73 住処
そいつは当初、容疑者の一人と考えていた。勿論当時は手がかりがないに等しい状態だったから、容疑者と言っても実際には動機のみが理由。それも、かなり薄弱と言わざるを得ない理由だ。
国王を殺害する可能性がある人間は、国に強い不信感や敵対心を抱いている人物。だからこそジェネシスとエロイカ教に疑いの目を向けた。
そしてもう一人、怪しい動きをしている人物がいた。そいつはジェネシスと接触し、協力関係を結んでいるという噂があった。根拠としては全然大した事はないけど、タイミング的に怪しいと判断し、容疑者リストからは外さなかった。
出会いは向こうからの接触。こっちとしては不意を突かれた格好だったけど、どうにか渡り合い、主導権を奪われる事なく拮抗した状態で相手の情報を引き出す事に成功した。
その人物は、国王に対して好感を抱いていたと言っていた。
当然鵜呑みにはしていない。彼女が真実を語らなければならない理由は存在しないからだ。豪快な割に実は繊細な乙女――――そんなパーソナリティに触れると、ついその人物は嘘をつかないタイプの人間だと思い込みがちだが、現実にはそんな事はない。嘘はどんな人間でも、聖人君子でもつく。嘘をつかない人間を勝手に作るのは、探偵として完全に失格だ。
彼女の行動はやや不可解だった。
国王を慕っていたから、国王の死について調べていた。だから疑わしい組織であるジェネシスと懇意にする振りをして、情報を引き出そうしていた。
一見すると、自然な流れに思える。何処にも矛盾はないように感じられる。
でも、もし俺が彼女の――――
「レゾンの立場なら、まず情報収集のプロを雇う。自分で動く真似はしない。実際、俺に酒場でアッサリ色んな事を暴露するくらい情報管理がガバガバな奴が、自ら潜入捜査を行う理由なんてないだろ?」
普通に生活していたら気怠さを感じ始める午後の一時。街中の喧騒に紛れないよう、少し強めの口調でずっと疑問に思っていた事を口にした。
「その後の行動も腑に落ちない。裏の支配者ってポジションが煩わしくて、俺達と行動を共にしているのはわかる。でもそれなら尚更、もっと積極的に事件の調査に関与してもいい筈だ。でもお前は裏方に徹して、俺とリノさんとポメラが国王の誕生会に参加した時にも一緒に行動しなかった」
「おいおい。それはそっちがそうしろって言ったんだろ? 『裏の世界の住人は城に入れない』っつって。なんで腑に落ちないんだよ」
「それを素直に聞き入れた事が腑に落ちないって言ってるんだ。変装でもすれば問題なく入れた」
「……」
付き合いは短い。深く話をしたのは、あの酒場での夜くらいだ。でもレゾンの性格は俺じゃなくても容易に把握出来る。
ジェネシスと接触し、その中に飛び込むくらいの気概で調査していた彼女が、城内に入れるチャンスを逃す筈がない。事件から大分日時が経過しているとしても、聞き込みや現場周辺を確認など、有意義な調査は幾らでも出来る。
現国王と面識があり、その下で働くリノさんを預かっている身の俺とは違い、裏の世界で生きるレゾンが城内に堂々と潜り込める好機なんて、もう二度と訪れないかもしれない。それを、俺に言われたからって理由だけで放棄するなんて――――あり得ない。
「そうか……だからあの時、オレだけのけ者にしたのか。最初から、オレを全然信用してなかったって訳かよ」
「リノさんすら信用していない俺が、お前を信用していると思ったか?」
「ヘッ、違いねぇ。なんだよ……やっぱオレみたいな奴は、誰からも信用されねーのがお似合いなんだな」
「そういえば、バイオからもハメられてたな。裏の支配者って割には、行動がいちいち迂闊なんだよ。お前は」
だから、支配者となるまで彼女を導いたフィクサー的な人物がいる可能性もある。もしレゾンが裏で何かをしようとしているのなら非常に厄介だ。
「お前、何か企んでるだろ? その為に俺達と接触して、行動を共にするようになった。違うか?」
まずはその芽を潰す。最終決戦を前に、心配事は絶っておかないとな。
「ハッ。オレ様がそんなセコいことするかよ。お前といれば事件の真相がわかるかもしれないって思ったから、一緒にいるだけだ」
「だから、もし本当にそう思ってるのなら、お前は絶対に国王の誕生会に出席した筈なんだよ。それに、今の俺は王城から指名手配を食らってる身だ。真相を知るだけが目的なら、もう用はない筈。情報は十分得たし、俺がこれ以上自由に捜査出来ない状況を考慮すれば、今日にでも離れていかないとおかしい。そうだろ?」
