同じだろ?」


「でも、俺が信用出来ないのなら、俺が負けた時に話す真相も、結局信用出来ないんじゃないのか?」


 矛盾点の指摘――――それがレゾンに迷いを与えた。多分。


 彼女は得たい答えを得るには、俺の言った事を信用するしかない。


「《恐怖を感じた瞬間に一瞬だけ敵から認識されなくなる》」


 その縛りを与えた刹那、今度は言霊を使う。これだけわかりやすい説明口調なら、言霊だと一発でバレる。つまり、レゾンは俺がこれ以上言霊を使わないって前提で動かざるを得ない。俺から真相を聞き出すには。


「既に成功実績のある言霊だ。ハッタリじゃない」


「そりゃそうだろうよ……でも大した内容じゃねーな? 一瞬だけ認識出来なくなったから何だってんだ?」


「わからないか? 認識出来ないって事は、どれだけ目を凝らしても、俺を確実に見失う。その一瞬で俺がお前を攻撃すれば、確実に無防備な状態で食らう。致命傷にならなきゃいいがな」


「おいおい、お前にそんな芸当……――――!」


 ようやく気付いたか。


 俺がもう一度言霊を使えれば、それは可能だ。


 言霊で直接人は殺せない。でも、硬化させた拳で顔面を殴られれば鼻くらい潰れるし、硬化させた爪で喉を抉れば声を失う。殺せずとも、やりようは幾らでもある。

 


 レゾンは俺を信じるか否か、そのどちらかを選択しなければならない。



 もし俺を信じるなら、第二の矢ならぬ第二の言霊はないと決め付けなければならない。もしそう仮定すれば、俺の姿が一瞬見えなくなったところで、レゾンにはどうという事はない。素手の俺が何をしたって彼女には通用しない。


 けれど、万が一俺の発言が嘘だったら――――つまりもう一つ水晶を持っていたら、致命傷を負いかねない。かなり危険な賭けだ。



 逆に俺の言葉を信じないのなら、第二の言霊を警戒出来る。一瞬姿を見失ったとしても、事前に身構えていれば対処は十分可能。それくらい俺とレゾンの身体能力には差がある。無防備でさえなければ、俺の攻撃は決して直撃しないだろう。


 でもこの選択の末に勝利しても、レゾンには『この探偵の言う事は信用出来ない』って疑心暗鬼が取り憑いてしまう。その後に俺が真相を語ったとしても、心から信じるのは無理だろう。



 主導権を握った事で、この心理戦に持ち込めた。


 あとはレゾンがどう動くかだ。


 俺の手の内に水晶が一つしかないと信じるか。二つ以上持っていると疑うか。


 俺から真相を聞き出せる可能性に賭けるか。それを諦め、この場をやり過ごす事にだけ集中するか。


 

 或いは――――


「恐怖を感じた瞬間に、一瞬だけ敵から認識されなくなる……だったな」


 そのどれも選ばず、第三の答えを見つけるか。


「なら、お前に恐怖心を与えなきゃ、オレがお前を見失う事はないんじゃないか? なぁ、探偵」


 レゾンはそれを見つけた。


 オレをビビらせずに勝利する方法を――――


「よっこいしょ、っと」


 目の前の筋肉質過ぎる女が、地べたに腰を下ろす。整備されているとはいえ、元いた世界のアスファルトとは比較にならない為、凸凹がかなりある公道に。


「オレはこれからもう何もしねぇ。ここから動かねぇ。お前はどうする? ここから離れるんなら、それは逃亡と見なすぜ。そんときゃオレの勝ちだ」


 レゾンは戦闘による決着を捨て、我慢比べ――――この場により長く居続ける事を勝利条件とする戦いにシフトした。


 これなら、俺を認識出来なくなる事はない。俺が恐怖心を抱く理由がないんだから。


 そして持久力に自信があるからこその選択だ。俺が先に音を上げると確信しているに違いない。


「……考えたな」


「へへへ。見た目でオレを判断したのが命取りになったな」


 会心の選択――――そんな顔だ。 


 実際、レゾンのこの機転は中々のものだ。決して脳筋じゃこうはいかないだろう。元々彼女の頭を評価していた俺としては、それが裏付けられた現状に悪い気はしない。


 そしてもう一つ。


「それはこっちのセリフだ」


 狙い通り……と言いたいところだが、流石にこの展開を読んでいた訳じゃない。第三の選択肢をレゾンが選ぶ可能性は考慮していたけど、その方法までは特定出来なかった。


 俺を怖がらせない勝負――――例えばじゃんけん……がこの世界にあるかどうかは不明だけど、そういう運要素が強い勝負は幾つもある。そっちに持っていかれたら面倒だった。勝てる可能性があっても、負ける可能性も等しくあるからな。


 でもこの勝負に運要素はない。どちらが長く耐えられるか。それだけだ。


「お、受けるのか。男らしいじゃねーか」


 レゾンに倣って俺がその場に腰を下ろしたところで、勝負は始まった。


 大の大人が二人して道に座り込めば、当然奇異の目で見られる。これはレゾンも想定内。裏の支配者とはいっても彼女の顔は広く知られているみたいで、睨みを利かせると通行人はそそくさと退散していた。


 羞恥心によって勝負が決まる事はない。ただこの場に居続けるだけのチキンレース。食べ物も飲み物も支給されないし、生理現象も我慢しなければならない――――


「《便意を催さなくなる》」


 レゾンは俺の方を憎たらしい笑顔で見ながら、言霊を使用した。


「勝負あったな」


 ここまで考えての、この勝負方法か。


「オレは誰かの操り人形じゃねぇ。ここに至るまで、色んな修羅場を潜ってきたんだ。負けねぇよ。最後まで勝ち尽くしてやるんだ」


「……お前の言う『勝つ』って何だ? 何に対して勝ちたいんだ?」


 ただ座り込んでいるだけじゃ芸がない。丁度良い機会だ。


「自分に、だよ。レディなんて言われて舞い上がって、未だにその人を悪く思えねぇ自分を――――オレは絶対許せねぇんだ」


 話をしよう。


 この、どうしようもないくらい不器用な女と。



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