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68 道半ば

 俺に触れながら『自分を信じる』という言霊を言えば、俺はリノさんの一部として自分リノさんを信じる事になる。同時に自分自身も。そしてリノさんもまた、俺を無条件で信じるようになる。


 そういう仕掛けを事前にしておけば、俺にリノを同行させるように仕向け誘導するのは実に容易い。見事にしてやられたって訳か。


「あーしは最初、トイに『犯人はエミーラ様』って推理をさせるつもりだったんだよ」


「だから王太后に会うように提案したのか」


「うん。そして、それをトイが受理するのもわかってた」


 リノさんを無条件に信じるんだから、当然そうなるな。


「陛下のと同じ水筒があったのは驚いたでしょ?」


「あれも手筈通りか」


「エミーラ様には、ヴァンズ様が陛下に水筒を贈った事も、それが現場にあった事も伝えてない。だから、あの水筒を隠さずに部屋に飾っていたのは当然なんだよ」


 あれはミスリードだったのか……


「あれだけ露骨に手がかりがあれば、きっとすぐエミーラ様を疑うって思ってた。でもトイってば、全然素直に受け取らないんだもん。プラン台無し」


「それは申し訳なかった」


「なのに――――ヴァンズ様はトイの予定外の推理を受理しちゃった」


 ここまでの話を要約すると、元陛下の殺害に関与したのはリノさん、そして現国王のヴァンズ。

 二人が結託して、国王を殺害し、その罪を王太后に着せようとした。


 でも、変だ。


 ヴァンズが国王になる為に、父親の殺害を望んだとしたら、それは非人道的とはいえ理屈は理解出来る。

 でも、その罪を実の母である王太后に着せるのは……流石にちょっと理解し難い。

 両親にそうとうな恨みを抱いていたんだろうか?


『母上の仕業だ。自分の愛人を部屋に引っ張り込む為のな』


 ……まあ、全く理由がない訳じゃなさそうか。


「だから、目撃者がいたのかもしれないって思ったんだ。あーしが逃げるところか、侵入するところを見られたのかもって。だからヴァンズ様は予定を変えて、その件が解決するまでエミーラ様に疑いを向けるのをやめたんじゃないかって思ったよ」


 確かに、リノさんが本来の少女の姿で元国王の部屋に行き来するところが見られていたら、王太后犯人説は無理がある。一旦保留になるのは当然の判断だ。


「それをトイに調べさせるのかなって思ってたけど……そういう動きもなかったから、ヴァンズ様の真意がわからなくなったんだ」


 俺の出した『元国王の誤飲』って結論は、リノさんにとっても現国王にとっても受け入れ難い推理だったに違いない。


 それでも現国王が受け入れた理由は、最終的に自分にとって最良の結果になるシナリオが出来上がっていたからに他ならない。


 そのシナリオの内容は、今の状況――――俺が真犯人っていう結論だ。


 何しろ、今の俺の境遇は現国王がもたらしたもの。彼の制御下において、俺は窮地に立たされた。ならそれこそが彼にとってのベスト。狙い通りってやつだ。


 でも、何故俺が犯人である事が現国王にとってベストなのか。


 母親を恨んでいないのなら、理屈は簡単だ。リノさんを納得させる為に、まずは『王太后を真犯人に仕立て上げる』と計画を立て、首尾良く進んだ時点で俺を犯人にする別プランに切り替える。


 俺が身寄りがないから、冤罪でも本人以外誰も騒がない。調べても何も出てこない。このあたりは以前も推理した通りだ。


 元国王の誤飲という結論だとエルリロッド家の名に傷が付くから、俺へ罪をなすり付けるのがベストなのは理解出来る。


 問題は……リノさんはそれを望んではいなかった事だ。リノさんと現国王は意思の疎通が出来ていなかった。


 最終的に力技で俺に罪を着せる事が出来るから、泳がせておいても構わないって判断だったんだろうか?


