07 ヒロインはギャルっぽい一人称で可愛らしい顔立ちです
エルリロッド城を出て暫く道形に進むと、召還された場所から見えたあの城下町に着いた。
中に入ると、上から見下ろした時ほど建物が密集している感はなく、城下町らしい整然とした街並みが広がっている。特に殺伐とした雰囲気はなく喧騒も控えめ。街を歩く人々は前ばかり見て歩き、何処か都会特有の忙しなさを感じさせる。とはいえ、街道は敷石舗装によって情緒ある雰囲気を醸し出しているから、東京とは受ける印象が全然違う。ビルらしき建物は一つもないし、信号機や横断歩道も見当たらない。
屋根のある一軒家が殆ど見当たらないから、ここは住宅街じゃなさそうだ。まあ城のある側に住宅街があるとは思ってなかったけど。
木造の建築物は見当たらず、石材や煉瓦が剥き出しになっている感じでもない。恐らくコンクリートが使用されていると思うけど、中に鉄筋を配しているかどうかはわからない。
この風景を見る限りでは、日本よりも文化が進んでいるって感じじゃなさそうだ。というか、話に聞いていた異世界の世界観と一致している。
やったぜ子供達。お前等が観たり読んだりしていた異世界は正解だったんだ!
「なにやら楽しそうですねぇ」
背後から聞こえてきたのは――――我が助手、リノさんの声だった。
顔が好みではないという切ない理由で最初はチェンジされそうになったけど、その後俺がどういう理由で選んだのかを切々と語ったことで態度は軟化。意外にも、長年城に仕えていた訳ではなく一年前に雇われた新参だと判明した為、こっちとしても遠慮なく世話になれると確信し、無事口説き落とせた。
女性に対して年齢を聞くのは言語道断だから、正しい年齢は不明。当初は70前後と目測したけど、もう少し若いのかもしれない。何しろ、ここまで息一つ切らさずに俺と同じ速度で歩いて来たんだから。
……一応これでも足腰は鍛えてるから、俺の歩く速度が20代とは思えないほど遅いって訳じゃあない。探偵は歩いてナンボだ。
「リノさん、俺に敬意は要らないよ。孫に話すみたく気さくに話してくれると嬉しい。聞きたい事も多いし、出来ればリラックスした会話がしたい」
これも彼女を選んだ理由の一つ。現実の探偵に助手はいないけど、仮にいたとしても敬語なんて不要だ。
「そうかの。では普通に話すとしようか」
……なんか急に若返ったというか、凛とした声になったな。優しい顔立ちとのギャップがエグい。鷲鼻とか似合いそうな声だ。
にしても、なんで男には『好々爺』って言葉があるのに、女にはないんだろう。人の良さそうな婆さんなんて昔から山ほどいたろうに。というか鬼婆はあっても鬼爺がないところも含めて、ちょっと納得がいかない。別に男尊女卑とまでは思わないけど。
「取り敢えず、この国のお金を手に入れない事には何も始まらないの。陛下に貰った水晶を売るべきじゃろう」
「そうだな。換金所みたいな場所ってあるの?」
「無論じゃ。なければこのような話をする訳なかろう」
……今一瞬、優しい顔立ちのお婆さんが決して見せてはいけない類いの邪悪な笑みが見えたような。気の所為だと嬉しいなあ。
そんな感想を抱きつつ、リノさんの指示に従い城下町を闊歩し――――無事換金所へ到着。
というか、明らかに換金所って規模じゃない。勿論建築様式は違うんだけど、まるで市役所みたいな建物だ。
「ここは冒険者ギルドじゃ。聞いた事はあるか?」
「ああ。俺のいた世界にはなかったけど、存在は知ってるよ。別世界の有識者に知り合いがいてね」
俺の境遇については、移動中に全部話してある。助手に情報を隠す理由もないし。
にしても、冒険者ギルドか。有識者なら大はしゃぎしそうな施設だけど、探偵の俺には換金以外で立ち寄る理由がなさそうだ。
でも、冒険者ギルドがあるって事は、冒険者が職業として成立している訳で、となると……人外の脅威が存在している可能性もあるな。
「この世界には人間を襲う化物みたいなのはいる?」
「いるの。昔突然現れた『ゲルニカ』って異形の奴らじゃ。人間とは似ても似つかない怪物じゃな」
……ゲルニカ?