「オレはそんな理路整然と生きちゃいねーんだよ!」
周囲の喧騒が一瞬静まるほど、レゾンの声は高らかに街の中を響き渡った。
「……知ってたよ。あの人がオレの事をレディなんて言ったのは、心からのものじゃないってな。でも、オレにそんな言葉を……例え嘘でもデタラメでも、そう言ってくれたのはなぁ、あの人だけだったんだ。だからオレは、そういう人の最期が本当はどうだったのか知りたかったんだよ。だから――――」
「真相を教えて貰う代わりに、俺の情報を売っていた。そうだな?」
「!」
確かに、こいつは嘘をつけるタイプじゃなさそうだ。ここまで露骨に顔に出るようじゃ、到底駆け引きなんか出来ない。その意味で、彼女は今日までとてつもなく頑張ってたのかもしれない。
「な……んで……」
「誰かが俺の行動や推理を現国王に報告していなきゃ、俺が城内にいるタイミングで俺を犯人と宣言しないだろう。そんな偶然あってたまるか。あれは俺を確実に捕まえる為、急遽行った宣言だ」
当初は、マヤが俺の潜入を現国王に通達したと思っていた。でもどうやら違う。となると、他に誰かが情報を流していた事になる。
リノさんは俺と同行していた。ポメラは別行動だったけど、彼女がパタンキューした時にもしリノさんか俺が付き添っていたら、情報を伝える事は不可能。倒れた時点でポメラは候補から外れる。
なら、残されたのは一人。
行こうと思えば行けた城内に敢えて行かず、空白の時間を作った――――レゾンしかいない。
「……はは。慣れない事はするもんじゃねーな」
嘘をつき通せない彼女らしい、潔い言葉だった。
「あー、そうだよ。オレは最初から、スパイとしてお前等に接触した。依頼人は言えねーが」
「言わなくても大体想像はつくよ」
当然、現国王が直接依頼してくる訳がない。恐らくエウデンボイかその部下辺りだろう。何しろエロイカ教の教団に押しかけた直後にレゾンと接触したからな。俺達が出ていった直後に連絡を取って、スパイを命じた可能性が高い。
「……で、どうすんだ? 裏切り者のオレを。始末するにはちょっと武力が不足してるだろ? リノもいないのにこんな事話すのは、ちょっと迂闊だったんじゃねーの?」
レゾンは裏の世界で生きてきた人間。裏切り者には死を――――当然そういう発想になるんだろう。
俺には関係のない世界だ。
「勿論、これ以上の情報漏洩は止めて貰う。聞き入れられないのなら――――」
マヤから貰った水晶が手元にある。一つだけだけど。
「力ずくで堰き止める」
心の許ないのは確か。ましてレゾンは戦闘民族レベルの人間。まともに戦って勝てる相手じゃない。
だから、彼女の性格に賭ける。男らしく正面から挑めば、その気概を評価して『参った』をしてくれるんじゃないかなー……という淡い期待だ。
頼むぜ、レゾン――――
「面白ぇじゃねーか。お前とは一度、本気でやり合ってみたかったんだ」
「……嘘だろ?」
「嘘だよ。嘘に決まってるだろ? "友達"相手に殴ったり蹴ったりしねーよ」
裏切っていると告白しておきながら、それでも俺を友達と呼ぶ。そのレゾンの態度が、彼女が裏の世界の住民である事をあらためて思い知らせてきた。
そう。彼女はド汚い人間なんだ。『本当は良い奴』なんて、裏の世界にはそうはいない。機嫌次第で優しい言葉や情けをかけたりする奴ならいるかもしれないが、根本はデタラメだ。
反社会性力ってのは、どの世界でもそんな人種の集まりなんだ。
「悪かったとは思ってるよ。それと、お前らを気に入ってたのも本当だ。でもオレにだって優先順位はある。それに従ったまでさ」
……呆れて物も言えない。いや、敢えて言おう。
「罪悪感があるのなら、最初からやるな。やるのなら、悪いなんて微塵も思わない鋼の意思で臨め。そんな生半可で中途半端な気持ちで俺の邪魔をしたのなら――――」
二歩三歩、四歩。
レゾンよりも先に歩き、彼女と対峙する。
「これから先、改善は期待出来ない。情報の漏洩を止める為にも、この場でお前をボコボコにして、二度と立てないようにしてやるよ」
実のところ――――怒っていた。
ついでに悲しくもあり、虚しくもあった。
だから、宣戦布告は割と本気だった。