 でも、リノさんは共犯者。敢えて意見交換しない理由なんて何処にもなさそうだが――――


「……言霊の効果はとっくに切れてるから、こんな事言っても信じて貰えないと思うけど、あーしはトイに自分の罪を着せるつもりなんてなかった。ヴァンズ様の宣言は、あーしには寝耳に水だったんだ。ごめん……トイ」


「謝るよりも質問に答えて貰える方がありがたい。どうしてもっと俺に『王太后犯人説』をゴリ推ししなかった? 言霊の効果が持続している内なら、それで終わる話だ」


「うん。だから私を信じるよう言霊でトイを支配した。そのつもりだった。その筈だったのに……」


 声が沈む。もしかしたら俯いているのかもしれない。

 

「トイの推理を邪魔するのが嫌だったから……かな。真実とは違うけど、それなりに理由があって、ちゃんと理屈があって、それを聞くのが楽しかったのかも。物語を読んでるみたいで」


 ……いや、そんな理由じゃないだろ。


「リノさんは本当に、王太后に罪をなすり付けたかったのか?」


「……そうだよ。だから再捜査をお願いしたんだよ」


「本当にそうか?」


「うん」


 返事に迷いはない。


 だったら、そうなんだろう。


「あーしの事は、これで全部。何か聞きたい事はあるかな?」 


「あるに決まってるでしょ」


 まだショックから立ち直れていないのか、マヤの声は音量こそ普段通りだけど、かなり粗い。


「……どうして、ここにいたの? こんな時間に一人で、こんな場所に」


 尤もな質問だ。そもそもこの場にいる怪しさが、決定打の一つになったんだから。


「勿論、引き返す為だよ。エウデンボイ=アウグストビットロネの所に。ポメラちゃんとレゾンさんと一緒じゃマズいから」


 フルネームで覚えているのか。


 覚える理由がなければ、そうはいかない。


「何が……マズいの?」


「あの人は、陛下との繋がりが強かった。だから容疑者にもなり得るけど、復讐者にもなり得る」


「何それ。何言ってるの?」


 ……その理屈は頭になかった。


 エウデンボイの性癖が元国王とは違うと知った時点で、二人はビジネスだけの関係だと決め付けていた。いや、実際それが自然だ。


 でも、そうとは限らない。例え不自然でも、二人の間に確かな信頼関係や奇妙な友情が芽生えていたとしても、決して不思議じゃない。


 そう考えると、エロイカ教とエウデンボイのこれまでの行動の意味も変わってくる。


 エロイカ教存続は、売春宿の経営だけじゃなく、元国王の意思を継ぐ為。現国王との交渉は、彼を犯人候補と目して探りを入れる為か、真犯人の情報を得る為。


 何より……さっき発見した元国王からの支援金は、使い込んだ様子がなかった。大事に使っていると解釈する事も出来る。


 まさか――――


「不穏分子は断っておかないと」


「リノ!」


「……でも、結局出来ずじまいだったね」


 その言葉とほぼ同時に、何かの金属が地面に落ちた音がした。


 恐らく、鋭利な刃物か何かだろう。


「トイ。あーしを捕まえて、人質にして。そうすれば、トイはきっと助かる。ヴァンズ様と取引すれば」


「……もう国王は俺が犯人だと公表した。国王の言葉は正解不正解に関係なく真実になる」


「でも逃げられるよ。だってトイが別の世界に転移する方法、あーしが知ってるから」


 召喚か。確かに、俺が別の世界の誰かを召喚すれば、その代わりに俺はここじゃない違う世界へ転移する事になる。


 でもリノさんは俺を召喚してもこの世界に留まった。彼女から教わった召喚だと、同じ事が起こる可能性は高い。


「もし失敗しても、マヤがいるから。マヤ、トイを違う国に避難させて。出来るよね?」


「……わたしに逃亡生活の支援をしろって? 無理言わないでよ。探偵さんはお気に入りだけど、今は正直それどころじゃない」


 マヤは限界だ。少なくとも俺にはそう見える。


 いや……俺もそうだ。幸い収監期間は短かったけど、今日は余りにも色々あり過ぎた。もう披露困憊だ。


「わかった。リノさんの身柄を拘束する」


「探偵さん!」


「一時的にだ。後の事は明日決めよう。もう今日は疲れたよ。腹は空かないけど」


 まだ緊張状態は解けてない。こりゃ首回りがとんでもなく凝りそうだ。


 それに――――





 俺の仕事も、まだ終わっていない。



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