当然知ってる。世界中の誰もが知るパブロ・ピカソの代表作だ。
偶然とはとても思えない。そもそも彼女の言葉は、俺にとって最も理解しやすい言葉に変換されている。この国の言葉じゃない。
でも、俺はゲルニカに特別な思い入れはない。探偵との共通点も特にない筈。
『異形の物』からイメージされた言葉だったのか……? まあ、だとしたらわからなくもない。確かに異形と聞けば、無意識にあの絵を思い浮かべてたとしても納得だ。
「ゲルニカは人間を滅ぼそうとしている悪魔じゃ。奴らの生息地には近付かない方がよかろう」
「ちなみにどの辺? ここからは遠いんだよな?」
「そうじゃ。詳しい事はあーしも知らぬ。まぁ、壁から外に出なければ襲われる心配はなかろう」
……ギャルっぽい一人称なんだけど、婆さんが言うと婆さんっぽく聞こえるから不思議だ。
探偵がこんな事じゃダメだな。見た目の先入観に惑わされないようにしないと。
「さて、それじゃ換金するか」
俺とリノさんで持って来た水晶は全部で五つ。後は城に置いてきた。馬車か何か借りて運ぶって手もあったんだけど、宿が決まるまでリノさん以外の人間を拘束するのは抵抗あったからな。
まずは持って来た水晶の内、三つを売る。これで宿代は十分に確保出来るだろう。
「これを売りたいんですけど」
早速、換金用カウンターの受付嬢に水晶を差し出す。相場がわからないから交渉しようもないし、余程安くない限りは言い値で受け入れよう。
「はい、承りました。暫くお待ち下さい」
鑑定でもするのか、水晶を抱えた受付嬢は即座に奥へと引っ込んだ。
「城にある水晶は純度が高い。きっと十分な額になるじゃろう」
「成程。これがある意味転移ボーナスか」
「?」
転移ボーナスに該当するこっちの言葉がなかったらしく、リノさんは首を傾げていた。
しかしこの人、所作がいちいち若々しい。顔は完全に婆さんだけど、身体は意外と痩せ細ってないし、随分と健康的だ。まあヨボヨボじゃ城の使用人は務まらないし、俺も助手に指名してないけど。
「あんちゃんよう、随分と景気が良いじゃねぇか。今の相当良い水晶だったろ?」
真後ろから、即座にゴロツキだとわかる柄の悪い声。そうだよな、殺伐としてこそ冒険者ギルドだよな。そう聞いてたもの。
「悪いこたぁ言わねぇ。それをオレ様によこしな。見たところ新参者みてぇだし、上納金代わりにレゾン様に渡しておくからよ」
レゾンってのは、このゴロツキの親玉か。ショバ代みたいなノリなんだろうな。
探偵業なんてやってると、反社会性力と多少の縁はある。勿論連中とツルんだりショバ代払ったりって事はしない。ただ、連中が依頼人として来た場合、どうするかってのは結構な悩み所だった。依頼人にノーを突きつけるのは主義に反するからな。
まあ、それでも突きつけたんだけど。お陰で結構酷い目に遭った。
さて、そんな過去の嫌な思い出を想起させてくれたこのゴロツキ、どうしてくれよう。振り向いて顔を見るのがちょっと怖……億劫だから体勢はキープ中だけど。
……流石にこのままって訳にはいかないよな。リノさんもいるし。
「生憎、それは出来ない相談――――」
振り向きつつ、どんな言霊を使えばこの危機を乗り切れるかを必死こいて考えていた俺の視界に、信じ難い光景が映った。
男は洋画の悪役で良く見るゴツくてイカつい白人風の男だったけど――――その顔面は原型を留めていなかった。
リノさんの拳が頬にめり込んでいたから。
悲鳴すらない。かけ声すらない。打撃音も微々たるもの。ただ老人の豪腕をモロに受け白目を剥いたゴロツキの床に沈む姿だけが、スローモーションのように映っている。
「え……えええええええええええええええええ!!!!????」
何もしていない俺は、その隙間を埋めるように驚愕を絶叫で表現した。